上 下
162 / 469
飛竜探しの旅

飛竜の提示した条件

しおりを挟む
 最初は迷惑そうだったが、飛竜は徐々に態度を軟化させるようになっていた。
 脳裏に響く声の調子も少しだけ穏やかになった気がする。

「ちなみに大事なことなので、先に伝えておきたいことがあります」

(どんなことだ? 申してみろ)

「俺は焼肉屋というものを経営しています。あなたの翼があればあちらこちらに出向いて、色んな材料が仕入れられると思い、それが今回の交渉に至った経緯です」

 途中途中でブチ切れそうな気配はあったものの、誠実に応じてくれた相手への敬意でもあった。
 それに交渉が成立した後、「お前のアッシーにはならん」とお怒りになったら、ここまで話し合いをした意味がなくなる。

(……ほう、お主は商人の類だったか)

 飛竜に怒り出す気配は見られなかった。
 もしもの時に備えて身構えたところなので、拍子抜けするような感じもした。
 こちらへの理解を示しつつあるタイミングなので、そろそろ交渉をまとめていきたい。

「それでどうでしょう? 俺を背に乗せてもらうというのは」

(ふむ、いいだろう。その前に我から条件を出す)

「じょ、条件ですか?」

 予想外の事態に緊張が走る。
 温泉とここから出られる以外、何か希望があるのだろうか。

(では、順番に述べる――)

 飛竜が提示したのは以下の条件だった。

 1:定員は二人まで(ただし重量次第で増減します)

 2:夜間は鳥と同じように夜目が利かないので飛べません(緊急時は応相談)

 3:目的地は話し合ってから決める(双方の同意が必要です)

 俺の言葉で意訳するとこんな感じになる。

「うーん、妥当なところだと思います。最大で二人以上乗れるというのはありがたい。ハンクはドラゴン相手でも戦えるので、彼が一緒ならどこに行っても大丈夫ですし」

(おい、ハンクというのはあそこにいる男のことか?)

 飛竜は尊大な気配を保ったまま、どこか緊張を感じさせる声を脳裏に響かせた。
 ここまでの話し合いで初めての反応だった。
 
「そうですけど、ハンクがどうかしましたか?」

(……その、具体的にドラゴンと戦えるとは?)

「彼はSランク冒険者なので、一人でも小型のドラゴンを倒せるほど強いですよ」

 具体的という単語が好きだなーと思いつつ、飛竜の質問に応じた。
 交渉相手に対して、誠実に接して損はないだろう。

(……ごくり)

 飛竜は神通力みたいなもので語りかけていたにもかかわらず、その声の中に喉を鳴らす音が聞こえたよう気がした。
 終始強気だったからこそ、怯むような気配を感じたのは予想外だった。

 音声だけでは情報が足りないので、同じ位置に立ったままの飛竜に目を向ける。
 ずっと仁王立ちしていたわけだが、俺と目が合うとわずかに視線を逸らした。
 ハンクのことを警戒――飛竜に配慮してビビったとは言わない――しているように見えてしまう。

(我は不毛な戦いを好まぬ。よって、四番目の条件に相互不可侵を付け加える)

「そんなに構えなくても、ハンクは好戦的ではありません」

(勘違いするでない。双方に不要な損壊を出さぬためだ)

「……損壊って大げさな」

 ここに出入りしたことのある人間から、何かされたことがあるのだろうか。
 話題を掘り下げたところで、素直に答えるはずもないので、条件を一つ追加した。

「これで合計四つですね。あとはいいですか?」

(ふむ、問題なかろう。気づいていると思うが、我は村へは入れぬようになっている。今代の守り主に結界を通れるように話を通してくるがよい)

 守り主とはコレットのことだろう。
 彼女が何か手を加えれば、飛竜はこの空間から村へ移動が可能になるという話だ。
 結界の件はクリアになるとして、もう一つやるべきことがある。

「……ところでその大きさのままだと、村とここの間にある森を抜けられないと思うんですけど」

(その程度は取るに足らぬことよ)

 森を焼き払うとか、木々をなぎ倒すとか言い出さないか不安を覚えた。
 しかし、目の前の光景を前にして、一時的に思考が中断させられた。
 飛竜の周りで光が放たれた後、そこには一人の人間の姿があった。
 
「――えっ?」

 俺がそのまま前を向いていると、正面からその人間は近づいてきた。
 肩の辺りまで伸びた淡い緑色の髪の毛と古めかしい服装。
 端正で整った顔立ちは中性的で、見た目だけでは性別が見分けられない。
 外見年齢は十代後半から二十歳ぐらいに見える。

「どうだ? この姿ならば森を抜けることなど容易だ」

「……あれ、声が」

 飛竜が姿を変えたということは理解できていた。
 さらにこの状態だと肉声で話せるようで、見た目のままに若々しい声だった。
 しわがれた声を想像していたので、何だか違和感がある。

「共に世界を旅しようというのならば、互いに名乗るべきではないか」

「あっ、そうでした――」

「我の名はテオボルト……テオと呼ぶがいい」

 俺が名乗る前に飛竜もとい、テオが名乗りを上げた。
 最初の尊大な態度に比べれば、だいぶマシになった気がする。
 ハンクという抑止力のおかげだろうか。

「俺はマルクです。よろしく」

 そんなことは顔に出さず、あくまで自然に名乗った。
 テオと向かい合っていると、後ろで見守っていたアデルとハンクが近くにきた。

「こいつはすげえな、変身能力とは」

「見ていて心配だったわよ」

「話がまとまってホッとしました。あとはコレットの許可をもらうだけです」

「ええと、テオだっけか。おれはハンク。よろしくな」

「私はアデルよ。よろしくね」

 二人はテオに声をかけた。
 彼は表情を変えず、引き続き尊大な態度で口を開いた。

「おぬしたちも我の背に乗るならば、相互不可侵の条件は守ってもらうぞ」

「なんだそれ?」

 経緯を知らないハンクが戸惑っているようなので、俺が話の流れを説明した。
 アデルも近くにいたので、彼女にも内容が伝わった。

「ああっ、なるほど」

「そんな約束がなくても、やたらに攻撃したりしないわよ」

 ハンクは大したことではないというような返事をして、アデルは馬鹿らしいと言いたげだった。
  
「とりあえず、コレットのところに行きたいので、来た道を戻りましょう」

「途中までしか同行できぬが、我もついていこう」

「呼びに戻る手間が省けるので、助かります」  

 俺たちは四人で歩き出して、来た道を引き返した。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

異世界で家族と新たな生活?!〜ドラゴンの無敵執事も加わり、ニューライフを楽しみます〜

藤*鳳
ファンタジー
 楽しく親子4人で生活していたある日、交通事故にあい命を落とした...はずなんだけど...?? 神様の御好意により新たな世界で新たな人生を歩むことに!!! 冒険あり、魔法あり、魔物や獣人、エルフ、ドワーフなどの多種多様な人達がいる世界で親子4人とその親子を護り生活する世界最強のドラゴン達とのお話です。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

転生してしまったので服チートを駆使してこの世界で得た家族と一緒に旅をしようと思います

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
俺はクギミヤ タツミ。 今年で33歳の社畜でございます 俺はとても運がない人間だったがこの日をもって異世界に転生しました しかし、そこは牢屋で見事にくそまみれになってしまう 汚れた囚人服に嫌気がさして、母さんの服を思い出していたのだが、現実を受け止めて抗ってみた。 すると、ステータスウィンドウが開けることに気づく。 そして、チートに気付いて無事にこの世界を気ままに旅することとなる。楽しい旅にしなくちゃな

異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい

ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。 強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。 ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

神様のミスで女に転生したようです

結城はる
ファンタジー
 34歳独身の秋本修弥はごく普通の中小企業に勤めるサラリーマンであった。  いつも通り起床し朝食を食べ、会社へ通勤中だったがマンションの上から人が落下してきて下敷きとなってしまった……。  目が覚めると、目の前には絶世の美女が立っていた。  美女の話を聞くと、どうやら目の前にいる美女は神様であり私は死んでしまったということらしい  死んだことにより私の魂は地球とは別の世界に迷い込んだみたいなので、こっちの世界に転生させてくれるそうだ。  気がついたら、洞窟の中にいて転生されたことを確認する。  ん……、なんか違和感がある。股を触ってみるとあるべきものがない。  え……。  神様、私女になってるんですけどーーーー!!!  小説家になろうでも掲載しています。  URLはこちら→「https://ncode.syosetu.com/n7001ht/」

転生貴族のスローライフ

マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である *基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします

集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!

七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」 その天使の言葉は善意からなのか? 異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか? そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。 ただし、その扱いが難しいものだった。 転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。 基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。 ○○○「これは私とのラブストーリーなの!」 主人公「いや、それは違うな」

処理中です...