148 / 469
飛竜探しの旅
本日の料理当番はアデル
しおりを挟む
アデルの話では旅人が泊まれるらしい宿は、他の民家と変わらない見た目だった。
特徴があるとすれば、一回り大きいぐらいだろうか。
コレットが使えると答えたことを表すように、宿の前の生け垣は整っていて、芝生は刈り揃えてある。
ソラルと会った時は意識しなかったが、エルフはまめな性格できれい好きが多いのかもしれない。
アデルが先んじて扉を開くと鍵はかかっていなかった。
不用心のようにも見えるが、バラムの治安がよいことを考えれば、ど田舎のここでは防犯を意識する必要もないと思った。
「これで休めそうですね」
「見た感じ宿屋なんかなさそうな村だからな。便利なもんだぜ」
玄関を通り抜けると、木製のテーブルと椅子が置かれていた。
その隣にキッチンが設置されているので、ダイニングなのだろう。
そこから奥へ足を進めると、ベッドが並んでいた。
とりあえず、三人か四人は泊まれるような造りだった。
「この村の規模だと食事ができる場所はなさそうですか?」
「残念だけれど食堂はないわ。食材を分けてもらってくるから、適当にくつろいでいて」
「手伝いましょうか?」
「昔なじみへの挨拶も済ませてくるから、私一人で行かせてもらうわ」
「それじゃあ、お願いします」
アデルは小さく頷くと、宿の中から出ていった。
「それにしても、あいつは何だったんだろうな」
「魔法使いの男のことですか?」
「そうそう」
ハンクは気だるげに椅子に腰を下ろしていた。
呪詛の傷が癒えたばかりなので、本調子ではない様子だ。
「素性が明らかになる前に死んでしまいましたからね」
「ベルンの関係者で間違いないと思うが、自暴自棄の旅に他人を巻きこむんじゃねえっての」
ハンクの言葉には強い嫌悪感が混ざっているように感じた。
彼にしては珍しいが、暗殺機構に対しても同じような節があったので、ある意味自然なことだと思った。俺も椅子に腰かけて会話を続ける。
「それにしても、ハンクでもダメージを食らうんですね」
「一応、生身の肉体だからな。防御できずに食らえば普通に負傷するって」
「まあ、そうですね。野暮な質問でした」
「アデルはともかく、マルクも呪詛を食らったらまずいだろうから、これからはお互い気をつけような。そんなことをしてくるやつは滅多にいないだろうが」
「今後は現れないことを願います」
そう言い終えた後、ふっと息をついた。
ハンクの負傷は俺の内面に動揺をもたらしたことを実感する。
身体はともかくとして、心理的な負担が大きかったようだ。
「マルクも少し休めよ。ワイバーン、ベヒーモスときて自爆攻撃だ。短い間にきつすぎるっての」
「飛竜のことは何も分からない状態ですし、急いでもしょうがないかもしれません」
エルフの村に入ってから、どこか落ちつくようであり、包みこまれるような空気を感じていた。
静かで穏やかな環境がそうさせるのか、理由は分からないままだった。
二人で会話を続けていると、アデルが宿に戻ってきた。
「食材を分けてもらってきたわ」
「おおっ、助かる」
「ありがとうございます」
アデルは白く細い腕で、大きなカゴのようなものを抱えていた。
彼女はそれをテーブルの上に置いた。
「鳥の肉、野菜、果物、ハーブ……だいたいこんなところね。あと、私は同じ部屋で寝るつもりはないから、コレットのところに泊まるわ」
「いいんじゃねえか」
「俺もいいですよ」
この宿は広くて快適だったが、寝室は一部屋のみだった。
現実世界のアデルが相部屋で寝るはずないのだ。
さて、今は昼をすぎた辺りの時間。
食材が揃ったので、何か作ろうと思い立つ。
「よかったら、何か作りましょうか?」
「そいつはいい! 回復にエネルギーが持ってかれたみたいで、大して動いてないのに空腹なんだよ」
「今日は私が作ってもいいわよ」
「「――えっ?」」
俺とハンクは同時に声の主を振り向いた。
アデルはその反応がお気に召さないようで、険しい表情になった。
「何なのよ! 私だって料理ぐらいできるわ」
「い、いや、何だか……わりぃな」
「すいません、善意で引き受けてくれようとしたのに」
「そういうわけで、たまには任せて」
「「はい」」
昼食当番はアデルに決まった。
不安がないわけではないが、初めて目にするような食材もあるので、彼女に任せるのが無難だと思い直した。
アデルは意気揚々と食材を並べて、順番に調理していった。
キッチンには調理器具が完備されており、料理すること自体は不便しないようだ。
俺とハンクが他愛もない話をして待っていると、キッチンから美味しそうな匂いが漂ってきた。
さすがにこんな匂いで、とてつもなくまずいということはないだろう。
よく分からないドキドキ感を抱いたまま、完成の時を待った。
「――はい、お待たせ」
「こ、これが……」
「エルフ秘伝の……味!?」
「よく分からないこと言ってないで、早く食べたら?」
「はっ、すいません」
俺とハンクはテーブルに用意された、鳥の肉が入ったスープを食べ始めた。
スプーンで汁をすくって、ゆっくりと口に運んだ。
まだ熱が残っているため、少しずつ味わう。
「これは……美味しい」
「……なかなかの完成度じゃねえか」
「どんな想像をしていたのよ」
アデルは呆れ気味な表情で言った。
食べるところばかり見てきたが、彼女にすれば大したことではないのだろう。
実際のところ、アデルの手つきは慣れた者のそれだった。
「いやー、本当に美味しいですね……うっ」
「どうした、マルク……はっ!?」
「急に大げさな反応して、どうしたっていうのよ」
スープを飲み進めて、鳥の肉を少し食しただけなのに、体内に異変を感じていた。
身体からこみ上げる力――この源は何なのだろう?
「アデル、味は申し分ないんだが、何か特殊なものが入ってないか?」
「特殊? 肉と野菜、香りづけのハーブだけ……はっ」
「どうした、心当たりがあるのか」
アデルは何も言わずに席から立ち上がり、使い切らずに残った食材を確かめた。
そして、戸惑いがちな表情で戻ってきた。
「ごめんなさい。人間には滋養作用が強すぎるハーブを入れすぎたわ」
「それでか。急に元気が出てきて驚いたぜ」
「理由が分かってよかったです。何か毒だったら、どうしようかと思いました」
ハーブの成分がしみ出した汁を飲むと元気が出すぎるということで、その後は具だけを食した。
特徴があるとすれば、一回り大きいぐらいだろうか。
コレットが使えると答えたことを表すように、宿の前の生け垣は整っていて、芝生は刈り揃えてある。
ソラルと会った時は意識しなかったが、エルフはまめな性格できれい好きが多いのかもしれない。
アデルが先んじて扉を開くと鍵はかかっていなかった。
不用心のようにも見えるが、バラムの治安がよいことを考えれば、ど田舎のここでは防犯を意識する必要もないと思った。
「これで休めそうですね」
「見た感じ宿屋なんかなさそうな村だからな。便利なもんだぜ」
玄関を通り抜けると、木製のテーブルと椅子が置かれていた。
その隣にキッチンが設置されているので、ダイニングなのだろう。
そこから奥へ足を進めると、ベッドが並んでいた。
とりあえず、三人か四人は泊まれるような造りだった。
「この村の規模だと食事ができる場所はなさそうですか?」
「残念だけれど食堂はないわ。食材を分けてもらってくるから、適当にくつろいでいて」
「手伝いましょうか?」
「昔なじみへの挨拶も済ませてくるから、私一人で行かせてもらうわ」
「それじゃあ、お願いします」
アデルは小さく頷くと、宿の中から出ていった。
「それにしても、あいつは何だったんだろうな」
「魔法使いの男のことですか?」
「そうそう」
ハンクは気だるげに椅子に腰を下ろしていた。
呪詛の傷が癒えたばかりなので、本調子ではない様子だ。
「素性が明らかになる前に死んでしまいましたからね」
「ベルンの関係者で間違いないと思うが、自暴自棄の旅に他人を巻きこむんじゃねえっての」
ハンクの言葉には強い嫌悪感が混ざっているように感じた。
彼にしては珍しいが、暗殺機構に対しても同じような節があったので、ある意味自然なことだと思った。俺も椅子に腰かけて会話を続ける。
「それにしても、ハンクでもダメージを食らうんですね」
「一応、生身の肉体だからな。防御できずに食らえば普通に負傷するって」
「まあ、そうですね。野暮な質問でした」
「アデルはともかく、マルクも呪詛を食らったらまずいだろうから、これからはお互い気をつけような。そんなことをしてくるやつは滅多にいないだろうが」
「今後は現れないことを願います」
そう言い終えた後、ふっと息をついた。
ハンクの負傷は俺の内面に動揺をもたらしたことを実感する。
身体はともかくとして、心理的な負担が大きかったようだ。
「マルクも少し休めよ。ワイバーン、ベヒーモスときて自爆攻撃だ。短い間にきつすぎるっての」
「飛竜のことは何も分からない状態ですし、急いでもしょうがないかもしれません」
エルフの村に入ってから、どこか落ちつくようであり、包みこまれるような空気を感じていた。
静かで穏やかな環境がそうさせるのか、理由は分からないままだった。
二人で会話を続けていると、アデルが宿に戻ってきた。
「食材を分けてもらってきたわ」
「おおっ、助かる」
「ありがとうございます」
アデルは白く細い腕で、大きなカゴのようなものを抱えていた。
彼女はそれをテーブルの上に置いた。
「鳥の肉、野菜、果物、ハーブ……だいたいこんなところね。あと、私は同じ部屋で寝るつもりはないから、コレットのところに泊まるわ」
「いいんじゃねえか」
「俺もいいですよ」
この宿は広くて快適だったが、寝室は一部屋のみだった。
現実世界のアデルが相部屋で寝るはずないのだ。
さて、今は昼をすぎた辺りの時間。
食材が揃ったので、何か作ろうと思い立つ。
「よかったら、何か作りましょうか?」
「そいつはいい! 回復にエネルギーが持ってかれたみたいで、大して動いてないのに空腹なんだよ」
「今日は私が作ってもいいわよ」
「「――えっ?」」
俺とハンクは同時に声の主を振り向いた。
アデルはその反応がお気に召さないようで、険しい表情になった。
「何なのよ! 私だって料理ぐらいできるわ」
「い、いや、何だか……わりぃな」
「すいません、善意で引き受けてくれようとしたのに」
「そういうわけで、たまには任せて」
「「はい」」
昼食当番はアデルに決まった。
不安がないわけではないが、初めて目にするような食材もあるので、彼女に任せるのが無難だと思い直した。
アデルは意気揚々と食材を並べて、順番に調理していった。
キッチンには調理器具が完備されており、料理すること自体は不便しないようだ。
俺とハンクが他愛もない話をして待っていると、キッチンから美味しそうな匂いが漂ってきた。
さすがにこんな匂いで、とてつもなくまずいということはないだろう。
よく分からないドキドキ感を抱いたまま、完成の時を待った。
「――はい、お待たせ」
「こ、これが……」
「エルフ秘伝の……味!?」
「よく分からないこと言ってないで、早く食べたら?」
「はっ、すいません」
俺とハンクはテーブルに用意された、鳥の肉が入ったスープを食べ始めた。
スプーンで汁をすくって、ゆっくりと口に運んだ。
まだ熱が残っているため、少しずつ味わう。
「これは……美味しい」
「……なかなかの完成度じゃねえか」
「どんな想像をしていたのよ」
アデルは呆れ気味な表情で言った。
食べるところばかり見てきたが、彼女にすれば大したことではないのだろう。
実際のところ、アデルの手つきは慣れた者のそれだった。
「いやー、本当に美味しいですね……うっ」
「どうした、マルク……はっ!?」
「急に大げさな反応して、どうしたっていうのよ」
スープを飲み進めて、鳥の肉を少し食しただけなのに、体内に異変を感じていた。
身体からこみ上げる力――この源は何なのだろう?
「アデル、味は申し分ないんだが、何か特殊なものが入ってないか?」
「特殊? 肉と野菜、香りづけのハーブだけ……はっ」
「どうした、心当たりがあるのか」
アデルは何も言わずに席から立ち上がり、使い切らずに残った食材を確かめた。
そして、戸惑いがちな表情で戻ってきた。
「ごめんなさい。人間には滋養作用が強すぎるハーブを入れすぎたわ」
「それでか。急に元気が出てきて驚いたぜ」
「理由が分かってよかったです。何か毒だったら、どうしようかと思いました」
ハーブの成分がしみ出した汁を飲むと元気が出すぎるということで、その後は具だけを食した。
37
お気に入りに追加
3,322
あなたにおすすめの小説
異世界で家族と新たな生活?!〜ドラゴンの無敵執事も加わり、ニューライフを楽しみます〜
藤*鳳
ファンタジー
楽しく親子4人で生活していたある日、交通事故にあい命を落とした...はずなんだけど...??
神様の御好意により新たな世界で新たな人生を歩むことに!!!
冒険あり、魔法あり、魔物や獣人、エルフ、ドワーフなどの多種多様な人達がいる世界で親子4人とその親子を護り生活する世界最強のドラゴン達とのお話です。
異世界は流されるままに
椎井瑛弥
ファンタジー
貴族の三男として生まれたレイは、成人を迎えた当日に意識を失い、目が覚めてみると剣と魔法のファンタジーの世界に生まれ変わっていたことに気づきます。ベタです。
日本で堅実な人生を送っていた彼は、無理をせずに一歩ずつ着実に歩みを進むつもりでしたが、なぜか思ってもみなかった方向に進むことばかり。ベタです。
しっかりと自分を持っているにも関わらず、なぜか思うようにならないレイの冒険譚、ここに開幕。
これを書いている人は縦書き派ですので、縦書きで読むことを推奨します。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
異世界転生したので森の中で静かに暮らしたい
ボナペティ鈴木
ファンタジー
異世界に転生することになったが勇者や賢者、チート能力なんて必要ない。
強靭な肉体さえあれば生きていくことができるはず。
ただただ森の中で静かに暮らしていきたい。
集団転移した商社マン ネットスキルでスローライフしたいです!
七転び早起き
ファンタジー
「望む3つのスキルを付与してあげる」
その天使の言葉は善意からなのか?
異世界に転移する人達は何を選び、何を求めるのか?
そして主人公が○○○が欲しくて望んだスキルの1つがネットスキル。
ただし、その扱いが難しいものだった。
転移者の仲間達、そして新たに出会った仲間達と異世界を駆け巡る物語です。
基本は面白くですが、シリアスも顔を覗かせます。猫ミミ、孤児院、幼女など定番物が登場します。
○○○「これは私とのラブストーリーなの!」
主人公「いや、それは違うな」
今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので
sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。
早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。
なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。
※魔法と剣の世界です。
※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。
転生貴族のスローライフ
マツユキ
ファンタジー
現代の日本で、病気により若くして死んでしまった主人公。気づいたら異世界で貴族の三男として転生していた
しかし、生まれた家は力主義を掲げる辺境伯家。自分の力を上手く使えない主人公は、追放されてしまう事に。しかも、追放先は誰も足を踏み入れようとはしない場所だった
これは、転生者である主人公が最凶の地で、国よりも最強の街を起こす物語である
*基本は1日空けて更新したいと思っています。連日更新をする場合もありますので、よろしくお願いします
転生テイマー、異世界生活を楽しむ
さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。
内容がどんどんかけ離れていくので…
↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓
ありきたりな転生ものの予定です。
主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。
一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。
まっ、なんとかなるっしょ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる