上 下
136 / 466
飛竜探しの旅

戦いの決着

しおりを挟む
 その身から放たれる異様な気配で、獣がベヒーモスであると判断した。
 低く唸る声が届いたと思った瞬間、ベヒーモスはハンクに向かって飛びかかった。
 大型の犬を巨大化させたような大きさに怯みそうになる。
 しかし、ハンクは物怖じすることなく、手にした剣で薙ぎ払った。

 その一撃でいくらかダメージを与えられたように見えたが、獣は地面に着地して、再びハンクに狙いを定めていた。

「マルク、封印されていたのはあれだけではないみたいよ」

「――えっ」

 アデルに言われて別の方向を見ると、ベヒーモスを小型化したような犬のような獣が数頭いた。

「あれぐらいなら、制限した魔法でもどうにかなるわ。ハンクの邪魔にならないように私たちで倒すわよ」

「はいっ」

 黒い犬のようなモンスターに向き直る。
 ちらりとベヒーモスを見やったが、ハンクに狙いを定めているため、こちらに襲いかかってこないように見えた。

「――いくわよ」

 アデルは威力を抑えた雷魔法を繰り出した。
 その範囲は広く、黒い犬たち全てを射程に収めている。
 洞窟の薄闇に雷光が走った。

「今のうちにやっつけて」

「いきますっ!」

 黒い犬たちは抵抗しようと爪と牙を向けようとしたが、アデルの魔法の影響で動きが制限されていた。
 一人では苦戦したかもしれないが、先手を取ることができた。
 剣で両断すると動物の肉とは異なる、経験したことのない感触がした。

 俺が一頭を斬り伏せる間に、アデルも魔法で攻撃を加えていた。
 ベヒーモスに注意しながら戦ううちに、ベヒーモスの手下のような犬たちを葬ることができた。
 斬りつけた時の感触が奇妙だったように、黒い犬のような獣たちは屍を残すことなく消え去っていた。

「……あれ、どうなってるんだ」

 初めて経験する状況に困惑したが、二人に説明を求める暇はなかった。
 すぐにベヒーモスへと視線を移した。

「さすがのハンクも時間がかかっているわね」

「魔法が使えねえからな。剣と魔法が同時なら、とっくに終わりなんだが」

 ははっと苦笑混じりに凄腕の冒険者は漏らした。
 彼の言う通りに大がかりな魔法が使えたなら、もっと早く決着はついただろう。
 ベヒーモスの爪と牙に対して、ハンクは剣一つで渡り合っている。
 
「ふっ、ふっ、はっ――」

「グルルッ――ガァッ」

 いくら封印の影響があるとはいえ、ベヒーモスの圧力は強烈だった。
 俺の実力では出会ってはいけない脅威であることを認めるしかなかった。

「ハンク、もう少し粘れるかしら?」

「あぁっ? おれをなめるなよ。それぐらい余裕だ」

 均衡を保っているようでも、ハンクにしては苦戦しているように見えた。 
 無双のハンクは物理攻撃と魔法攻撃の二つが揃ってこそだ。
 彼は弱音を吐かないものの、洞窟での戦いは分が悪いのだろう。

「無駄口を叩けるなら、まだいけそうね。敵の動きを制限してくれたら、魔法で援護できるわ」

「洞窟の中で、こんなでかぶつに効く魔法ができるってか。お前の方が魔法は上かもしれないな」

「えっ、何なの? さっさと足止めしてちょうだい」

「……あいよ、お任せあれ」

 ハンクはアデルの言葉に従うようだった。
 ベヒーモスから攻撃を受けないような戦い方から、身を低くして足の方を狙うような構えになった。 

 それにしても、何もできないことが歯がゆく感じる。
 俺とアデルで黒い犬たちを倒したため、他に邪魔が入るようには見えない。
 もしも、できることがあるとすれば、二人の力を信じて見守ることだけだ。

 不測の事態に備えて警戒は怠らないまま、アデルとハンクの様子を見守った。

 ベヒーモスはある程度の知能はあるように見えても、ハンクの狙いには気づかないようだった。
 百戦錬磨のハンクが「勝つこと」を手放して、「足を狙うこと」だけに照準を定めたとしたら、それを回避できる武人など存在するのだろうか。
 ましてや、巨体で小回りの利きにくいベヒーモスが回避できるわけがないはずだ。

「――よしっ、今だ」

 ハンクの低い声が響いた。
 ベヒーモスに合わせるような動作の後、さらに体勢を低くして地面を蹴った。

「グァッー!」

 苦悶の叫びでハンクが一撃見舞ったことが分かった。
 アデルもそれを察知したようで、隙を見逃さないように魔法を放とうとしている。

「――フリーズ・アロー!」

 彼女にしては珍しく、気合のこもった声だった。
 複数の凍てつく矢がベヒーモスに発射される。

 その一撃は胴体に集中して突き刺さり、ベヒーモスはそのまま横たわった。
 声を上げる代わりに恨めしそうな様子で俺たちに目を向けた後、洞窟の空気に溶けこむように消滅した。

「……ふぅ、けっこうヒヤヒヤさせられたわ」

「アデル、助かったぜ。あれだけの攻撃魔法を制御するとはやるじゃないか」

「動きが止まっていたから狙いやすかったわ。そうでなければ、もっと分散していたはずよ」

 ハンクのように素直ではないものの、アデルもそれなりにハンクのことを認めているように聞こえた。
 念のため、周囲を見回してみたが、目立つ脅威は見当たらなかった。

「んっ、あれは何かな……」 
 
 黒い犬が消滅した辺りで、ホーリーライトの光を反射する何かが目に入った。  
 すぐさま近づいて、地面に転がるそれを手に取った。

「……宝石?」

 戦いの目まぐるしさでアデルたちに訊きそびれたが、普通のモンスターのように死骸が残らない点も不思議だった。

「マルク、何かあったか?」

「黒い犬のところに妙なものが……」

 俺は手にしたものをハンクに見せた。
 指先でつまめる程度の大きさで紫に近い色。
 ただの宝石には思えないような怪しい輝きをしている。

「おっ、これはすげえ! おれとしたことがうっかりしていた」

 ハンクはこちらの疑問に応じる間もなく、他方へ動き出した。
 彼の背中を視線で追うと、アデルがベヒーモスの消滅した場所を調べていた。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

辺境伯令嬢に転生しました。

織田智子
ファンタジー
ある世界の管理者(神)を名乗る人(?)の願いを叶えるために転生しました。 アラフィフ?日本人女性が赤ちゃんからやり直し。 書き直したものですが、中身がどんどん変わっていってる状態です。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

皇国の守護神・青の一族 ~混族という蔑称で呼ばれる男から始まる伝説~

網野ホウ
ファンタジー
異世界で危機に陥ったある国にまつわる物語。 生まれながらにして嫌われ者となったギュールス=ボールド。 魔物の大軍と皇国の戦乱。冒険者となった彼もまた、その戦に駆り出される。 捨て石として扱われ続けるうちに、皇族の一人と戦場で知り合いいいように扱われていくが、戦功も上げ続けていく。 その大戦の行く末に彼に待ち受けたものは……。

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します

湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。  そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。  しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。  そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。  この死亡は神様の手違いによるものだった!?  神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。  せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!! ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

処理中です...