上 下
113 / 466
魔道具とエスカ

エスカとの帰り道

しおりを挟む
 この場にいる皆が楽しそうにしていて、俺が戻ったことを歓迎してくれるようでうれしかった。
 アデルとハンクは酔った素振りを見せず、エステルはあまり酒が強くないようでワインを少しだけしか飲まなかった。

 そんな中、エスカが珍しく酔っているようだった。
 振り返れば、ワインを口にするペースが速かった気がする。

「今日はジェイクもいるので、まだいてもらって大丈夫ですけど、エスカが飲みすぎたみたいなので家まで送ります」

「おっ、そうか」

「マルクさん、すいませーん」

「気にしなくていいよ。そろそろ帰ろうと思ったところだから」 
 
 俺はジェイクに声をかけるために、席を離れて店の中に入った。
 彼は厨房で洗い物をしているところだった。

「色々と任せっきりですいません」

「いや、こうしているといい気晴らしになる。城の調理場にいた頃はこの店よりも忙しかったからな」

 店の営業時間は昼から数時間、下調理もそこまで時間がかかることはない。
 そう考えれば、こちらの方が負担が少ないということなのだろう。

「また明日に店に来ますけど、諸々の準備はお願いしても大丈夫ですか?」

「オレは問題ない。急に入れ替わると不具合が起きる可能性もあるだろうから、徐々に元の体制に戻せばいいと思うが……どうだろうか?」

 ジェイクは店の回し方が不慣れなこともあり、珍しく確信がないようだった。

「それでいいと思います。ジェイクの味を楽しみにしているお客もいるはずなので、少しずつ移行しましょう」  

「了解した。その方が安心できる」

「それじゃあ、お疲れ様」

「ああっ、気をつけて帰ってくれ」

 ジェイクは穏やかな表情で見送ると、手元に視線を戻した。
 俺は店の中から外に出て、エスカに声をかけた。

「さあ、帰ろう。エスカの家が分かるのは俺だけだから、家まで送るよ」

「はーい」

「それじゃあ、帰りますね」

「おう、またな」

「また会いましょう」

「彼女にヘンなことしちゃダメだからね」

 エステルのいたずらっぽい言葉に苦笑いしながら、俺はエスカと二人で店を後にした。

 夜も遅い時間のため、通りを歩く人はいなかった。
 魔力灯が石畳の路地を照らしている。

 傍らを歩くエスカは千鳥足ということはないが、普段の冒険者然とした足の運びと比べれば頼りない歩みだった。

「それにしても、だいぶ飲んだな」

「七色ブドウのワインが美味しくて。それに……」

「それに?」

「マルクさんが戻ってきたのがうれしくて、飲みすぎちゃいました」

「それはありがとう」

 エスカとは冒険者時代からの付き合いということもあり、それなりに親しい間柄ではあると思った。
 彼女と恋愛関係になることで今まで築いた関係がなくなる不安があるため、必要以上に距離を縮めないようにしていたところはある。

「あのー、一つお願いしてもいいですか?」 

「うん、何かな?」

「酔いが回ってしまったので、マルクさんの家で休ませてください」

「ああっ、俺の家の方が近いよな」

 王都に行っている間にしばらく留守にしていたが、人を呼べる程度には片づいている。
 エスカから受けた親切を考えれば、それぐらいのことには応じなければいけない気がした。

「うん、分かった」      

「ありがとうございます」

 それからほどなくして、俺の家に到着した。
 この家は町中の建物が立ち並ぶ一角にある。
 二階建ての一軒家で玄関は各階にあり、二階の方を借りている。
 
 一旦、荷物を床に下ろしてから、部屋の鍵を取り出して入室した。
 魔力灯の電源に魔力をこめると、室内が少しずつ明るくなる。

「近くを通ったことはあっても、中に入るのは初めてです」

「とりあえず、ソファーで休んでおいて。飲みものが何もないから、近くの湧き水を汲んでくる」

「はーい」

 エスカはのんびりした返事をすると、部屋の中に入っていった。
 俺はキッチンの水差しを手に取り、そそくさと外に出た。

 一人で通りを歩くと静寂に包まれていた。
 何となく心細い気持ちになりながら、足早に水汲みに向かった。

 俺は目的地に到着すると流れ出る冷たい水を水差しに入れた。
 エスカを長い時間一人にするわけにもいかず、すぐに来た道を引き返した。

 小走りで部屋に戻ると、少し息が上がっていた。
 再びキッチンに行ってカップを手に取ると、汲んだばかりの水を注いだ。

 俺は水差しを置いてカップを手にした状態でソファーのある部屋に向かった。
  
「エスカ、水を入れたから飲んだらどう?」

 ソファーに目を向けると寝ているはずのエスカが見当たらない。
 もしかしたら、トイレに入っているのかもしれない。

 俺は近くのテーブルにカップを置いて、椅子に腰かけた。

「……うわっ!?」

 エスカはソファーに寝ていないだけで、俺の死角に立っていた。
 というか、何か服を脱いでいないか。

「マルクさん、ワタシは……」

 彼女は何かを言いかけた。
 酔っている影響もあると思うが、どこか普段の様子と違う気がした。

「ど、どうしたんだ。とりあえず、服を着た方が……」

 エスカは上下の衣服を脱いでおり、下着姿になっていた。
 付き合いが長いこともあり、彼女らしくない行動だと感じられた。
 白い肌と豊かな胸に目を奪われそうだが、違和感が拭えないことで理性を保っている。

「ワタシと愛し合いましょう」

「んっ?」

 エスカはそんなことを言わない。もっと奥手な性格のはずだ。
 不自然な言動のおかげで思考が澄み渡り、冷静になることができた。
 彼女の首元のネックレスが妙に存在感があると気づいた。

「……マルクさん」

「――壊れたらごめんよ」

 俺はエスカの間合いに入って、ネックレスの宝石部分に手を触れた。
 その直後に電流のようなものが流れてきた。
 指先にしびれるような痛みが走り、反射的に魔力を押し返した。

 ――ピシッと宝石に亀裂が入った。

「……あっ、うーん」

 宝石が輝きを失った後、エスカはその場に崩れ落ち、そのまま眠ってしまった。

「寝ているだけにも見えるけど、念のためにアデルに確認してもらおう」 
 
 俺はエスカをソファーに横たえて布団をかけた後、店に戻ってアデルを呼ぶことにした。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

辺境伯令嬢に転生しました。

織田智子
ファンタジー
ある世界の管理者(神)を名乗る人(?)の願いを叶えるために転生しました。 アラフィフ?日本人女性が赤ちゃんからやり直し。 書き直したものですが、中身がどんどん変わっていってる状態です。

辺境領主は大貴族に成り上がる! チート知識でのびのび領地経営します

潮ノ海月@書籍発売中
ファンタジー
旧題:転生貴族の領地経営~チート知識を活用して、辺境領主は成り上がる! トールデント帝国と国境を接していたフレンハイム子爵領の領主バルトハイドは、突如、侵攻を開始した帝国軍から領地を守るためにルッセン砦で迎撃に向かうが、守り切れず戦死してしまう。 領主バルトハイドが戦争で死亡した事で、唯一の後継者であったアクスが跡目を継ぐことになってしまう。 アクスの前世は日本人であり、争いごとが極端に苦手であったが、領民を守るために立ち上がることを決意する。 だが、兵士の証言からしてラッセル砦を陥落させた帝国軍の数は10倍以上であることが明らかになってしまう 完全に手詰まりの中で、アクスは日本人として暮らしてきた知識を活用し、さらには領都から避難してきた獣人や亜人を仲間に引き入れ秘策を練る。 果たしてアクスは帝国軍に勝利できるのか!? これは転生貴族アクスが領地経営に奮闘し、大貴族へ成りあがる物語。

転生幼女が魔法無双で素材を集めて物作り&ほのぼの天気予報ライフ 「あたし『お天気キャスター』になるの! 願ったのは『大魔術師』じゃないの!」

なつきコイン
ファンタジー
転生者の幼女レイニィは、女神から現代知識を異世界に広めることの引き換えに、なりたかった『お天気キャスター』になるため、加護と仮職(プレジョブ)を授かった。 授かった加護は、前世の記憶(異世界)、魔力無限、自己再生 そして、仮職(プレジョブ)は『大魔術師(仮)』 仮職が『お天気キャスター』でなかったことにショックを受けるが、まだ仮職だ。『お天気キャスター』の職を得るため、努力を重ねることにした。 魔術の勉強や試練の達成、同時に気象観測もしようとしたが、この世界、肝心の観測器具が温度計すらなかった。なければどうする。作るしかないでしょう。 常識外れの魔法を駆使し、蟻の化け物やスライムを狩り、素材を集めて観測器具を作っていく。 ほのぼの家族と周りのみんなに助けられ、レイニィは『お天気キャスター』目指して、今日も頑張る。時々は頑張り過ぎちゃうけど、それはご愛敬だ。 カクヨム、小説家になろう、ノベルアップ+、Novelism、ノベルバ、アルファポリス、に公開中 タイトルを 「転生したって、あたし『お天気キャスター』になるの! そう女神様にお願いしたのに、なぜ『大魔術師(仮)』?!」 から変更しました。

社畜から卒業したんだから異世界を自由に謳歌します

湯崎noa
ファンタジー
ブラック企業に入社して10年が経つ〈宮島〉は、当たり前の様な連続徹夜に心身ともに疲労していた。  そんな時に中高の同級生と再開し、その同級生への相談を行ったところ会社を辞める決意をした。  しかし!! その日の帰り道に全身の力が抜け、線路に倒れ込んでしまった。  そのまま呆気なく宮島の命は尽きてしまう。  この死亡は神様の手違いによるものだった!?  神様からの全力の謝罪を受けて、特殊スキル〈コピー〉を授かり第二の人生を送る事になる。  せっかくブラック企業を卒業して、異世界転生するのだから全力で謳歌してやろうじゃないか!! ※カクヨム、小説家になろう、ノベルバでも連載中

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

孤高のミグラトリー 〜正体不明の謎スキル《リーディング》で高レベルスキルを手に入れた狩人の少年は、意思を持つ変形武器と共に世界を巡る〜

びゃくし
ファンタジー
 そこは神が実在するとされる世界。人類が危機に陥るたび神からの助けがあった。  神から人類に授けられた石版には魔物と戦う術が記され、瘴気獣と言う名の大敵が現れた時、天成器《意思持つ変形武器》が共に戦う力となった。  狩人の息子クライは禁忌の森の人類未踏域に迷い込む。灰色に染まった天成器を見つけ、その手を触れた瞬間……。  この物語は狩人クライが世界を旅して未知なるなにかに出会う物語。  使い手によって異なる複数の形態を有する『天成器』  必殺の威力をもつ切り札『闘技』  魔法に特定の軌道、特殊な特性を加え改良する『魔法因子』  そして、ステータスに表示される謎のスキル『リーディング』。  果たしてクライは変わりゆく世界にどう順応するのか。

処理中です...