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王都出立編
アデルの反省会
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エステルの真意が分かったことで河原にいる必要はなくなった。
俺たちは日の暮れかかったバラムの町を歩き始めた。
エステルの作戦が功を奏したようで、アデルにはしては珍しく悪びれた様子を見せている。
「こういうの初めてじゃないと言いましたけど、前にも同じようなことが?」
「些細なことを上げたらいっぱいあるけど、姉さんは村を出る時に見聞を広めてくるって言い残したんだよ。それが巷では美食家と呼ばれてるみたいだね」
アデルはぎくっと言わんばかりに反応を表した。
美食家と呼ばれる前にそんな経緯があったとは初耳だった。
「それはその……私にも色々と考えがあるのよ。食文化を通じて世界を知るというのも大事だと思うわ」
「まあ、それは一理ありますね」
「ダメダメ、姉さんの口車に乗せられてる。そうやって煙に巻くのが得意だから気をつけないと」
「そう言われてみると、時折そんな節もあるような」
「ひどいわ。私を嘘つき扱いするなんて」
これまでに感じた気品や誠実な面も嘘ではないと思えるだけに、どこまでアデルを信じていいのか混乱しそうだった。
実の妹であるエステルの方が俺よりも詳しくアデルのことを知っているだろう。
「二人で積もる話もあるでしょうから、姉妹水入らずの時にじっくり話してください」
「うん、そうする」
「ふう、気が重いわ」
アデルの様子を見て、彼女に圧力をかけられるエステルは大したものだと思った。
店に着く頃には周囲は薄暗くなっており、通りの魔力灯が点灯していた。
誰かが火を灯してくれたようで、店の敷地内は明るくなっている。
「戻りました。とりあえず、解決しました」
「もう、どうなるか心配したんですよ」
「ケガはないみたいだな」
ハンクとエスカが近づいてきた。
二人ともホッとしたような表情だった。
「みんな、ごめんね。姉さんには反省してもらおうと思って」
「エステルはアデルの芝居に乗っただけでした」
「マルクとアデルが恋仲だなんて半信半疑だったが、そうだったのか」
ハンクも引っかかりかけたようだ。
普段の俺たちの様子を知っているから、多少は疑わしいと思ったらしい。
「そういえば、ジェイクは?」
「ああっ、あいつなら店の中にいると思うぞ」
「そっか、分かりました」
店の外が騒ぎになっていたことは気づいたと思うが、ぶれずに作業を続けるところは彼らしいと思った。
厨房の方に向かうとランプに火が灯っていた。
いくら集中していても照明には気を留めるようだ。
「お待たせしました。ちょっと話がややこしくなって時間がかかっちゃいました」
「問題ない」
「今度も何か試作しているところですか?」
ジェイクはフライパンで肉と野菜を炒めているところだった。
調味料を組み合わせた味つけのようで美味しそうな匂いがする。
「あんたのために作ってるんだ。長旅の後で夕食を用意するのは面倒だろう」
「ありがとうございます。ジェイクの料理はほとんど食べたことがなかったですね」
「そういえば、そうだったな」
ジェイクは会話をしながら、フライパンを振るった。
俺が使う時よりも火力が強めなので、かまどの上に火の粉が舞う。
「邪魔しちゃ悪いので外にいますね」
「了解した」
料理の完成に興味が湧いたが、手伝うことはなさそうなので席を外すことにした。
外に戻ると、アデルたちが会話中だった。
「姉さんは基本的に自己中なの。みんな、何か困らなかった?」
「まあ、アデルのペースに巻きこまれたことはあるな」
「アデルさん、オーラがあるから威圧感があるんですよね」
エステルの質問に対して、ハンクとエスカが口々に感想を述べた。
俺も加わりたいところだが、この店の店主という立場があるため自重する。
移動続きの下半身を休ませるため、近くの椅子に腰かけた。
今までアデルの奔放さは許容されてきた節があるが、エステルが加わったことで、半ば反省会のような雰囲気になっている。
今までにない貴重な光景だった。
場の様子を興味深く観察していると、ジェイクが店の中から出てきた。
その手には料理の乗った皿とフォークが握られている。
「ふむっ、盛り上がっているな。料理が完成したから、よかったら食べてくれ」
「おっ、完成ですか」
「口に合うといいが」
ジェイクは場の雰囲気を気にすることなく、目の前のテーブルに料理を出した。
食欲が刺激される匂いがしたので、すぐに食べたいと思った。
「では、早速」
ジェイクの作った料理は牛肉と細長く刻んだタマネギやニンジンを炒めたものだった。
見た感じではそこまで凝った雰囲気はない。
俺はフォークを手に取って肉と野菜を一緒に刺すと、そのまま口に運んだ。
「……美味い。牛肉の旨味と野菜の甘みが上手く合わさってますね」
「ベースに焼肉のタレを使っている。タレ自体の甘みと炒めた野菜が組み合わさるといい味が出るからな。香辛料は厨房にあったものを使わせてもらった」
「なるほど。それでこんな味に」
当然ながらジェイクは意識していないだろうが、この味は日本の焼肉定食でありそうな味つけに似ていた。
付け合わせに千切りキャベツがあった日には、箸もといフォークを運ぶ手が止まらなくなるだろう。
「いい牛肉が手に入るのも大きい。王都の市場よりもバラムの市場の方が生産者が近い分だけ新鮮なものが多かった。それにあんたの仕入れ先の男は美味い部分を融通してくれる」
「言われてみれば、そんな気がしますね」
王都の市場も悪くはなかったのだが、バラムと比べると少し鮮度が下がる印象はある。
それにセバスには色々と事前に伝えてあり、ジェイクに気を利かせてくれたことを知ってありがたい気持ちだった。
俺たちは日の暮れかかったバラムの町を歩き始めた。
エステルの作戦が功を奏したようで、アデルにはしては珍しく悪びれた様子を見せている。
「こういうの初めてじゃないと言いましたけど、前にも同じようなことが?」
「些細なことを上げたらいっぱいあるけど、姉さんは村を出る時に見聞を広めてくるって言い残したんだよ。それが巷では美食家と呼ばれてるみたいだね」
アデルはぎくっと言わんばかりに反応を表した。
美食家と呼ばれる前にそんな経緯があったとは初耳だった。
「それはその……私にも色々と考えがあるのよ。食文化を通じて世界を知るというのも大事だと思うわ」
「まあ、それは一理ありますね」
「ダメダメ、姉さんの口車に乗せられてる。そうやって煙に巻くのが得意だから気をつけないと」
「そう言われてみると、時折そんな節もあるような」
「ひどいわ。私を嘘つき扱いするなんて」
これまでに感じた気品や誠実な面も嘘ではないと思えるだけに、どこまでアデルを信じていいのか混乱しそうだった。
実の妹であるエステルの方が俺よりも詳しくアデルのことを知っているだろう。
「二人で積もる話もあるでしょうから、姉妹水入らずの時にじっくり話してください」
「うん、そうする」
「ふう、気が重いわ」
アデルの様子を見て、彼女に圧力をかけられるエステルは大したものだと思った。
店に着く頃には周囲は薄暗くなっており、通りの魔力灯が点灯していた。
誰かが火を灯してくれたようで、店の敷地内は明るくなっている。
「戻りました。とりあえず、解決しました」
「もう、どうなるか心配したんですよ」
「ケガはないみたいだな」
ハンクとエスカが近づいてきた。
二人ともホッとしたような表情だった。
「みんな、ごめんね。姉さんには反省してもらおうと思って」
「エステルはアデルの芝居に乗っただけでした」
「マルクとアデルが恋仲だなんて半信半疑だったが、そうだったのか」
ハンクも引っかかりかけたようだ。
普段の俺たちの様子を知っているから、多少は疑わしいと思ったらしい。
「そういえば、ジェイクは?」
「ああっ、あいつなら店の中にいると思うぞ」
「そっか、分かりました」
店の外が騒ぎになっていたことは気づいたと思うが、ぶれずに作業を続けるところは彼らしいと思った。
厨房の方に向かうとランプに火が灯っていた。
いくら集中していても照明には気を留めるようだ。
「お待たせしました。ちょっと話がややこしくなって時間がかかっちゃいました」
「問題ない」
「今度も何か試作しているところですか?」
ジェイクはフライパンで肉と野菜を炒めているところだった。
調味料を組み合わせた味つけのようで美味しそうな匂いがする。
「あんたのために作ってるんだ。長旅の後で夕食を用意するのは面倒だろう」
「ありがとうございます。ジェイクの料理はほとんど食べたことがなかったですね」
「そういえば、そうだったな」
ジェイクは会話をしながら、フライパンを振るった。
俺が使う時よりも火力が強めなので、かまどの上に火の粉が舞う。
「邪魔しちゃ悪いので外にいますね」
「了解した」
料理の完成に興味が湧いたが、手伝うことはなさそうなので席を外すことにした。
外に戻ると、アデルたちが会話中だった。
「姉さんは基本的に自己中なの。みんな、何か困らなかった?」
「まあ、アデルのペースに巻きこまれたことはあるな」
「アデルさん、オーラがあるから威圧感があるんですよね」
エステルの質問に対して、ハンクとエスカが口々に感想を述べた。
俺も加わりたいところだが、この店の店主という立場があるため自重する。
移動続きの下半身を休ませるため、近くの椅子に腰かけた。
今までアデルの奔放さは許容されてきた節があるが、エステルが加わったことで、半ば反省会のような雰囲気になっている。
今までにない貴重な光景だった。
場の様子を興味深く観察していると、ジェイクが店の中から出てきた。
その手には料理の乗った皿とフォークが握られている。
「ふむっ、盛り上がっているな。料理が完成したから、よかったら食べてくれ」
「おっ、完成ですか」
「口に合うといいが」
ジェイクは場の雰囲気を気にすることなく、目の前のテーブルに料理を出した。
食欲が刺激される匂いがしたので、すぐに食べたいと思った。
「では、早速」
ジェイクの作った料理は牛肉と細長く刻んだタマネギやニンジンを炒めたものだった。
見た感じではそこまで凝った雰囲気はない。
俺はフォークを手に取って肉と野菜を一緒に刺すと、そのまま口に運んだ。
「……美味い。牛肉の旨味と野菜の甘みが上手く合わさってますね」
「ベースに焼肉のタレを使っている。タレ自体の甘みと炒めた野菜が組み合わさるといい味が出るからな。香辛料は厨房にあったものを使わせてもらった」
「なるほど。それでこんな味に」
当然ながらジェイクは意識していないだろうが、この味は日本の焼肉定食でありそうな味つけに似ていた。
付け合わせに千切りキャベツがあった日には、箸もといフォークを運ぶ手が止まらなくなるだろう。
「いい牛肉が手に入るのも大きい。王都の市場よりもバラムの市場の方が生産者が近い分だけ新鮮なものが多かった。それにあんたの仕入れ先の男は美味い部分を融通してくれる」
「言われてみれば、そんな気がしますね」
王都の市場も悪くはなかったのだが、バラムと比べると少し鮮度が下がる印象はある。
それにセバスには色々と事前に伝えてあり、ジェイクに気を利かせてくれたことを知ってありがたい気持ちだった。
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