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王都出立編

大浴場で指揮官と出会う

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 アンが話を終えて部屋を出た後、俺は夕食に手を伸ばした。
 いつもなら味わって食べるのだが、昼食を食べられなかったこともあって、手早く食べ終えた。
 質素な内容ではあったが、温かい食事が食べられるのはありがたかった。

 食事を終えると適度な満腹感があった。
 ティーポットに入ったお茶を飲むと、ホッと一息つくような感覚を覚えた。

「……何だろうこれ。リラックス系のハーブティーか」

 カップ片手に窓の外に目を向けると夜になっていた。
 今日は色んなことが起きたので、一日が長く感じられるような気がした。

 ぼんやりと外を眺めていると、扉をノックする音がした。
 アンが食器を下げに来たのだろう。

「はい、どうぞ」

「失礼します」

 アンは礼儀作法が手抜きになることはなく、いつでも丁寧な姿勢を見せていた。
 彼女は運んできた時と同じカートを持って部屋に入ってきた。   

「ごちそうさまでした。どれもいい味でしたよ」

「お口に合ったようでよかったです」

 アンは会話に応じながらも、手慣れた動作で皿をカートに乗せている。

「これは城の料理人が作ったんですか?」

「はい。城内の全ての食事は調理場で作っています」

 アンの言葉を聞いて、料理人たちの様子を想像した。
 まるで、一流ホテルの調理場のように、何人もの料理人が忙しそうにしている姿が脳裏に浮かんだ。
 きっと、その中にフランシスもいるのだろう。

「何人ぐらいいるんですか?」

「たしか、料理人は十人ほどだと思います」

 アンは少し間をおいて答えた。
 彼女は料理人ではないので、そこまで詳しくないのだと思った。

「ところで、マルク様にお伝えしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「はい、どうぞ」

 アンは作業の手を止めていて、少しかしこまったような表情だった。
 どんな話が始まるのか、いくらか緊張するような気分になった。

「先ほど、最新の状況が通達されまして、城内の安全は確認できたそうです。そのため、城内でしたら出歩いて頂いても大丈夫です」

「それはいい知らせですね。部屋に缶詰めよりかは気が楽になります」

「あと、今日も大浴場を使って頂けるので、よろしければお使いください」

「ありがとうございます」

「どういたしまして。それでは失礼します」

 アンはすでに皿を乗せ終えていて、カートを引きながら部屋を出た。
 彼女がいなくなると、部屋の中が寂しげに感じられた。

「今日は調理作業もあったし、風呂で汗を流しておきたいな」

 食後の休息を取った後、着替えの用意をして大浴場に向かった。
 
 部屋から廊下に出て歩き始めたところで、兵士が厳重な警備をしているかと思ったが、見回りの兵士とすれ違う程度だった。

 冷静に考えれば城内に侵入すれば目立つので、内側よりも外の警備を固めているということなのだろうか。
 歩きながら考えてみたが、簡単に答えの出ないことだと思った。 

 道順をほとんど意識しなかったが、気づけば大浴場の近くだった。
 同じところを何度か通ったことで、自然と身体が覚えたのかもしれない。

「……あれ?」 

 扉の前に兵士が一人立っている。
 見回りというよりも見張りのように見えた。
 誰か偉い人が入っているのだろうか。

 俺はちらりと自分の左腕に目を向けると、腕章があることを確認した。
 注意していたというよりも、気づかずに身につけたままなのであった。
 これなら、不審者扱いされることはないだろう。

「すみません。中に入ってもいいですか?」

「あなたはたしか……大臣に料理を出しに来られた方ですね。私は見張りをしているだけなので、気にされずにどうぞ。ただ。中におられる方は身分の高い方なので、お気遣い願います」

「ああっ、それは大丈夫です」

「ご理解ありがとうございます。どうぞ中へ」

 兵士はドアマンのように扉を開いた。
 俺は軽く頭を下げて、部屋の中に入った。

 扉が閉まった後、どんな人が入っているのか気にかかった。
 この状況で王族の人がいるとは考えにくいので、カタリヤやブルームに近い立場の人なのだろうと考えた。

 俺は脱衣所の一角に着替えを置いて、服を脱ぎ始めた。
 裸になったところで、一人分の荷物が置いてあるのが目に入った。
 先客はまだ入浴中のようだ。

 脱衣所から大浴場に続く扉を開くと、もわっと湯気が流れこんできた。
 湯船の脇まで歩いていって、桶にお湯を入れてかけ湯をした。
 身体に伝わるお湯の温度はほどほどに温かかった。

 湯船に入ろうとしたところで、男の姿が目に入った。
 こちらが入室したことを気にすることなく、のんびりした様子でお湯に浸かっている。

 俺は足から湯船に入ると、少しずつ姿勢を低くしていった。
 
「おや、この時間に誰かが入ってくるのは珍しい」

「すみません、お邪魔してしまいましたか」 

「いや、そんなことはないさ」

 男はさわやかな声をしていた。
 目を合わさないのも失礼かと思い、相手の方を見た。
 肩の上まで伸びた金色の髪と整った顔立ちが印象的だった。

「俺はマルクといいます。カタリナ大臣に料理を振る舞うために来ました」

「よろしく、僕の名はクリストフ。城の兵たちをまとめる立場にある」

「まとめる……指揮官みたいなものですか?」

「そんなところだね」

 クリストフは兵士を統率する者にしては柔らかい物腰の好青年だった。
 お湯に浸かっていて分かりにくいということもあるが、そこまで筋骨隆々というようには見えなかった。
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