異世界で焼肉屋を始めたら、美食家エルフと凄腕冒険者が常連になりました ~定休日にはレア食材を求めてダンジョンへ~

金色のクレヨン@釣りするWeb作家

文字の大きさ
上 下
78 / 473
王都出立編

アンのおもてなしとタレの準備

しおりを挟む
 長椅子に腰かけて休んでいると、のぼせるような感じが治まってきた。
 立ちくらみが起きた時に支えてくれたリリアには感謝しなければならない。

 俺は身体を洗うために、ゆっくりと洗い場に移動した。
 リリアは後から入ってきたこともあり、風呂に入り直していた。

 洗い場の椅子に腰を下ろして、髪の毛と全身を洗った。
 文化水準的にシャワーはないわけだが、湯船とは別に洗髪や身体を流す用途のためにお湯が張られている。

 風呂を出る前に温まっておこうと思い、再び湯船に足を伸ばした。
 俺が風呂に浸かって少し経つと、リリアが洗い場に向かった。

 湯浴み着を身につけていると分かっているのに、彼女が風呂を出るのが見えるとドキドキしてしまう。

 今度はのぼせないために短時間の入浴にして、足早に湯船を出た。
 洗い場の近くを通りがかった時、リリアに一声かけようと思った。

「さっきはありがとうございました」

「いえ、お大事になさってください」

「はい。それではまた」

「おやすみなさい」

 リリアは金色の長い髪を洗っているところだった。
 彼女は相手を思いやるような接し方をしてくれるので、好ましい印象がある。

 俺は浴室を出て、自分の荷物が置かれたところに向かった。
 脱衣所の一角にタオルが用意されているに気づき、それを一枚手に取る。
 今まで泊まった宿屋では体験したことのない気遣いだった。

 持参した布切れは使わずに、タオルで全身を拭いた。
 それから着替えを済ませて、脱衣所の外に出た。
 
 大浴場の外でアンが待っていることを予想したが、廊下には誰もいなかった。
 おそらく、何かの用事で手が離せないのだろう。

 客間の方向はだいたい覚えているので、自分で部屋に戻ることにした。
 大浴場の前を離れると、窓の外の様子で夜になったことに気づく。
 天井には魔力灯が点灯しているため、日没の後でも廊下は明るかった。

 同じ窓から外庭の様子が目に入ったが、等間隔にかがり火が置かれており、周辺を兵士が巡回していた。
 夜間は外から侵入しやすくなるため、警戒を厳しくしているように見えた。

「兵士の人たちも大変だな」

 暗殺機構が深夜に寝静まるとは限らないので、夜通しの番もするのだろう。
 今の状況はランス王国の関係者に負担がかかっていそうなので、近いうちに収まることを願った。

 俺は窓の前を離れて、廊下を歩き出した。
 おぼろげな記憶を頼りにして、客間へと向かう。

「……たぶん、こっちの方向だよな」

 少し心もとない感じもしたが、見覚えのある部屋の前にたどり着いた。
 恐る恐る扉を開くと、自分が泊まる予定の客間だった。

「あっ、マルク様。お風呂から上がられたのですね」

「はい、ついさっきに」

 アンは客間で作業をしているところだった。
 ベッドの横に立って、布団を整えているように見える。  
 
「寝間着をご用意したので、よろしければお使いください」

「ああっ、そこまで用意してくれるんですね」

 俺はベッドの脇に上下揃った衣服があるのに気づいた。
 先ほどのタオルといい、高級ホテルのようなもてなしだと感じた。
 アンが心をこめた接遇をしてくれることも印象がよかった。

「大浴場はいかがでしたか?」

「気持ちよかったですよ。少しのぼせかけましたけど」

「えっ、大丈夫でしたか?」

「そんなにひどくはないので、問題ありません」

 アンはこちらを気遣うような表情だった。
 少し気まずいので、大浴場でリリアに鉢合わせたことは伏せておこう。

「そうでしたか。お湯の温度が高めでしたでしょうか」

「うーん、少し熱めかなという程度で、入りやすかったと思いますよ」

「それはよかったです。では、ベッドの準備が整いましたので、わたくしは失礼します」 
 
 アンは丁寧にお辞儀をして、部屋を後にした。
 彼女が立ち去ると、一人だけの客間は広く感じられた。

 少し寂しい気分だったが、寝る前にやることが残っていた。
 カタリナに振る舞う焼肉のタレを準備する必要がある。

 机の上に置かれた紙袋の中からドライデーツを手に取り、軽くかじってみる。
 
「店で試食した時もそうだけど、ちょうどいい甘さだな」

 この甘さがしょうゆ風の調味料と組み合わされば、ちょうどいい味わいになり、焼肉のタレに使えそうな仕上がりになるはずだ。

 持参した清潔な布で何個かのデーツを拭いた後、しょうゆ風の調味料の入った容器に放りこんだ。
 すぐに浸透することはないだろうが、一晩である程度はいけるはずだ。

「……ええと、タレ以外は食材と鉄板に焼き台の用意か」

 食材が配達されているか気にはなるが、この時間から確かめに行くのはやめておこう。
 どの店の店主も信用できそうな人たちだったので、そこまで遅くなるとは考えにくい。
 鍛冶職人に頼んだものは明日に届くので、それまでは待つだけだ。

「ふわぁー、眠たくなってきたな。ベッドを整えてくれた上に寝間着まで用意してあるから、そろそろ寝るとするか」

 俺は身につけていた衣服を脱いで、寝間着に着替えた。
 室内に用意された水場で歯を磨いて、広々としたベッドへと横になる。

 すでに異世界にいるのに、これはこれで別世界に来たような不思議な感覚だった。
 まさか、城の中で寝泊まりする経験ができるとは。
 
 寝具のクオリティが高いので、今夜はいい夢が見られそうだ。


 あとがき
 お読みいただき、ありがとうございます。
 エールやお気に入り登録にも感謝です。
しおりを挟む
感想 30

あなたにおすすめの小説

【完結】ポーションが不味すぎるので、美味しいポーションを作ったら

七鳳
ファンタジー
※毎日8時と18時に更新中! ※いいねやお気に入り登録して頂けると励みになります! 気付いたら異世界に転生していた主人公。 赤ん坊から15歳まで成長する中で、異世界の常識を学んでいくが、その中で気付いたことがひとつ。 「ポーションが不味すぎる」 必需品だが、みんなが嫌な顔をして買っていく姿を見て、「美味しいポーションを作ったらバカ売れするのでは?」 と考え、試行錯誤をしていく…

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

【書籍化決定】俗世から離れてのんびり暮らしていたおっさんなのに、俺が書の守護者って何かの間違いじゃないですか?

歩く魚
ファンタジー
幼い頃に迫害され、一人孤独に山で暮らすようになったジオ・プライム。 それから数十年が経ち、気づけば38歳。 のんびりとした生活はこの上ない幸せで満たされていた。 しかしーー 「も、もう一度聞いて良いですか? ジオ・プライムさん、あなたはこの死の山に二十五年間も住んでいるんですか?」 突然の来訪者によると、この山は人間が住める山ではなく、彼は世間では「書の守護者」と呼ばれ都市伝説のような存在になっていた。 これは、自分のことを弱いと勘違いしているダジャレ好きのおっさんが、人々を導き、温かさを思い出す物語。 ※書籍化のため更新をストップします。

明日を信じて生きていきます~異世界に転生した俺はのんびり暮らします~

みなと劉
ファンタジー
異世界に転生した主人公は、新たな冒険が待っていることを知りながらも、のんびりとした暮らしを選ぶことに決めました。 彼は明日を信じて、異世界での新しい生活を楽しむ決意を固めました。 最初の仲間たちと共に、未知の地での平穏な冒険が繰り広げられます。 一種の童話感覚で物語は語られます。 童話小説を読む感じで一読頂けると幸いです

異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉
ファンタジー
神様のミスによって命を落とし、転生した茅野巧。様々なスキルを授かり異世界に送られると、そこは魔物が蠢く危険な森の中だった。タクミはその森で双子と思しき幼い男女の子供を発見し、アレン、エレナと名づけて保護する。格闘術で魔物を楽々倒す二人に驚きながらも、街に辿り着いたタクミは生計を立てるために冒険者ギルドに登録。アレンとエレナの成長を見守りながらの、のんびり冒険者生活がスタート! ***この度アルファポリス様から書籍化しました! 詳しくは近況ボードにて!

聖女として召還されたのにフェンリルをテイムしたら追放されましたー腹いせに快適すぎる森に引きこもって我慢していた事色々好き放題してやります!

ふぃえま
ファンタジー
「勝手に呼び出して無茶振りしたくせに自分達に都合の悪い聖獣がでたら責任追及とか狡すぎません? せめて裏で良いから謝罪の一言くらいあるはずですよね?」 不況の中、なんとか内定をもぎ取った会社にやっと慣れたと思ったら異世界召還されて勝手に聖女にされました、佐藤です。いや、元佐藤か。 実は今日、なんか国を守る聖獣を召還せよって言われたからやったらフェンリルが出ました。 あんまりこういうの詳しくないけど確か超強いやつですよね? なのに周りの反応は正反対! なんかめっちゃ裏切り者とか怒鳴られてロープグルグル巻きにされました。 勝手にこっちに連れて来たりただでさえ難しい聖獣召喚にケチつけたり……なんかもうこの人たち助けなくてもバチ当たりませんよね?

異世界に転生をしてバリアとアイテム生成スキルで幸せに生活をしたい。

みみっく
ファンタジー
女神様の手違いで通勤途中に気を失い、気が付くと見知らぬ場所だった。目の前には知らない少女が居て、彼女が言うには・・・手違いで俺は死んでしまったらしい。手違いなので新たな世界に転生をさせてくれると言うがモンスターが居る世界だと言うので、バリアとアイテム生成スキルと無限収納を付けてもらえる事になった。幸せに暮らすために行動をしてみる・・・

異世界遺跡巡り ~ロマンを求めて異世界冒険~

小狸日
ファンタジー
交通事故に巻き込まれて、異世界に転移した拓(タク)と浩司(コウジ) そこは、剣と魔法の世界だった。 2千年以上昔の勇者の物語、そこに出てくる勇者の遺産。 新しい世界で遺跡探検と異世界料理を楽しもうと思っていたのだが・・・ 気に入らない異世界の常識に小さな喧嘩を売ることにした。

処理中です...