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新たな始まり

究極の豚肉を料理する

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「お嬢ちゃん、無事だったんだな」

「ハンクさん、お手紙受け取ってくださって、ありがとうございました」

 ハンクはエスカを労(いたわ)るような優しい顔をしていた。
 それにしても、エスカがここにいる理由が見当もつかない。

「……どうして、エスカはここに?」

「森を調べる途中でシカ狩りをしていたら、シルバーゴブリンさんたちに弓の腕を認めてもらって。それから話すうちに意気投合して、お茶をごちそうになりました」

 彼女はいつも通りの様子で状況を説明した。
 おそらく、話したままの出来事があったのだろう。

「あと、他の冒険者は?」

「もう一人いたんですけど、偵察の途中で怖くなったみたいで、逃げてしまいました」

 とにかく、エスカが無事でよかった。
 ホッと胸を撫で下ろしたところで、彼女に頼みたいことがあると気づく。

「ところで、エスカにお願いがあるんだ」

「何ですか?」

「そこの豚を解体してほしい」

 豚を指で示すと、エスカは確かめるように見つめた。

「そんなにかからないと思うんですけど、焼肉用ですか?」

「ああっ、使いたい部位を教えるから、必要な大きさに切ってほしい」

「分かりました」

 肉についての説明を終えると、エスカは自前のナイフで解体を始めようとした。
 しめる瞬間は苦手なので、少し離れた後で様子を見に戻った。

 前回のシカの時と同様に、無駄のない流れるような手捌きだった。
 数体のシルバーゴブリンが感心するように見入っているのも目に入った。 
 そのうちにエスカによる豚の解体は終了した。

「マルクさん、バラ肉ってこの辺りでいいですか? よいしょっと」

 作業を終えたばかりのエスカが肉の塊を手渡してくれた。
 
 大まかな指示だったが、料理しやすいようにあばら骨から切り離してある。
 イベリア豚の肉は霜降り状になっていて、肉質がきれいだった。
 
「すごい、完璧だよ。あとは調味料か」

 塩や香辛料、ハーブ類は持ってきたが、これで食べても焼肉っぽさは出ない。

「ハンク、シルバーゴブリンは料理をする習慣があるんですか?」

「おう、あるある。調味料が必要なのか?」

「はい、そうです」

「ちょっと聞いてみるな」

 ハンクは近くにいたシルバーゴブリンに話しかけた。
 すると、そのゴブリンはどこかに歩いていった。

「料理番のゴブリンだったみたいで、調理場は見せられないけど、調味料自体は使わせてくれるそうだぜ」

「よかった、助かります」

 少しの間待っていると、先ほどのシルバーゴブリンが植物を編んだ手提げ籠みたいなものを持ってきた。

「使っていいってよ」

「おおっ、色々ありますね」

 筒状の容器が数種類入っている。
 その中身を一つずつ確かめていく。

「これは唐辛子系のソース、次はしょうゆみたいなもので、あとは食用油と酢かな」 
 
 調味料の確認が終わったところで、同じシルバーゴブリンが何かを持ってきた。

「ニンゲン、ヤキニク作ルナラコレヲ使ウ」

 今度は別の籠に野菜と果物が入っていた。
 おそらく、焼肉がどのような料理か分かっていない様子だが、果物はタレ作りに使える。

 それからもう一度、ハンク経由でシルバーゴブリンに頼み事をした。
 必要なのは、まな板や包丁と料理ができるスペース。
 ハンクが上手く交渉してくれたようで、それらは全て用意された。
 
 いざ調理開始となったところで、手元が見えにくいことに気づいた。
 ハンクに頼んでホーリーライトの呪文を唱えてもらうと、森の中に光の玉が浮かぶ神秘的な光景が広がった。

 ゆっくり眺めたいところだが、タレ作りを始めることにした。
 
 リンゴとニンジンを細かく刻んで、しょうゆみたいな液体に漬ける。
 塩加減を調整しながら、リンゴを足して甘みが引き立つようにした。

 今度は豚バラ肉を焼く作業に入る。
 自分で焼くスタイルが本来の焼肉に近いが、ここには鉄板と焼き台がない。 
 長老に焼いてもらうのは諦めて、焼肉っぽい料理に仕上げよう。

 ハンクがお玉で叩いていた鍋を借りて、そこに先ほどの食用油を引いた。
 火にかけた鍋の温度が上がったところで、豚バラ肉を投入する。
 パチパチっと油が弾けて、肉の焼ける美味しそうな匂いが広がる。
 
 十分に火が通ったら皿に乗せて、熱々のうちに用意したタレをかける。

「豚バラ肉の焼肉風、完成です」

「――ほほう、噂の焼肉がそれじゃな」

 料理を待ちわびていたようで、意気揚々とした足取りで長老が近づいた。

「うーむ、ここには鉄板がないのじゃから、しょうがないのう」

「有り合わせでも、味には自信があります」

「どれ、早速頂こうかの」

 長老はすでにナイフとフォークを手にしており、臨戦態勢だった。
 ゴブリンとは思えないような器用な手つきで肉を切り分けると、そのうちの一切れを突き刺して口へと運んだ。

「う、美味い……あの豚って、こんな味になるんじゃな」

「お口にあったみたいでよかったです」

 長老は料理が気に入ったみたいで、次から次へと口の中に放りこんでいく。
 
 そういえば、焼肉を食べさせることに意味があったのだろうか。
 エスカが無事だったことで、目的を忘れてしまった気がする。

 そこで、ハンクが代弁するように長老へと声をかけた。

「長老、焼肉が食えたんだし、奥地へ帰ってくれないか」

「それはかまわんがのう。豚の捌き方とレシピを教えてくれんかな」

 長老は一途な少年のように頼んできた。

「解体法なら、わたしが教えられますよ」

「調理法は俺が」

「ふむっ、豚をしめる係と料理番は別じゃから、それぞれに教えていってくれんか」

 長老は満足げな笑みを浮かべていた。
 とりあえず、無事に解決しそうで安心した。
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