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第二章
初めての剣の感触
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ゴブリンの先制攻撃を防ぐため、顔より前に剣先が出た状態で屈みこむ。
魔眼が反応すればすぐにやめるつもりだった。
恐る恐る覗きこむと、小学生ぐらいの背丈の何かが横たわっていた。
腹ばいの状態で静止しているため、不意打ちを受ける可能性はなさそうだ。
それはちょうど別の方向を見ていたので、目が合わずに済んだ。
俺は息を潜めながら、剣の切っ先をそれに近づけようとする。
――相手はモンスターとはいえ、命を奪うことになる。
脳裏によぎったその言葉が重くのしかかった。
まだ気づかれていないが、攻撃するかしないかの二択しかない。
俺は命を奪うことなどできるのだろうか。
すぐに決断しなければならないが、なかなか考えがまとまらない。
早く決めなければ、この距離ではいつ気づかれてもおかしくない。
俺がためらっていると、緑色の小人はこちらに気づいて反対側に這って逃げようとした。
慌てて立ち上がり、先回りしようと追いかける。
しかし、予想外にすばっしこい動きで、すでに馬車を離れて走り出していた。
剣を投げ捨てれば追走も可能だが、丸腰で対峙するのは危険すぎる。
俺は馬車から少し離れたところで、諦めることにした。
徐々にゴブリンの背中が遠ざかり、追いつけない距離になる。
自分にできることはもうないと思い見ていると、どこからか矢が飛来して命中した。
その一撃でゴブリンは倒れこみ、絶命したように動かなくなった。
矢の飛んできた方に目を向けると、サリオンとビクターが歩いてくるところだった。
二人はこちらに気がつくと歩を早めてやってきた。
「ゴブリンを見たさに、いても立ってもいられなかったわけか」
「彼はそんな好戦的ではありません。大方、馬の無事を確かめようとしたところですか?」
サリオンは冗談めかした様子のビクターをたしなめて、こちらにたずねた。
「うん、そうなんだ」
俺は短い言葉で応じた。
脳裏にはサリオンの矢で仕留められたゴブリンの姿が焼きついている。
自分にはできないことだが、彼はためらうことなく射抜いた。
命を奪うことへの気持ちが整理できないでいる。
「この際、細かいことはどうでもいい。おとなしく待つだけじゃなく、役に立つことをしようというのが気に入った」
ビクターは俺の肩をバンバンと叩いた。
少し痛いわけだが、認められるのは悪い気がしない。
彼の満面の笑みに表情を和らげて応じる。
「馬が無事でなければ歩いて帰るところでした。ゴブリン相手に虚を突かれたとなれば、ウィニーの小言が続いたでしょう。君の心意気は見上げたものです」
「サ、サリオン……」
ウィニーに世話係を命じられた時に見せた反応から前途多難だと思っていたが、サリオンは態度を軟化させつつあった。
馬を見に行こうとしたことが思いつきである面は否定できない。
それでも、こうして二人に認められてよかったと思う。
「これでしばらくは問題ないだろうな。もういい時間だし、そろそろ昼飯にしようじゃないか。お前らも食べていくだろ?」
「ええ、もちろん」
「じゃあ、俺も」
サリオンが馬の状態を確認した後、三人でビクターの素材屋の前に移動した。
道すがらビクターが町の人たちに危機が去ったことを伝えて回ったため、先ほどの静けさは解消されて人通りが増え始めた。
王都に比べたら閑散とした雰囲気だが、町の規模を考えればこんなものだろう。
それから素材屋の前にたどり着くと、ビクターにショートソードを返した。
彼はしっかりと受け取って、鞘に収まった剣の状態を確かめようとした。
「何も斬らなかったんだな」
「見てわかるものなの?」
「そりゃ、刃(やいば)を見れば、どう使ったかなんて分かるもんだ」
「さっきのゴブリン。できれば自分で倒したかったけど……」
ビクターは俺を責めるような言い方はしなかった。
しかし、ブラウンベアーの時にサリオンに任せきりだったことも含めて、自分が戦いに慣れるまで時間がかかりそうだった。
仮に魔王討伐の訓練に加わっていたとして、モンスターを躊躇なく殺せるようになったのだろうか。
「まさか、わしやサリオンと比べているのか?」
「そういうわけじゃないけど」
ビクターに見抜かれた感じがして、言葉が続かなくなる。
「王都を探せばゴブリンにビビっちまうやつは大勢いる。ゴブリンから人間に近づかないだけでな。それを思えば、向き合おうとしてるだけで見こみはあるんじゃないか。なあ、サリオン?」
ビクターは矢じりを磨いているサリオンに話を振った。
彼は手を止めて顔を上げると小さく息を吐いた。
「私も初めから今のようにやれたわけではありません。カイトも少しずつ歩みを進めたらいいでしょう。相手がモンスターとなれば何かの拍子で命を落とすこともあります。将来性も大事ですが、勇敢さを求めるより生き延びる慎重さを選びなさい」
サリオンは言いたいことはそれだけだという具合で、矢じりの手入れを再開した。
彼の言葉を聞いて、ビクターは愉快そうに笑った。
「ははっ、だとよ。あいつは見た目優男(やさおとこ)だが、酒豪の上に胆力がある。一緒に行動するなら見習っておけよ!」
「そうさせてもらうよ」
ビクターは出会ったばかりだが、役に立つ話をしてくれると思った。
するとそこで、彼の腹の虫が鳴った。
「かぁっー、締まらねえな。じゃあ飯にするか。手のこんだものは作れないが、まあ食ってけ」
「おーい、ビクター! さっきはありがとう」
家畜小屋のことで助けを求めた青年が手を振りながら歩いてきた。
「そろそろ昼ご飯の時間だよね? よかったらみんなで食べてよ」
「うぉっ、いい肉じゃねえか」
「昨日、うちで締めた牛の肉だから」
「ありがたく頂くぜ」
「それじゃあ、また何かあったら頼むね」
二人の会話から元冒険者であるビクターが頼りにされていることが分かった。
アインは小さな町なので、住人同士が持ちつ持たれつという関係で暮らしているのだろう。
魔眼が反応すればすぐにやめるつもりだった。
恐る恐る覗きこむと、小学生ぐらいの背丈の何かが横たわっていた。
腹ばいの状態で静止しているため、不意打ちを受ける可能性はなさそうだ。
それはちょうど別の方向を見ていたので、目が合わずに済んだ。
俺は息を潜めながら、剣の切っ先をそれに近づけようとする。
――相手はモンスターとはいえ、命を奪うことになる。
脳裏によぎったその言葉が重くのしかかった。
まだ気づかれていないが、攻撃するかしないかの二択しかない。
俺は命を奪うことなどできるのだろうか。
すぐに決断しなければならないが、なかなか考えがまとまらない。
早く決めなければ、この距離ではいつ気づかれてもおかしくない。
俺がためらっていると、緑色の小人はこちらに気づいて反対側に這って逃げようとした。
慌てて立ち上がり、先回りしようと追いかける。
しかし、予想外にすばっしこい動きで、すでに馬車を離れて走り出していた。
剣を投げ捨てれば追走も可能だが、丸腰で対峙するのは危険すぎる。
俺は馬車から少し離れたところで、諦めることにした。
徐々にゴブリンの背中が遠ざかり、追いつけない距離になる。
自分にできることはもうないと思い見ていると、どこからか矢が飛来して命中した。
その一撃でゴブリンは倒れこみ、絶命したように動かなくなった。
矢の飛んできた方に目を向けると、サリオンとビクターが歩いてくるところだった。
二人はこちらに気がつくと歩を早めてやってきた。
「ゴブリンを見たさに、いても立ってもいられなかったわけか」
「彼はそんな好戦的ではありません。大方、馬の無事を確かめようとしたところですか?」
サリオンは冗談めかした様子のビクターをたしなめて、こちらにたずねた。
「うん、そうなんだ」
俺は短い言葉で応じた。
脳裏にはサリオンの矢で仕留められたゴブリンの姿が焼きついている。
自分にはできないことだが、彼はためらうことなく射抜いた。
命を奪うことへの気持ちが整理できないでいる。
「この際、細かいことはどうでもいい。おとなしく待つだけじゃなく、役に立つことをしようというのが気に入った」
ビクターは俺の肩をバンバンと叩いた。
少し痛いわけだが、認められるのは悪い気がしない。
彼の満面の笑みに表情を和らげて応じる。
「馬が無事でなければ歩いて帰るところでした。ゴブリン相手に虚を突かれたとなれば、ウィニーの小言が続いたでしょう。君の心意気は見上げたものです」
「サ、サリオン……」
ウィニーに世話係を命じられた時に見せた反応から前途多難だと思っていたが、サリオンは態度を軟化させつつあった。
馬を見に行こうとしたことが思いつきである面は否定できない。
それでも、こうして二人に認められてよかったと思う。
「これでしばらくは問題ないだろうな。もういい時間だし、そろそろ昼飯にしようじゃないか。お前らも食べていくだろ?」
「ええ、もちろん」
「じゃあ、俺も」
サリオンが馬の状態を確認した後、三人でビクターの素材屋の前に移動した。
道すがらビクターが町の人たちに危機が去ったことを伝えて回ったため、先ほどの静けさは解消されて人通りが増え始めた。
王都に比べたら閑散とした雰囲気だが、町の規模を考えればこんなものだろう。
それから素材屋の前にたどり着くと、ビクターにショートソードを返した。
彼はしっかりと受け取って、鞘に収まった剣の状態を確かめようとした。
「何も斬らなかったんだな」
「見てわかるものなの?」
「そりゃ、刃(やいば)を見れば、どう使ったかなんて分かるもんだ」
「さっきのゴブリン。できれば自分で倒したかったけど……」
ビクターは俺を責めるような言い方はしなかった。
しかし、ブラウンベアーの時にサリオンに任せきりだったことも含めて、自分が戦いに慣れるまで時間がかかりそうだった。
仮に魔王討伐の訓練に加わっていたとして、モンスターを躊躇なく殺せるようになったのだろうか。
「まさか、わしやサリオンと比べているのか?」
「そういうわけじゃないけど」
ビクターに見抜かれた感じがして、言葉が続かなくなる。
「王都を探せばゴブリンにビビっちまうやつは大勢いる。ゴブリンから人間に近づかないだけでな。それを思えば、向き合おうとしてるだけで見こみはあるんじゃないか。なあ、サリオン?」
ビクターは矢じりを磨いているサリオンに話を振った。
彼は手を止めて顔を上げると小さく息を吐いた。
「私も初めから今のようにやれたわけではありません。カイトも少しずつ歩みを進めたらいいでしょう。相手がモンスターとなれば何かの拍子で命を落とすこともあります。将来性も大事ですが、勇敢さを求めるより生き延びる慎重さを選びなさい」
サリオンは言いたいことはそれだけだという具合で、矢じりの手入れを再開した。
彼の言葉を聞いて、ビクターは愉快そうに笑った。
「ははっ、だとよ。あいつは見た目優男(やさおとこ)だが、酒豪の上に胆力がある。一緒に行動するなら見習っておけよ!」
「そうさせてもらうよ」
ビクターは出会ったばかりだが、役に立つ話をしてくれると思った。
するとそこで、彼の腹の虫が鳴った。
「かぁっー、締まらねえな。じゃあ飯にするか。手のこんだものは作れないが、まあ食ってけ」
「おーい、ビクター! さっきはありがとう」
家畜小屋のことで助けを求めた青年が手を振りながら歩いてきた。
「そろそろ昼ご飯の時間だよね? よかったらみんなで食べてよ」
「うぉっ、いい肉じゃねえか」
「昨日、うちで締めた牛の肉だから」
「ありがたく頂くぜ」
「それじゃあ、また何かあったら頼むね」
二人の会話から元冒険者であるビクターが頼りにされていることが分かった。
アインは小さな町なので、住人同士が持ちつ持たれつという関係で暮らしているのだろう。
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