花畑の中の腐卵臭

MEIRO

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他人事

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『おっ、おげえええええ……っ!』

 まただ。
 また、

『だ、だのむ……』

 まるで拷問でも受けているかのような男の声が、ドアの向こうから聞こえてくる。

『だすげで……、ぐれぇ……』

 俺はドアの前で、ただただ、そんな声を聞いてきた。
 絶望感に満ちた声が、俺の耳に届き。
 その声に、俺は――疑問を抱いていた。

 “ぷうううぅぅ! ぶううううぅ! ぼふうううぅぅ……!”

 連発する放屁音。
 そのすぐあと、

『ああああっ……! ぐぅっ……!』

 どう聞いてもそれは、放屁にたいするリアクションで。
 しかし――おおげさすぎではないだろうか。
 と、そんなふうに、鼓膜を通して伝わってくるものに対して、俺はひたすら疑問を抱いていた。

 ただの、屁だろう。
 そんなに、悲鳴をあげるほどのことなのだろうか。
 もっというなら、

『ふふっ。どうだったぁ? 今の連発ぅ……。すごいでしょぉ……』

 ドアの向こうから、色っぽい女性の声が聞こえてくる。
 その女性は、あたかも自分が屁をこいたようにいっているが――。
 だとするなら、男は彼女の屁で苦しんでいる、ということなのだろうか。

 だが、どうにもしっくりこない。
 どう考えても、その声の感じと悪臭が、結びつかないのだ。
 バラの花畑に漂う腐卵臭のごとく、それは違和感のあるイメージだった。
 しかし、

『じゃあ。今度は、こんなのはどうかしらぁ……』

 “むっすうううぅぅうううぅ~~……”

 女性の声のあと、ドア越しにも聞こえてくるような、すかしの音が響き、

『ぎっ――っ……! おえええぇぇぇ!!』

 びちゃ、と。
 男の悲鳴をあげ、何かを吐き出したようだ。
 その様子に、おいおい……、と。唖然とする。
 信じられなかった。
 このドアの向こうの様子を想像してみたが、どうにもぴんとこないのだ。

 まあ、誰のものであろうと、屁なんてものは臭い。それはわかる。
 だが、男の悲鳴は、まるで毒ガスでも吸わされているようではないか。
 しかも、相手は女性で。
 恐らく、美人系だ。
 もしかすると、人によっては、ご褒美にもなりうるのではないだろうか。
 あいにく、俺にはそんな趣味はないが――、

『ちょっとぉ……。私のニオイで吐くなんて、失礼ねぇ……。そんな悪い子には……』

『ず、ずみま――むぎゅ……っ!』

 くぐもる男の声。
 そして――、

『もう一度……』

 ふ――ふすうううぅぅぅううぅぅ~~……

 すかしっ屁、と。
 女性は少し愉快そうにつぶやき。
 男はそのニオイをまともに嗅いでしまったようで、

『あ……! ぁが……っ!』

 段々と弱弱しくなっていく男の声。
 その様子に、女性はふふ、と笑みをこぼすと、

『ねえ。まだ、嗅ぎたい?』

 女性は男に問う。
 しかし、意識を朦朧とさせているのか、男からの返答はなく、

『嗅ぎたくないなら、やめてあげるけどぉ……?』

 そんな女性の声に、男は『ぁ……、ぁ……』と。
 かすかな声だが、それでも必死な様子で、男が何かを言う。
 だが、女性はその声が聞こえていないかの様子で話を続け、

『ん? 嗅ぎたいのぉ……?』

『ぁ……。ぅが……っ』

『そっかそっかぁ……。そんなに……』

 嗅ぎたいのね、と。
 悲壮感の漂う男の声に対して、女性はあからさまな様子で嘲笑い、

『けど、もう少し、待っててねぇ……。ガスがたまるまで、いい子にしてるんだよぉ……』

 そんな女性の声に、男は『っ……』と声を詰まらせているようだ。
 なんと、ぞっとするやりとりだろうか。
 だが、それに用いているものが、ただの屁だと思えば、変な感じだ。
 やはり、ぴんとこず。俺は手首にはめられた思い手錠をじゃらりと鳴らし、ほほをかいた。

 それから、しばらくして。
 女性がふふ、と笑みをもらす。

『じゃあ。名残惜しいけど、そろそろ、おわりにしよっかぁ……』

 なんとも、冷気のにじむような、ぞっとする声だ。

『もう少し頑張ってくれたら嬉しいけど……。すごいの……。おりてきちゃったし……。これは……』

 たぶん耐えられそうにないわねぇ……、と。
 女性は男に対して宣告する。
 よっぽど、自信があるのだろう。
 その声音は、この先の展開をはっきりと見ているようだった。

『それじゃあ。しっかり鼻に……、失礼するわねぇ……』

 彼女はそう言うと、少しだけ切なそうに。
 小さく、いきみ声を漏らし、

 ふ――すううううぅうぅぅうぅぅぅぅぅうぅうう~~……
 ~~……すうううぅぅ~~――すううぅうううぅ~~……

 それは。
 長い。
 とても長い。
 ドア越しにも聞こえてくるほどの、すかしっ屁だった。

 ねっとりとした感じがして。
 今までぼんやりと、そのやりとりを耳にしていた俺だったが。
 さすがにそれは――と。
 思わず自分の顔が引きつっていくのを感じた。
 ぞっとするような、音圧が鼓膜に伝わってきたのだ。

 そして、そんな尋常でない屁にたいし。
 男は一瞬だけ『がっ……!』と、声をあげたきり。
 声を発さなくなってしまった。

 それでもなお続く、十秒は超えたであろう放屁。
 まるで、男の息の根を止めるかのように、その音は続いた。

 それから少しして、放屁音は止み。
 部屋の中なら、がちゃがちゃと、何かを撤収するかのような物音がなる。
 そうしてさらに――1時間ほど、経過したころだった。

 俺の目の前のドアが。
 がちゃ……、と。開き、

『次の方、どうぞ……』

 と、髪の長い、美しい女性が部屋の中から出てきたのだった――。
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