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05 これはきっと、夢――なわけないでしょ……
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――走った。
息を切らし、思考する暇もなく石畳の道を走り、横道へ入り、前方にいた女性達の間を通りぬけ、街の外を目指して、薫は走り続けた。
そして――、
「……は?」
薫の目の前には、四、五メートルほどの高い壁があった。左右も然り、背の高い壁が、薫を囲んでいる。
「……嘘だろ」
呆然とする薫。
残された道は背後だけであり、その背後から――、
「――ひっ!」
足音が聞こえてくる。
それは、一人分、二人分と、数を増やしていき――あっという間に、その数はわからなくなる。そして、無数の足音が、薫の恐怖心を煽っていく。
「……なんで」
パルクールでもできれば、まだ逃げ道があったかもしれないが、どちらにしろ、体の痺れは先ほどよりも増していて、全身の動きの鈍い今の状態の薫では、状況はそれほど変わらないだろう。そのうえ、足が竦んでしまっていて、今の薫は立っているのがやっとなのである。つまり、状況はどう考えても――詰みなのであった。
「いや、おかしいだろう」
追いかけられる理由が、思い当たらない。
追いかけて“もらう”ような要素なんて、何一つ無いのだ。
思い過ごしなんかではない。それを、十数年、自分という人生を生きてきたからこそ、はっきりとわかる。
だからこれは、夢なのだ――と、薫は突き当たりの壁を背に座ると、ゆっくりと目を閉じ、現実逃避をするかのように、悪夢から覚めるのを待った。
そして――。
薫は正面から迫ってくる大勢の人の足音を聞いて――耳をふさいだ。
薫は正面から迫ってくる大勢の人の気配を感じて――膝を曲げて、丸くなった。
薫は正面から迫ってくる大勢の人の視線を感じて――瞼に力を込める。
薫は正面から――。
…………。
どれくらいの時間がたっただろうか。
数分が経ったかもしれないし、数秒しか経っていないのかもしれない。
時間の感覚がおかしくなっている、そんな中で、薫の正面からは――何も聞こえなかった。
もしかしたら、本当に夢だったのかもしれない。
そんな希望が、薫の目を開けさせ、耳から手をどかし、顔を上げさせた。
そして――、
「……ぁ」
驚愕のあまり、薫は目を見開く。
薫の視界に映ったのは――、
「…………」
いたいけで、美しく、可憐で、麗しい。
あどけなく、華やかで、綺麗で、可愛い。
そんな、様々な形容する言葉が、薫の脳内で踊る。
狂ったように、思考が混ざり合っていく。
薫の視界の先には――人がいた。
一人ではない。
二人でも、三人でもない。
薫の視界を埋め尽くすほどの――女性達がそこにおり、その一人一人が、薫の心臓が思わず振動してしまうほどに、魅力的な人達だった。
その人口は凄まじく、小道の横幅が足りず、列ができてしまうほどであり、薫のいる場所からでは、最後尾を見ることはできなさそうだ。
それを見て、この場から逃げ出すことなど、考えることすら馬鹿馬鹿しい――と、薫は思考を完全に停止した。
「っていうか、俺。何で……逃げてるんだっけ?」
呆然と呟く薫。
誰に尋ねるでもなく、そう呟いていた。
と、そこに、薫の目の前にいる少女が、ゆっくりとした動きで手を差し伸べてくる。
「……?」
疑問の表情で、薫は正面にいる少女を見た。
またしても、知らない少女だ。
癖のあるミルクティー色のショートの髪に、眠そうな琥珀色の目。服装は、ネイビーのシャツに茶色を基調としたショートパンツといった、落ち着きのある色味をよく用いた格好をしている。
薫はその少女の差し出された手を見ると、
「……?」
どうして――手をグーに握っているんだろう。
薫の脳内をそんな疑問が満たす。
そして、薫が呆然としているうちに、少女は手を――薫の鼻先へと近づけたのだった。
「ぁ……? ま――まさか……」
疑問の色を濃くする薫の表情――否、もはや疑問ではない。
半ば確信に近いそれを脳が理解してしまう前に――、
「これって……」
少女の手が――開かれてしまう。
「握りっ」
屁――と、呟こうとした薫だったが、最後の一文字は声にならなかった。
息を切らし、思考する暇もなく石畳の道を走り、横道へ入り、前方にいた女性達の間を通りぬけ、街の外を目指して、薫は走り続けた。
そして――、
「……は?」
薫の目の前には、四、五メートルほどの高い壁があった。左右も然り、背の高い壁が、薫を囲んでいる。
「……嘘だろ」
呆然とする薫。
残された道は背後だけであり、その背後から――、
「――ひっ!」
足音が聞こえてくる。
それは、一人分、二人分と、数を増やしていき――あっという間に、その数はわからなくなる。そして、無数の足音が、薫の恐怖心を煽っていく。
「……なんで」
パルクールでもできれば、まだ逃げ道があったかもしれないが、どちらにしろ、体の痺れは先ほどよりも増していて、全身の動きの鈍い今の状態の薫では、状況はそれほど変わらないだろう。そのうえ、足が竦んでしまっていて、今の薫は立っているのがやっとなのである。つまり、状況はどう考えても――詰みなのであった。
「いや、おかしいだろう」
追いかけられる理由が、思い当たらない。
追いかけて“もらう”ような要素なんて、何一つ無いのだ。
思い過ごしなんかではない。それを、十数年、自分という人生を生きてきたからこそ、はっきりとわかる。
だからこれは、夢なのだ――と、薫は突き当たりの壁を背に座ると、ゆっくりと目を閉じ、現実逃避をするかのように、悪夢から覚めるのを待った。
そして――。
薫は正面から迫ってくる大勢の人の足音を聞いて――耳をふさいだ。
薫は正面から迫ってくる大勢の人の気配を感じて――膝を曲げて、丸くなった。
薫は正面から迫ってくる大勢の人の視線を感じて――瞼に力を込める。
薫は正面から――。
…………。
どれくらいの時間がたっただろうか。
数分が経ったかもしれないし、数秒しか経っていないのかもしれない。
時間の感覚がおかしくなっている、そんな中で、薫の正面からは――何も聞こえなかった。
もしかしたら、本当に夢だったのかもしれない。
そんな希望が、薫の目を開けさせ、耳から手をどかし、顔を上げさせた。
そして――、
「……ぁ」
驚愕のあまり、薫は目を見開く。
薫の視界に映ったのは――、
「…………」
いたいけで、美しく、可憐で、麗しい。
あどけなく、華やかで、綺麗で、可愛い。
そんな、様々な形容する言葉が、薫の脳内で踊る。
狂ったように、思考が混ざり合っていく。
薫の視界の先には――人がいた。
一人ではない。
二人でも、三人でもない。
薫の視界を埋め尽くすほどの――女性達がそこにおり、その一人一人が、薫の心臓が思わず振動してしまうほどに、魅力的な人達だった。
その人口は凄まじく、小道の横幅が足りず、列ができてしまうほどであり、薫のいる場所からでは、最後尾を見ることはできなさそうだ。
それを見て、この場から逃げ出すことなど、考えることすら馬鹿馬鹿しい――と、薫は思考を完全に停止した。
「っていうか、俺。何で……逃げてるんだっけ?」
呆然と呟く薫。
誰に尋ねるでもなく、そう呟いていた。
と、そこに、薫の目の前にいる少女が、ゆっくりとした動きで手を差し伸べてくる。
「……?」
疑問の表情で、薫は正面にいる少女を見た。
またしても、知らない少女だ。
癖のあるミルクティー色のショートの髪に、眠そうな琥珀色の目。服装は、ネイビーのシャツに茶色を基調としたショートパンツといった、落ち着きのある色味をよく用いた格好をしている。
薫はその少女の差し出された手を見ると、
「……?」
どうして――手をグーに握っているんだろう。
薫の脳内をそんな疑問が満たす。
そして、薫が呆然としているうちに、少女は手を――薫の鼻先へと近づけたのだった。
「ぁ……? ま――まさか……」
疑問の色を濃くする薫の表情――否、もはや疑問ではない。
半ば確信に近いそれを脳が理解してしまう前に――、
「これって……」
少女の手が――開かれてしまう。
「握りっ」
屁――と、呟こうとした薫だったが、最後の一文字は声にならなかった。
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