卵風

MEIRO

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審判の役割

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「あ、あの……、これって……」

 おずおずと問う純。
 その身体には――何十にも、ロープが巻きつけられていた。
 よっぽどのんびりとした思考をしていたのか、彼はそんな状態になって、今、ようやく危機感のようなものを覚え始めたようだ。
 そんな彼へ、

「大丈夫よ」

「…………」

 玲緒奈の言葉に口をつぐむ純。
 言葉の続きを待っているのである。
 しかし、いつまで経っても返ってこない返答に、純は痺れを切らした様子で首を傾げた。

「大丈夫、とは?」

「だから――大丈夫だってば」

「は、はあ……」

 返答になっていない言葉に、純は困惑したように、玲緒奈へと視線を向ける。
 と、そこへ、

「それじゃあ、そろそろ始めちゃってもいいかな?」

 理恵の言葉に、玲緒奈が頷く。

「私もそろそろ我慢の限界だし、いいんじゃないかな」

「あ、あの……、だから何を――」

 ~ ぷううぅぅっ!

 唐突に響いた間の抜けた音が理恵の尻から鳴り、純の声をさえぎった。
 それを受けて、純はその音を耳すると、その正体を察したのと同時に、表情に深い戸惑いの色を浮べた。
 と――そんな彼の前へ、

「さて、まずは……」

 理恵はいつの間にか尻へと回していた手を差し出すと同時に、もう片方の手を純の後頭部へ回す。
 それから彼女は、ぐーにしていた手を少しだけ開くと――、

「挨拶代わりに……」

 純の鼻を閉じ込めるようにして――その頭を押さえ込んだ。
 とたん、純は鼻先が、むわぁ――とした暖かな空気に包まれていくのを感じた。

「……?」

 何が起きたのだろうか。
 わからない、といった様子で純は呆然とする。
 純は混乱のなか――。
 無意識に一呼吸をし――。
 そこでようやく――、

「――がっ!?」

 苦鳴の声をあげる純。
 彼の嗅覚へと、物凄い臭気が伝わったのだ。
 とろみがあり、深みのある、卵が腐ったような――そんな感じの臭いである。
 それは、脳の理解を超える速度で、彼の嗅覚を撫でていき。
 鼻の神経を腐らせるかのように、通り過ぎていく。
 そのあまりの臭いに、純は鼻を抑えようとするが、自分を拘束するロープの存在を今思い出したかのように、はっと表情を凍らせた。
 と、そんな彼へ――、

 ~ む――ぶおぉっ!

 今度は玲緒奈の尻から音が、鳴った。

「理恵、次は――」

「はいはい、わかってるよ」

 理恵は肩を竦めると、ようやく純の鼻を手の中から開放する。
 すると、そこへすかさず――ぱふっ、と玲緒奈の手のひらが、入れ替わるように被せられた。
 もちろんその手の中には――、

「――ぎっ、あぁっ!?」

 むわぁ、とした空気が純の鼻を包み込み、またも腐卵臭系統の臭いが、彼の嗅覚をする。

「ほらほら。楽になりたいんだったら、しっかりと嗅ぎなさい」

「そうそう。嘔吐するまでは、終わらないからね」

 玲緒奈は手を尻に回しながら楽しげに言うと、

 ~ すっ――すうぅ

 かすかな音が、玲緒奈の尻から鳴る。
 玲緒奈は自身の手の中へにごった空気を込めると、理恵に視線を向けた。

「はいはい、わかったわよ……」

 理恵は肩をすくめて場所を譲る。
 そこへすかさず玲緒奈が――ぽふっ。

「――んぎぃっ!?」

 玲緒奈の握りっ屁に、純は涙目になりながら再び苦鳴の声をあげる。
 そうして彼は苦しみながらも、

「おえっ……! ぐええっ……!」

 彼女達の考えをなんとなく理解し、必死で胃を絞り出すようにして、声を漏らす。
 そんな彼へ、

「吐くのって、指をつかわないと難しいんだよね」

 くすくすと笑う玲緒奈。
 そんな彼女へ、理恵が苦笑いを向ける。

「それにしても、玲緒奈。すかすなんて、いきなりえぐいことするわね」

「別に、出そうと思ってでたわけじゃないよ」

「ふーん、どうだか」

 理恵は胡乱げに目を玲緒奈へ向けつつ、手をお知りのほうへと回す。
 そして、

 ~ す――っかあぁぁ

 空気の漏れるような音。
 その音が聞こえた様子で、玲緒奈が先ほどの会話に対して反論するように、純の前からどけつつ、理恵へと視線を向ける。

「理恵~?」

「いっ、今のは不可抗力よ……」

「ふーん」

 今度は玲緒奈が胡乱な目を向ける。
 理恵は少し顔を赤らめながらその脇を通り抜けると、にごった空気を手の中へ握り込み、純の鼻へと――ぽふっ。

「――っ!?」

 純の脳内に、火花が散った。
 ぱちぱちと、鈍い圧を眉間の辺りに受け、彼は目まいを起こす。

「がっ……、あんでっ……」

 彼女達のオナラはどうして、ここまで臭いのだろうか。
 そして、何発出るのだろうか。
 そんな疑問が純の脳内をかすめるが、そこへ意識を向けているだけの余力は、あっという間になくなっていく。
 と、そこへ、

 ~ ぷううぅ!

「あら、可愛い音」

 玲緒奈の尻から鳴った音を耳にして、理恵がくすりと笑う。

「いっ、いいから! ほら、そろそろ変わって」

「はいはい」

 動揺した様子の玲緒奈に、理恵はやれやれといった返事を返すと、場所をゆずる。
 そんな彼女へ、玲緒奈はなにやら不敵な笑みを向けると、

「ちなみに、今――二発したんだけど。聞こえなかった?」

「は? いや、だって今のは……」

 そう言いかけて、理恵は――はっ、と驚きの表情を浮べる。
 そんな彼女の眼前、玲緒奈はおもむろに――ぽふっ。
 純の鼻に手をかぶせると、

「うん。たぶん――私の勝ちだよ」

「――――」

 無言の純。
 声の出し方を忘れたかのように。
 彼は口をぱくぱくの開閉し。
 目を見開き、驚きの色で満たしていた。
 その黒目が、ゆっくりと上へと向き、

「やけどするかと思ったよ」

 玲緒奈がそう呟いた後。

「お――」

 純は盛大に嘔吐し。
 さらに――意識までも失ってしまったのだった。
 そんな彼をみて、理恵はため息をつくと、

「ああ、今日は私の負けか……」

「そうみたいだね」

 勝ち誇ったように笑みを浮べる玲緒奈。
 そんな彼女の様子に理恵は少しむっとするが、もう一度深く息を吐くと、すぐに落ち着きを取り戻し、それから彼女は、何気ない様子で、気絶している純のほうへと目を向ける。
 理恵の眼前には、OKされたボクサーのように、ぴくぴくと痙攣を繰り返す純の姿があり、その様子を、理恵はなにげない様子で眺めながら口を開いた。

「……かい」

「へ?」

 首をかしげる玲緒奈。
 そんな彼女の目を、理恵は真っ直ぐに見て言った。

「もう一回、やろう」

「え、けど……」

「なに? まさか、ガス欠だなんて言わないわよね?」

 ふふ、と不敵に笑う理恵に、玲緒奈は「そうじゃなくて」、と首を横に振ると、

「今は、お腹の調子が“良い感じ”になっちゃってるし、理恵に不利じゃないかなって。それに、これ以上やったら――」

「関係ないわ。次は私の番なんだから、“一発で沈めれば”、玲緒奈に順番を回さずに終われるんだし。それに……」

 理恵はゆっくりとした動きで、お腹を撫でる。
 すると――ぎゅるるるる……。
 猛獣の唸り声のような音が、理恵の体内から響き渡った。
 その音を聞いて、玲緒奈はぞっとしたように、肩をぴくっと反応させると、

「だから、そういうことを言ってるんじゃなくて。これ以上やったら――純が死んじゃうんじゃないかってことを、言ってるんだよ」

「は?」

 呆然と首をかしげる理恵。
 途端、場に漂っていた緊張感が霧散していく。
 そんななか、理恵が――声をだして笑った。

「れ、玲緒奈! いきなり中二病みたいなこと言わないでよ! し、死ぬって……っ! そんなわけ……っ!」

「い、いやっ、理恵だって! イッパツデシズメレバー、とか言ってたじゃん! そういう雰囲気作ったのは、理恵だよ!」

 理恵の様子に、腹を立てたように声をあげる玲緒奈。
 しかし、理恵につられてか、その口はぷるぷると笑みの形を作ろうとしていた。

「はぁ、私!? っていうかなによそれ、私そんな……」

 と――理恵は言いかけたが、深呼吸すると、続けようとしていた言葉をのみ込んだ。
 しばらくして、互いに落ち着きを取り戻していく。
 そして、

「まあ、とにかく。オナラで死ぬなんてありえないから。純が起きたら、二回戦始めましょ」

「たしかに、それもそうだね。……っていうか、やば。もう“溜まって”きちゃったよ……」

「ああ、そうなんだ。実は、私もなんだけど……」

 玲緒奈に同意するように、困り顔を浮べる理恵。
 それから、二人は同時に溜息をつくと、

「「早く起きないかな……」」

 彼女達はそう言って、純へと視線を向ける。
 その眼前で、純は。
 白目を半開きにし。
 口から胃液をこぼし。
 痙攣し。
 起きる気配のない様子で、横たわっていた。
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