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お隣さんの、知り合い?
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『――おっ、おい! よせって! ったく……、なんだっていうんよ!』
この部屋の壁は薄い。
だから――、
『聞き耳を立ててたのはわるかったと思ってる! けど、俺にはそんな趣味はねえ! だから、入ってくんなって!』
隣の人の叫び声なんていうのは、簡単に聞こえる。
まあ、耳を澄まさなければ、会話の内容なんていうのは、わからないが。
『いい加減にしないと、警察を呼ぶぞ!』
なんだか、今日はやけに騒がしい。
気になった俺は、壁に耳をあて、その声を聞いていた。
どうやら、となりの男の家に、何者かが侵入しようとしているらしく、
『お、おい……。新聞受け……? って、まさか……』
新聞受け?
それがどうしたのだろう。
『やめろって! なあ! 頼むから……!』
そこに何かしらの危険物でもあるかのような、そんな声だ。
まるで、爆弾か何かでも放り込まれようとしているかのような――、って。
流石にそんなことは――、
『――おっ!?!? ごぇっ!!!! げええぇぇっ!!!!』
この声は……。
呼吸器に、何かしらの刺激でも受けたのだろうか。
イメージとしては、毒ガスかなにかでも、吸い込んだかのような――、
『ず、ずがじ……』
ずがじ?
彼はいったい、何をいいたいのだろう。
『だのむ! あげるっ! あげるっ……、がらぁっ!』
男はそういって、玄関のほうへと向かったようだ。
そして――、
『うっ……』。
唐突に――男の声がやみ。
そのかわりに、
『おじゃましまぁすぅ……』
この声は……。
どういうことだろう。
ねっとりと、色気を含むような声。
それは、二つとなりの部屋に住んでいる、お姉さんのようだった。
ショートボブの、とてもきれいな人だ。すれ違うたび、いい香りがして、それが強烈に記憶に残っている。
その人が、どうして隣の部屋に――。
『あら。男子学生のわりに、結構片付いてるじゃない……』
少しだけ、うらやましい。
まあ、それはいいとして。
それにしても、先ほどから、男がやけに静かにしているようだ。どうしたのだろうか。
お客さんが来て、ただただぼーっとしているのも、おかしな気がするのだが。
まあ、いい。
とにかく、隣の部屋の状況が気になる。
いったい、何をしているのだろうか。
そう思い、めり込む勢いで耳を壁に押し当てる俺の耳に聞こえたのは、
『ほぅら。こっちへいらっしゃい……』
どういうことだろう。
まるで自分の家にでもいるかのような口調だ。
それから、彼女は『さぁて……』とつぶやくと、
『ちょっと。このビニール袋を……、いや、こっちの、大き目のやつのほうがいいか……。ちょっとこれ、一枚もらうわよぉ……』
袋?
いったい、それでなにをするつもりなのだろうか。
そんな疑問を覚える俺の耳に聞こえてきたのは。
がさがさ、という、袋を触る音と。
『ふぅんっ!』という、お姉さんのいきむような声。
そして――、
っすううぅぅううぅぅううぅぅ~~……
なんの、音だろう。
『ふうっ……、んっ!』
しゅううぅぅううぅぅううぅぅ~~……
聞き覚えがあるような、ないような。
ガスでも抜けるような――。
ぷううぅぅ……
…………。
……え?
今の音は、なんの音だろうか。
その音の正体を理解しつつ。
しかし、脳の処理が追いついてこず、呆然とする俺の耳に聞こえてきたのは、
『ひとまず。これでも嗅いで……、しばらく、眠ってなさい……』
お姉さんはそういうと、かさがさ、と袋を触る。
そして――、
『――がっ、ああっ!?!? ふっ、ぐううぅっ!!!!』
どたどた。
と、騒がしい物音と。男の苦しそうな声が聞こえてくる。
何か。
おぞましい何かを、無理やり吸い込まされているかのような――。
そんな男の声だ。
それから、隣の部屋から、ビリビリッ、とテープをはがす音がきこえ、
『ほぅら……。こうやって、ガムテープで、しっかりとおさえてあげるねぇ……』
お姉さんがひとり言のようにそう言って、『よしっ……』とつぶやき。
そのころには――男の声は、すっかりやんでいた。
どうしよう……。
なんだか、隣の部屋で物騒なことが起こっている期がするだが。
今までの物音から推測するに、お姉さんがものすごく強烈な――毒ガスみたいな屁をして。
その臭いで、隣の部屋の男が気を失っている、と。
ばかげている。
そんなことが、あるだろうか。
だが、本当に隣の部屋で物騒なことが起きているのだとしたら、俺はどうしたらいいのだろうか。
警察?
いや、なんて説明すればいいんだ。
隣の人が、おならを嗅がされてます、って?
なんだそれ。
隣の部屋に、つっこむ?
いや、何の証拠も用意していないじゃないか。
何事もなかったらどうする。
っていうか、そもそもの話。
隣の部屋に聞き耳を立てていた、なんてこと、感づかれたら嫌だしなぁ……。
うーん……、めんどうだな、これ。
まあ、とにかく。
相手は華奢な感じの、綺麗なお姉さんだ。
何かあれば、隣の男が自分でどうにかできるだろう……、多分。
ひとまずは――そういうことにして。
俺は結局、何事もなかったかのように、やり過ごすことにしたのだった――。
そして、それからしばらく。
隣の部屋からの音は、一般的な生活音が続いた。
本当に、何事もなかったかのように。
話し声すら聞こえない。
そうなってくると、退屈、というもので。
俺は壁から耳を離すと、隣の部屋のことは意識からそらし、適当にスマホでもいじることにした。
そういえば、友人から、なにか連絡が来ていたようだった。
すっかりそれを忘れていた俺は、スマホをタップし、返信の文章をうち――。
送信、と。
友人への返信を終えた俺は、そのままスマホでSNSのページをひらいたり。
今ハマっているゲームのアプリなどをいじったりして、時間をつぶした。
そうして、それから数時間が経ったころ――。
外はすっかり日が暮れていた。
さて、今日はすっかり休日を無駄遣いしてしまった。
そのことに、俺がため息をついていると、
――ドン! ドドン!
先ほどの隣の部屋から、盛大に物音が響いた。
いったい、何の音だろう。
まるで、人が転んだかのような音だったが――。
俺は慌てて、壁に耳を当てる。
すると、
『いっ、いたたぁ……。やっちゃったぁ……』
もしかして、本当に転んだのだろうか。
それにしては――。
いや、そんなことよりも、痛そうな音だったが、お姉さんは大丈夫なんだろうか。
そんな風に心配をしていた俺だったが、お姉さんは色っぽくため息をつくと、
『さぁて……。そろそろ、起こしますかぁ……』
そんなひとり言のあと。
ビリビリ、とテープをはがす音と。がさがさ、と、袋を触る音が、聞こえてきた。
そして――、
『よいしょ、っとぉ……』
『んっ、むうっ……?』
何かに座るようなお姉さんの物音と。
意識を取り戻したような男の気配。
さて。
物音から察するに、恐らく今、男は危機的状況にいるような感じだと思うのだが――。
男は『う、ぅん……?』と、まだ寝ぼけているかの様子で、状況が理解できていないようだ。
そして、そんなタイミングで、
『ふふっ、寝心地はどうだったぁ……?』
楽しげに笑みをもらすお姉さん。
だが、彼女は男の返事を待つことなく、
『それじゃあ、さっそくなんだけどぉ……』
お姉さんはそういうと――『んっ!』と、息み声をもらす。
そして――、
ぷううぅぅ……
短めの一発。
それから、さらに――、
ぶうぅ! ばすっ! ぼふっ!
続けて音が鳴り響き。
そんな音に遮られるように、男のうめいている様子だ。
だが、そこへ――、
『ほぅら、まだまだぁ……』
ぶびぃ! ぶすぅ!
『寝るには、まだ早いわよぉ……』
ばふっ! ぼふぅ!
『こ、こらっ! あばれない、でっ……!』
ぷっ……すううぅぅ~~……
――それは。
あまりに酷い。
聞き間違いのないほどの、連発。
一発一発の音は短めだが。なんと言うか。
ボクシングで例えるなら、平すらストレートやボディブローで落としにきているかのような。
重い音の連続だった。
そこへとどめの――すかしっ屁。
見ずとも、男の様子を察することができる気がする。
恐らく、男の顔は、お姉さんの尻の下敷きになっている状態だ。
そんな状態で、あんな連発を嗅がされては――、
『ふふっ……、まだもがく元気があるのねぇ……』
お姉さんの声に対して、返答の声は聞こえない。
それほどまでに、男は弱りきっているのだろう。
やれやれ……。
ここまできたら、疑いようはない。
間違いない。
お姉さんの屁は――ものすごく臭いのだ。
うそみたいな話だが――兵器級といったどころだろう。
もしかして、スカンクがキツネやたぬきのように、人に化けているのではないだろうか。
なんて。
そんな冗談(?)はさておき。
今は隣の状況だ。
気づけば、隣の部屋の状況が、ものすごく気になっていた――。
もう、正義感とか、どうでもいい。
なんというか。
背徳感のような、よくわからない感情が、その流れをとめるなと、俺に訴えかけてきていた。
そして、そんな風に固唾を飲む俺の耳に聞こえてきたのは――、
『それじゃあ……、こういうのは、どうかしらぁ……?』
ぷっ……ふううぅぅううぅぅ~~……
……。
なんというか。
それは、丁度いい塩梅、というと変な感じだが。
そんな調子の屁の音だった。
まるで、男がぎりぎりたえらるように、調整でもされたかのような感じで――、
『おぉ、えらいえらい……。まだ、もがけるんだねぇ……。それじゃあ……』
ぶううぅぅ……
先ほどより、短い音だった。
しかし――、
『あれ? 大丈夫ぅ……? ちょっと、軽めに、してみたんだけどなぁ……』
そりゃ、短くとも。
今までの分、嗅覚へのダメージは蓄積している。
短とはいえ、きついのだろう。
と、そんな具合で。
お姉さんは、本当に屁を調節でもしているかの様子で――、
ぶううぅぅううぅぅううぅぅ……っ!!
今度は、でかい音が響き、
『おお……。今度は、さっきよりもきつかったと思うけど、がんばってるねぇ……』
お姉さんは男の様子を見て、楽しむかように、
ぷうぅ……
それはまるで――、
『あれあれ? 今度は、小さくしてみたのに……、どうして、泣いてるのぉ……?』
適切な加減がされてるかのようだった。
そして――、
『ほぅら……。今度は、きついのいくからね……。ちゃんと、こらえる準備をしないとぉ……』
むっしゅううぅぅ~~……すううぅぅ~~……
聞いただけで、ぞっとするような――すかしの音。
だが、“楽になる”には、いまひとつ物足りないんじゃないかと思えるような、そんな塩梅だ。
そして、案の定、その予想はあたっていたようで、
『なんだ、まだ大丈夫そうじゃない……。今のすかしっ屁は、結構効いたと思うけど……、さすが、男の子だねぇ……』
と、そんな感じで――。
『じゃあ……、これも堪えられるよねぇ……』
その後も、約1時間ほど――。
ぶううぅぅ……! ぷううぅぅ……っ! ぶびりいいぃぃ……っ!
お姉さんは、放屁をしつづけ、
ぼふううぅぅ……! ぶうぅぅ……! ぶばすうぅぅ……っ!
楽しんでいるようだった――。
そうして、そのときは――唐突だった。
お姉さんは、深く溜息をつくと、
『あきちゃったぁ……』
その声音のトーンが、心なしか、低いように聞こえた気がした。
急に、どうしたんだろう。
俺はいつの間にか早くなっていた鼓動を押さえつけながら、隣の部屋に耳をすませる。
すると、
『じゃあ、そろそろ……、おわらせるねぇ……』
お姉さんはそう言うと――。
しばらく、隣の部屋に静がながれた。
ひょっとして――すかし、だろうか。
音を聞き逃さないよう、俺はさらに壁に当てた耳をさらに強く押し付ける。
しかし、何も聞き取れず、俺が疑問を覚えていると、
『よし……、おりてきたぁ……』
下りてきた、というと。まさか――。
この後の展開を想像した俺は、高鳴ることを押さえつけるようにして。
隣の部屋の音を聞きのがさんと、耳をさらにさらに、強く押し付けた。
そして、俺の耳に聞こえてきたのは――、
ふ――っすううぅぅ……すううぅぅううぅぅううぅぅ
む――ふううぅぅ――うぅ……
耳をすましてもなお、その音は聞き取りづらく――、
しゅっ――ううぅぅ……ううぅぅ……
『――が、あぁっ……!』
灼熱のような音圧と、うめくような男の声が、耳に届いた。
すかああぁぁ――ああぁぁ……
『ぅ……、あぁっ……!』
熱そうな、すかし。
そして、いかにもといったような――。
まるで――毒ガスをイメージするかのような音だった。
そんな音が、十秒――いや、もっとだろうか。
長く、長いすかしの音がやむころには。
男の気配が――すっかり止んでいた。
はたして、彼はまだ生きているのだろうか。
思わず、不安になってしまう。
とはいえ。
まあ、所詮は屁だ。
どんなに臭かろうと、さすがに――。
と、俺がそんな風に思考していると――、
「じゃあこんどは……、あなたのお鼻で、試してみるぅ……?」
お姉さんの声が、何故か耳元から聞こえたのだった――。
この部屋の壁は薄い。
だから――、
『聞き耳を立ててたのはわるかったと思ってる! けど、俺にはそんな趣味はねえ! だから、入ってくんなって!』
隣の人の叫び声なんていうのは、簡単に聞こえる。
まあ、耳を澄まさなければ、会話の内容なんていうのは、わからないが。
『いい加減にしないと、警察を呼ぶぞ!』
なんだか、今日はやけに騒がしい。
気になった俺は、壁に耳をあて、その声を聞いていた。
どうやら、となりの男の家に、何者かが侵入しようとしているらしく、
『お、おい……。新聞受け……? って、まさか……』
新聞受け?
それがどうしたのだろう。
『やめろって! なあ! 頼むから……!』
そこに何かしらの危険物でもあるかのような、そんな声だ。
まるで、爆弾か何かでも放り込まれようとしているかのような――、って。
流石にそんなことは――、
『――おっ!?!? ごぇっ!!!! げええぇぇっ!!!!』
この声は……。
呼吸器に、何かしらの刺激でも受けたのだろうか。
イメージとしては、毒ガスかなにかでも、吸い込んだかのような――、
『ず、ずがじ……』
ずがじ?
彼はいったい、何をいいたいのだろう。
『だのむ! あげるっ! あげるっ……、がらぁっ!』
男はそういって、玄関のほうへと向かったようだ。
そして――、
『うっ……』。
唐突に――男の声がやみ。
そのかわりに、
『おじゃましまぁすぅ……』
この声は……。
どういうことだろう。
ねっとりと、色気を含むような声。
それは、二つとなりの部屋に住んでいる、お姉さんのようだった。
ショートボブの、とてもきれいな人だ。すれ違うたび、いい香りがして、それが強烈に記憶に残っている。
その人が、どうして隣の部屋に――。
『あら。男子学生のわりに、結構片付いてるじゃない……』
少しだけ、うらやましい。
まあ、それはいいとして。
それにしても、先ほどから、男がやけに静かにしているようだ。どうしたのだろうか。
お客さんが来て、ただただぼーっとしているのも、おかしな気がするのだが。
まあ、いい。
とにかく、隣の部屋の状況が気になる。
いったい、何をしているのだろうか。
そう思い、めり込む勢いで耳を壁に押し当てる俺の耳に聞こえたのは、
『ほぅら。こっちへいらっしゃい……』
どういうことだろう。
まるで自分の家にでもいるかのような口調だ。
それから、彼女は『さぁて……』とつぶやくと、
『ちょっと。このビニール袋を……、いや、こっちの、大き目のやつのほうがいいか……。ちょっとこれ、一枚もらうわよぉ……』
袋?
いったい、それでなにをするつもりなのだろうか。
そんな疑問を覚える俺の耳に聞こえてきたのは。
がさがさ、という、袋を触る音と。
『ふぅんっ!』という、お姉さんのいきむような声。
そして――、
っすううぅぅううぅぅううぅぅ~~……
なんの、音だろう。
『ふうっ……、んっ!』
しゅううぅぅううぅぅううぅぅ~~……
聞き覚えがあるような、ないような。
ガスでも抜けるような――。
ぷううぅぅ……
…………。
……え?
今の音は、なんの音だろうか。
その音の正体を理解しつつ。
しかし、脳の処理が追いついてこず、呆然とする俺の耳に聞こえてきたのは、
『ひとまず。これでも嗅いで……、しばらく、眠ってなさい……』
お姉さんはそういうと、かさがさ、と袋を触る。
そして――、
『――がっ、ああっ!?!? ふっ、ぐううぅっ!!!!』
どたどた。
と、騒がしい物音と。男の苦しそうな声が聞こえてくる。
何か。
おぞましい何かを、無理やり吸い込まされているかのような――。
そんな男の声だ。
それから、隣の部屋から、ビリビリッ、とテープをはがす音がきこえ、
『ほぅら……。こうやって、ガムテープで、しっかりとおさえてあげるねぇ……』
お姉さんがひとり言のようにそう言って、『よしっ……』とつぶやき。
そのころには――男の声は、すっかりやんでいた。
どうしよう……。
なんだか、隣の部屋で物騒なことが起こっている期がするだが。
今までの物音から推測するに、お姉さんがものすごく強烈な――毒ガスみたいな屁をして。
その臭いで、隣の部屋の男が気を失っている、と。
ばかげている。
そんなことが、あるだろうか。
だが、本当に隣の部屋で物騒なことが起きているのだとしたら、俺はどうしたらいいのだろうか。
警察?
いや、なんて説明すればいいんだ。
隣の人が、おならを嗅がされてます、って?
なんだそれ。
隣の部屋に、つっこむ?
いや、何の証拠も用意していないじゃないか。
何事もなかったらどうする。
っていうか、そもそもの話。
隣の部屋に聞き耳を立てていた、なんてこと、感づかれたら嫌だしなぁ……。
うーん……、めんどうだな、これ。
まあ、とにかく。
相手は華奢な感じの、綺麗なお姉さんだ。
何かあれば、隣の男が自分でどうにかできるだろう……、多分。
ひとまずは――そういうことにして。
俺は結局、何事もなかったかのように、やり過ごすことにしたのだった――。
そして、それからしばらく。
隣の部屋からの音は、一般的な生活音が続いた。
本当に、何事もなかったかのように。
話し声すら聞こえない。
そうなってくると、退屈、というもので。
俺は壁から耳を離すと、隣の部屋のことは意識からそらし、適当にスマホでもいじることにした。
そういえば、友人から、なにか連絡が来ていたようだった。
すっかりそれを忘れていた俺は、スマホをタップし、返信の文章をうち――。
送信、と。
友人への返信を終えた俺は、そのままスマホでSNSのページをひらいたり。
今ハマっているゲームのアプリなどをいじったりして、時間をつぶした。
そうして、それから数時間が経ったころ――。
外はすっかり日が暮れていた。
さて、今日はすっかり休日を無駄遣いしてしまった。
そのことに、俺がため息をついていると、
――ドン! ドドン!
先ほどの隣の部屋から、盛大に物音が響いた。
いったい、何の音だろう。
まるで、人が転んだかのような音だったが――。
俺は慌てて、壁に耳を当てる。
すると、
『いっ、いたたぁ……。やっちゃったぁ……』
もしかして、本当に転んだのだろうか。
それにしては――。
いや、そんなことよりも、痛そうな音だったが、お姉さんは大丈夫なんだろうか。
そんな風に心配をしていた俺だったが、お姉さんは色っぽくため息をつくと、
『さぁて……。そろそろ、起こしますかぁ……』
そんなひとり言のあと。
ビリビリ、とテープをはがす音と。がさがさ、と、袋を触る音が、聞こえてきた。
そして――、
『よいしょ、っとぉ……』
『んっ、むうっ……?』
何かに座るようなお姉さんの物音と。
意識を取り戻したような男の気配。
さて。
物音から察するに、恐らく今、男は危機的状況にいるような感じだと思うのだが――。
男は『う、ぅん……?』と、まだ寝ぼけているかの様子で、状況が理解できていないようだ。
そして、そんなタイミングで、
『ふふっ、寝心地はどうだったぁ……?』
楽しげに笑みをもらすお姉さん。
だが、彼女は男の返事を待つことなく、
『それじゃあ、さっそくなんだけどぉ……』
お姉さんはそういうと――『んっ!』と、息み声をもらす。
そして――、
ぷううぅぅ……
短めの一発。
それから、さらに――、
ぶうぅ! ばすっ! ぼふっ!
続けて音が鳴り響き。
そんな音に遮られるように、男のうめいている様子だ。
だが、そこへ――、
『ほぅら、まだまだぁ……』
ぶびぃ! ぶすぅ!
『寝るには、まだ早いわよぉ……』
ばふっ! ぼふぅ!
『こ、こらっ! あばれない、でっ……!』
ぷっ……すううぅぅ~~……
――それは。
あまりに酷い。
聞き間違いのないほどの、連発。
一発一発の音は短めだが。なんと言うか。
ボクシングで例えるなら、平すらストレートやボディブローで落としにきているかのような。
重い音の連続だった。
そこへとどめの――すかしっ屁。
見ずとも、男の様子を察することができる気がする。
恐らく、男の顔は、お姉さんの尻の下敷きになっている状態だ。
そんな状態で、あんな連発を嗅がされては――、
『ふふっ……、まだもがく元気があるのねぇ……』
お姉さんの声に対して、返答の声は聞こえない。
それほどまでに、男は弱りきっているのだろう。
やれやれ……。
ここまできたら、疑いようはない。
間違いない。
お姉さんの屁は――ものすごく臭いのだ。
うそみたいな話だが――兵器級といったどころだろう。
もしかして、スカンクがキツネやたぬきのように、人に化けているのではないだろうか。
なんて。
そんな冗談(?)はさておき。
今は隣の状況だ。
気づけば、隣の部屋の状況が、ものすごく気になっていた――。
もう、正義感とか、どうでもいい。
なんというか。
背徳感のような、よくわからない感情が、その流れをとめるなと、俺に訴えかけてきていた。
そして、そんな風に固唾を飲む俺の耳に聞こえてきたのは――、
『それじゃあ……、こういうのは、どうかしらぁ……?』
ぷっ……ふううぅぅううぅぅ~~……
……。
なんというか。
それは、丁度いい塩梅、というと変な感じだが。
そんな調子の屁の音だった。
まるで、男がぎりぎりたえらるように、調整でもされたかのような感じで――、
『おぉ、えらいえらい……。まだ、もがけるんだねぇ……。それじゃあ……』
ぶううぅぅ……
先ほどより、短い音だった。
しかし――、
『あれ? 大丈夫ぅ……? ちょっと、軽めに、してみたんだけどなぁ……』
そりゃ、短くとも。
今までの分、嗅覚へのダメージは蓄積している。
短とはいえ、きついのだろう。
と、そんな具合で。
お姉さんは、本当に屁を調節でもしているかの様子で――、
ぶううぅぅううぅぅううぅぅ……っ!!
今度は、でかい音が響き、
『おお……。今度は、さっきよりもきつかったと思うけど、がんばってるねぇ……』
お姉さんは男の様子を見て、楽しむかように、
ぷうぅ……
それはまるで――、
『あれあれ? 今度は、小さくしてみたのに……、どうして、泣いてるのぉ……?』
適切な加減がされてるかのようだった。
そして――、
『ほぅら……。今度は、きついのいくからね……。ちゃんと、こらえる準備をしないとぉ……』
むっしゅううぅぅ~~……すううぅぅ~~……
聞いただけで、ぞっとするような――すかしの音。
だが、“楽になる”には、いまひとつ物足りないんじゃないかと思えるような、そんな塩梅だ。
そして、案の定、その予想はあたっていたようで、
『なんだ、まだ大丈夫そうじゃない……。今のすかしっ屁は、結構効いたと思うけど……、さすが、男の子だねぇ……』
と、そんな感じで――。
『じゃあ……、これも堪えられるよねぇ……』
その後も、約1時間ほど――。
ぶううぅぅ……! ぷううぅぅ……っ! ぶびりいいぃぃ……っ!
お姉さんは、放屁をしつづけ、
ぼふううぅぅ……! ぶうぅぅ……! ぶばすうぅぅ……っ!
楽しんでいるようだった――。
そうして、そのときは――唐突だった。
お姉さんは、深く溜息をつくと、
『あきちゃったぁ……』
その声音のトーンが、心なしか、低いように聞こえた気がした。
急に、どうしたんだろう。
俺はいつの間にか早くなっていた鼓動を押さえつけながら、隣の部屋に耳をすませる。
すると、
『じゃあ、そろそろ……、おわらせるねぇ……』
お姉さんはそう言うと――。
しばらく、隣の部屋に静がながれた。
ひょっとして――すかし、だろうか。
音を聞き逃さないよう、俺はさらに壁に当てた耳をさらに強く押し付ける。
しかし、何も聞き取れず、俺が疑問を覚えていると、
『よし……、おりてきたぁ……』
下りてきた、というと。まさか――。
この後の展開を想像した俺は、高鳴ることを押さえつけるようにして。
隣の部屋の音を聞きのがさんと、耳をさらにさらに、強く押し付けた。
そして、俺の耳に聞こえてきたのは――、
ふ――っすううぅぅ……すううぅぅううぅぅううぅぅ
む――ふううぅぅ――うぅ……
耳をすましてもなお、その音は聞き取りづらく――、
しゅっ――ううぅぅ……ううぅぅ……
『――が、あぁっ……!』
灼熱のような音圧と、うめくような男の声が、耳に届いた。
すかああぁぁ――ああぁぁ……
『ぅ……、あぁっ……!』
熱そうな、すかし。
そして、いかにもといったような――。
まるで――毒ガスをイメージするかのような音だった。
そんな音が、十秒――いや、もっとだろうか。
長く、長いすかしの音がやむころには。
男の気配が――すっかり止んでいた。
はたして、彼はまだ生きているのだろうか。
思わず、不安になってしまう。
とはいえ。
まあ、所詮は屁だ。
どんなに臭かろうと、さすがに――。
と、俺がそんな風に思考していると――、
「じゃあこんどは……、あなたのお鼻で、試してみるぅ……?」
お姉さんの声が、何故か耳元から聞こえたのだった――。
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