お隣さんの、お話

MEIRO

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お隣さんの、知り合い?

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『――おっ、おい! よせって! ったく……、なんだっていうんよ!』

 この部屋の壁は薄い。
 だから――、

『聞き耳を立ててたのはわるかったと思ってる! けど、俺にはそんな趣味はねえ! だから、入ってくんなって!』

 隣の人の叫び声なんていうのは、簡単に聞こえる。
 まあ、耳を澄まさなければ、会話の内容なんていうのは、わからないが。

『いい加減にしないと、警察を呼ぶぞ!』

 なんだか、今日はやけに騒がしい。
 気になった俺は、壁に耳をあて、その声を聞いていた。
 どうやら、となりの男の家に、何者かが侵入しようとしているらしく、

『お、おい……。新聞受け……? って、まさか……』

 新聞受け?
 それがどうしたのだろう。

『やめろって! なあ! 頼むから……!』

 そこに何かしらの危険物でもあるかのような、そんな声だ。
 まるで、爆弾か何かでも放り込まれようとしているかのような――、って。
 流石にそんなことは――、

『――おっ!?!? ごぇっ!!!!  げええぇぇっ!!!!』

 この声は……。
 呼吸器に、何かしらの刺激でも受けたのだろうか。
 イメージとしては、毒ガスかなにかでも、吸い込んだかのような――、

『ず、ずがじ……』

 ずがじ?
 彼はいったい、何をいいたいのだろう。

『だのむ! あげるっ! あげるっ……、がらぁっ!』

 男はそういって、玄関のほうへと向かったようだ。
 そして――、

『うっ……』。

 唐突に――男の声がやみ。
 そのかわりに、

『おじゃましまぁすぅ……』

 この声は……。
 どういうことだろう。

 ねっとりと、色気を含むような声。
 それは、二つとなりの部屋に住んでいる、お姉さんのようだった。
 ショートボブの、とてもきれいな人だ。すれ違うたび、いい香りがして、それが強烈に記憶に残っている。
 その人が、どうして隣の部屋に――。

『あら。男子学生のわりに、結構片付いてるじゃない……』

 少しだけ、うらやましい。
 まあ、それはいいとして。

 それにしても、先ほどから、男がやけに静かにしているようだ。どうしたのだろうか。
 お客さんが来て、ただただぼーっとしているのも、おかしな気がするのだが。

 まあ、いい。
 とにかく、隣の部屋の状況が気になる。
 いったい、何をしているのだろうか。
 そう思い、めり込む勢いで耳を壁に押し当てる俺の耳に聞こえたのは、

『ほぅら。こっちへいらっしゃい……』

 どういうことだろう。
 まるで自分の家にでもいるかのような口調だ。
 それから、彼女は『さぁて……』とつぶやくと、

『ちょっと。このビニール袋を……、いや、こっちの、大き目のやつのほうがいいか……。ちょっとこれ、一枚もらうわよぉ……』

 袋?
 いったい、それでなにをするつもりなのだろうか。
 そんな疑問を覚える俺の耳に聞こえてきたのは。
 がさがさ、という、袋を触る音と。
 『ふぅんっ!』という、お姉さんのいきむような声。
 そして――、

 っすううぅぅううぅぅううぅぅ~~……

 なんの、音だろう。

『ふうっ……、んっ!』

 しゅううぅぅううぅぅううぅぅ~~……


 聞き覚えがあるような、ないような。
 ガスでも抜けるような――。

 ぷううぅぅ……

 …………。
 ……え?

 今の音は、なんの音だろうか。
 その音の正体を理解しつつ。
 しかし、脳の処理が追いついてこず、呆然とする俺の耳に聞こえてきたのは、

『ひとまず。これでも嗅いで……、しばらく、眠ってなさい……』

 お姉さんはそういうと、かさがさ、と袋を触る。
 そして――、

『――がっ、ああっ!?!? ふっ、ぐううぅっ!!!!』

 どたどた。
 と、騒がしい物音と。男の苦しそうな声が聞こえてくる。

 何か。
 おぞましい何かを、無理やり吸い込まされているかのような――。
 そんな男の声だ。

 それから、隣の部屋から、ビリビリッ、とテープをはがす音がきこえ、

『ほぅら……。こうやって、ガムテープで、しっかりとおさえてあげるねぇ……』

 お姉さんがひとり言のようにそう言って、『よしっ……』とつぶやき。
 そのころには――男の声は、すっかりやんでいた。

 どうしよう……。

 なんだか、隣の部屋で物騒なことが起こっている期がするだが。
 今までの物音から推測するに、お姉さんがものすごく強烈な――毒ガスみたいな屁をして。
 その臭いで、隣の部屋の男が気を失っている、と。

 ばかげている。
 そんなことが、あるだろうか。

 だが、本当に隣の部屋で物騒なことが起きているのだとしたら、俺はどうしたらいいのだろうか。

 警察?
 いや、なんて説明すればいいんだ。
 隣の人が、おならを嗅がされてます、って?
 なんだそれ。

 隣の部屋に、つっこむ?
 いや、何の証拠も用意していないじゃないか。
 何事もなかったらどうする。

 っていうか、そもそもの話。
 隣の部屋に聞き耳を立てていた、なんてこと、感づかれたら嫌だしなぁ……。

 うーん……、めんどうだな、これ。

 まあ、とにかく。
 相手は華奢な感じの、綺麗なお姉さんだ。
 何かあれば、隣の男が自分でどうにかできるだろう……、多分。

 ひとまずは――そういうことにして。
 俺は結局、何事もなかったかのように、やり過ごすことにしたのだった――。

 そして、それからしばらく。
 隣の部屋からの音は、一般的な生活音が続いた。

 本当に、何事もなかったかのように。
 話し声すら聞こえない。

 そうなってくると、退屈、というもので。
 俺は壁から耳を離すと、隣の部屋のことは意識からそらし、適当にスマホでもいじることにした。

 そういえば、友人から、なにか連絡が来ていたようだった。
 すっかりそれを忘れていた俺は、スマホをタップし、返信の文章をうち――。

 送信、と。

 友人への返信を終えた俺は、そのままスマホでSNSのページをひらいたり。
 今ハマっているゲームのアプリなどをいじったりして、時間をつぶした。

 そうして、それから数時間が経ったころ――。
 外はすっかり日が暮れていた。

 さて、今日はすっかり休日を無駄遣いしてしまった。
 そのことに、俺がため息をついていると、

 ――ドン! ドドン!

 先ほどの隣の部屋から、盛大に物音が響いた。
 いったい、何の音だろう。
 まるで、人が転んだかのような音だったが――。

 俺は慌てて、壁に耳を当てる。
 すると、

『いっ、いたたぁ……。やっちゃったぁ……』

 もしかして、本当に転んだのだろうか。
 それにしては――。
 いや、そんなことよりも、痛そうな音だったが、お姉さんは大丈夫なんだろうか。
 そんな風に心配をしていた俺だったが、お姉さんは色っぽくため息をつくと、

『さぁて……。そろそろ、起こしますかぁ……』

 そんなひとり言のあと。
 ビリビリ、とテープをはがす音と。がさがさ、と、袋を触る音が、聞こえてきた。
 そして――、

『よいしょ、っとぉ……』

『んっ、むうっ……?』

 何かに座るようなお姉さんの物音と。
 意識を取り戻したような男の気配。

 さて。
 物音から察するに、恐らく今、男は危機的状況にいるような感じだと思うのだが――。

 男は『う、ぅん……?』と、まだ寝ぼけているかの様子で、状況が理解できていないようだ。
 そして、そんなタイミングで、

『ふふっ、寝心地はどうだったぁ……?』

 楽しげに笑みをもらすお姉さん。
 だが、彼女は男の返事を待つことなく、

『それじゃあ、さっそくなんだけどぉ……』

 お姉さんはそういうと――『んっ!』と、息み声をもらす。
 そして――、

 ぷううぅぅ……

 短めの一発。
 それから、さらに――、

 ぶうぅ! ばすっ! ぼふっ!

 続けて音が鳴り響き。
 そんな音に遮られるように、男のうめいている様子だ。
 だが、そこへ――、

『ほぅら、まだまだぁ……』

 ぶびぃ! ぶすぅ!

『寝るには、まだ早いわよぉ……』 

 ばふっ! ぼふぅ!

『こ、こらっ! あばれない、でっ……!』

 ぷっ……すううぅぅ~~……

 ――それは。
 あまりに酷い。
 聞き間違いのないほどの、連発。

 一発一発の音は短めだが。なんと言うか。
 ボクシングで例えるなら、平すらストレートやボディブローで落としにきているかのような。
 重い音の連続だった。

 そこへとどめの――すかしっ屁。
 見ずとも、男の様子を察することができる気がする。

 恐らく、男の顔は、お姉さんの尻の下敷きになっている状態だ。
 そんな状態で、あんな連発を嗅がされては――、

『ふふっ……、まだもがく元気があるのねぇ……』

 お姉さんの声に対して、返答の声は聞こえない。
 それほどまでに、男は弱りきっているのだろう。

 やれやれ……。
 ここまできたら、疑いようはない。

 間違いない。
 お姉さんの屁は――ものすごく臭いのだ。
 うそみたいな話だが――兵器級といったどころだろう。

 もしかして、スカンクがキツネやたぬきのように、人に化けているのではないだろうか。
 なんて。

 そんな冗談(?)はさておき。
 今は隣の状況だ。
 気づけば、隣の部屋の状況が、ものすごく気になっていた――。

 もう、正義感とか、どうでもいい。
 なんというか。
 背徳感のような、よくわからない感情が、その流れをとめるなと、俺に訴えかけてきていた。
 そして、そんな風に固唾を飲む俺の耳に聞こえてきたのは――、

『それじゃあ……、こういうのは、どうかしらぁ……?』

 ぷっ……ふううぅぅううぅぅ~~……

 ……。
 なんというか。

 それは、丁度いい塩梅、というと変な感じだが。
 そんな調子の屁の音だった。
 まるで、男がぎりぎりたえらるように、調整でもされたかのような感じで――、

『おぉ、えらいえらい……。まだ、もがけるんだねぇ……。それじゃあ……』

 ぶううぅぅ……

 先ほどより、短い音だった。
 しかし――、

『あれ? 大丈夫ぅ……? ちょっと、軽めに、してみたんだけどなぁ……』

 そりゃ、短くとも。
 今までの分、嗅覚へのダメージは蓄積している。

 短とはいえ、きついのだろう。
 と、そんな具合で。
 お姉さんは、本当に屁を調節でもしているかの様子で――、

 ぶううぅぅううぅぅううぅぅ……っ!!

 今度は、でかい音が響き、

『おお……。今度は、さっきよりもきつかったと思うけど、がんばってるねぇ……』

 お姉さんは男の様子を見て、楽しむかように、

 ぷうぅ……

 それはまるで――、

『あれあれ? 今度は、小さくしてみたのに……、どうして、泣いてるのぉ……?』

 適切な加減がされてるかのようだった。
 そして――、

『ほぅら……。今度は、きついのいくからね……。ちゃんと、こらえる準備をしないとぉ……』

 むっしゅううぅぅ~~……すううぅぅ~~……

 聞いただけで、ぞっとするような――すかしの音。
 だが、“楽になる”には、いまひとつ物足りないんじゃないかと思えるような、そんな塩梅だ。

 そして、案の定、その予想はあたっていたようで、

『なんだ、まだ大丈夫そうじゃない……。今のすかしっ屁は、結構効いたと思うけど……、さすが、男の子だねぇ……』

 と、そんな感じで――。

『じゃあ……、これも堪えられるよねぇ……』

 その後も、約1時間ほど――。

 ぶううぅぅ……! ぷううぅぅ……っ! ぶびりいいぃぃ……っ!

 お姉さんは、放屁をしつづけ、

 ぼふううぅぅ……! ぶうぅぅ……! ぶばすうぅぅ……っ!

 楽しんでいるようだった――。

 そうして、そのときは――唐突だった。
 お姉さんは、深く溜息をつくと、

『あきちゃったぁ……』

 その声音のトーンが、心なしか、低いように聞こえた気がした。
 急に、どうしたんだろう。
 俺はいつの間にか早くなっていた鼓動を押さえつけながら、隣の部屋に耳をすませる。
 すると、

『じゃあ、そろそろ……、おわらせるねぇ……』

 お姉さんはそう言うと――。
 しばらく、隣の部屋に静がながれた。

 ひょっとして――すかし、だろうか。
 音を聞き逃さないよう、俺はさらに壁に当てた耳をさらに強く押し付ける。
 しかし、何も聞き取れず、俺が疑問を覚えていると、

『よし……、おりてきたぁ……』

 下りてきた、というと。まさか――。
 この後の展開を想像した俺は、高鳴ることを押さえつけるようにして。
 隣の部屋の音を聞きのがさんと、耳をさらにさらに、強く押し付けた。
 そして、俺の耳に聞こえてきたのは――、

 ふ――っすううぅぅ……すううぅぅううぅぅううぅぅ
 む――ふううぅぅ――うぅ……

 耳をすましてもなお、その音は聞き取りづらく――、

 しゅっ――ううぅぅ……ううぅぅ……

『――が、あぁっ……!』

 灼熱のような音圧と、うめくような男の声が、耳に届いた。

 すかああぁぁ――ああぁぁ……

『ぅ……、あぁっ……!』

 熱そうな、すかし。
 そして、いかにもといったような――。
 まるで――毒ガスをイメージするかのような音だった。

 そんな音が、十秒――いや、もっとだろうか。
 長く、長いすかしの音がやむころには。
 男の気配が――すっかり止んでいた。

 はたして、彼はまだ生きているのだろうか。
 思わず、不安になってしまう。

 とはいえ。
 まあ、所詮は屁だ。
 どんなに臭かろうと、さすがに――。

 と、俺がそんな風に思考していると――、

「じゃあこんどは……、あなたのお鼻で、試してみるぅ……?」

 お姉さんの声が、何故か耳元から聞こえたのだった――。
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