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第一章
すべては筋書き通りに
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気づけばハワードは茶色の瞳に、明るさを取り戻していた。
物理的にも、ほんの少し、ハワードは前を向いたのである。
恐らく覚悟が決まったのだろう。その表情を見て、シルクハットの少年は「わかりました」と表情を柔らかくした。
「けどまあ、安心してください。言葉のとおり、これはハワード様を救済するために設けた措置であって、無慈悲に痛めつめるものではないのですから」
「……と、いいますと?」
不安げに尋ねるハワードに、シルクハットの少年は和やかな口調で答えた。
「あなたには――エンターテイナーになってもらいたいんです」
「……なるほど。……それで、おれはなにをすれば……」
「ハワード様には適度に苦しんでいただきまして、それをサディストの方々に、ショーとして提供するんです。まあ、シナリオは全部ぼくが考えますので、ハワード様は用意された場所で、くつろいでいてください。それだけで成り立つように――ぼくがしますから」
シルクハットの少年は薄く笑みを浮かべて言う。
それを受けて、「はぁ……」とハワードは話についていけていなさそうな様子で曖昧に頷いた。
「それよりも、ハワード様。先ほどの選択についてお聞きしたいのですが、気持ちは変わっていませんか? まあ、この先の人生、十年、二十年、あるいはもっと長い時間を、お金を返すために潰すことを考えれば、どちらを選ぶべきかなんて、考えるまでもないとは思いますが、一応は罰ですから、それなりには苦しいと思いますよ? まあ、本当にただの臭い責めですから、その程度など、恐らくたかが知れているだろうとは、思いますけどね……」
シルクハットの少年はふいに真面目な表情を浮べると、まっすぐにハワードを見据えて話を続けた。
「それでも本当に――救済を受けますか?」
そう問われ、ハワードは固唾を飲んだ。
彼の表情には、恐怖心や疑心が浮かんでおり、そういった感情が、彼の口を開かせないように重さを加えていく。
とはいえ、答えはもう出ているのだろう。
ハワードは覚悟を決めるように深呼吸をすると、一度のどの調子を確かめるように咳払いをしてから、ようやく重たげに口を開いた。
*――*――*――*――*
――何が起きたのだろうか。
ハワードは困惑したように辺りを見回す。
そこは、温度が一定に保たれた、奇妙な場所だった。
暑すぎず、寒すぎず、心地良い空気で満たされている。
だが、光源がなく、視覚からの情報だけでは、その空間が“なんなのか”知るすべもない。
まるで重力が小さくなったような、そんな錯覚をおこすような――暗闇である。
ハワードは呆然とした様子でその場に腰をおろすと、ふと何かに気づいたように、すん、と鼻を鳴らす。
すると、甘い匂いが、彼の嗅覚を刺激した。
しつこすぎず、薄すぎない、そんな塩梅の――良い香り。
思考力を奪うように、存在を主張しすぎることなく、そのニオイが空気中に混じっているようだ。
辺りは真っ暗で何も見えないというのに、その匂いのせいか、ハワードは落ち着きを取り戻していく。
ハワードはゆっくりと目を閉じると、その空間に身をゆだねるように、仰向けに寝転がった。
太陽があったなら、日向ぼっこでもしているようにも見えただろう。
ハワードの表情は、それほど穏やかなものになっていた。
その瞼が眠たげに、ゆっくりと下りていく。
無理もない。大金をかけた大勝負を果たし、彼の心がどれだけ磨り減ったことか。
張り詰めたものを緩めていくように、ハワードは深呼吸を繰り返していく。
それからしばらくして。
眠ってしまうまで、あと少しといったところ。
気づけばハワードは――日の光が照らす草原の中にいた。
訳がわからない、と本来であれば彼はそう思ったであろう。
だが、ハワードは平静を失わなかった。
ここがどこだろうと、もうどうでもいい。そんな表情を浮かべ、彼は薄水色の空を見上げている。
規則正しい呼吸を繰り返す鼻に、草と土のにおいが届き、ハワードはまどろみへ沈んでいくように、大地に身をゆだねていく。
じんわりと、眠りの感覚が彼を包み込んだ。
それはゆっくりと、頭から全身へと広がっていき、
そして――
~ ぷう
どこからともなく聞こえたそんな音が、ハワードの眠気を覚ましていく。
物理的にも、ほんの少し、ハワードは前を向いたのである。
恐らく覚悟が決まったのだろう。その表情を見て、シルクハットの少年は「わかりました」と表情を柔らかくした。
「けどまあ、安心してください。言葉のとおり、これはハワード様を救済するために設けた措置であって、無慈悲に痛めつめるものではないのですから」
「……と、いいますと?」
不安げに尋ねるハワードに、シルクハットの少年は和やかな口調で答えた。
「あなたには――エンターテイナーになってもらいたいんです」
「……なるほど。……それで、おれはなにをすれば……」
「ハワード様には適度に苦しんでいただきまして、それをサディストの方々に、ショーとして提供するんです。まあ、シナリオは全部ぼくが考えますので、ハワード様は用意された場所で、くつろいでいてください。それだけで成り立つように――ぼくがしますから」
シルクハットの少年は薄く笑みを浮かべて言う。
それを受けて、「はぁ……」とハワードは話についていけていなさそうな様子で曖昧に頷いた。
「それよりも、ハワード様。先ほどの選択についてお聞きしたいのですが、気持ちは変わっていませんか? まあ、この先の人生、十年、二十年、あるいはもっと長い時間を、お金を返すために潰すことを考えれば、どちらを選ぶべきかなんて、考えるまでもないとは思いますが、一応は罰ですから、それなりには苦しいと思いますよ? まあ、本当にただの臭い責めですから、その程度など、恐らくたかが知れているだろうとは、思いますけどね……」
シルクハットの少年はふいに真面目な表情を浮べると、まっすぐにハワードを見据えて話を続けた。
「それでも本当に――救済を受けますか?」
そう問われ、ハワードは固唾を飲んだ。
彼の表情には、恐怖心や疑心が浮かんでおり、そういった感情が、彼の口を開かせないように重さを加えていく。
とはいえ、答えはもう出ているのだろう。
ハワードは覚悟を決めるように深呼吸をすると、一度のどの調子を確かめるように咳払いをしてから、ようやく重たげに口を開いた。
*――*――*――*――*
――何が起きたのだろうか。
ハワードは困惑したように辺りを見回す。
そこは、温度が一定に保たれた、奇妙な場所だった。
暑すぎず、寒すぎず、心地良い空気で満たされている。
だが、光源がなく、視覚からの情報だけでは、その空間が“なんなのか”知るすべもない。
まるで重力が小さくなったような、そんな錯覚をおこすような――暗闇である。
ハワードは呆然とした様子でその場に腰をおろすと、ふと何かに気づいたように、すん、と鼻を鳴らす。
すると、甘い匂いが、彼の嗅覚を刺激した。
しつこすぎず、薄すぎない、そんな塩梅の――良い香り。
思考力を奪うように、存在を主張しすぎることなく、そのニオイが空気中に混じっているようだ。
辺りは真っ暗で何も見えないというのに、その匂いのせいか、ハワードは落ち着きを取り戻していく。
ハワードはゆっくりと目を閉じると、その空間に身をゆだねるように、仰向けに寝転がった。
太陽があったなら、日向ぼっこでもしているようにも見えただろう。
ハワードの表情は、それほど穏やかなものになっていた。
その瞼が眠たげに、ゆっくりと下りていく。
無理もない。大金をかけた大勝負を果たし、彼の心がどれだけ磨り減ったことか。
張り詰めたものを緩めていくように、ハワードは深呼吸を繰り返していく。
それからしばらくして。
眠ってしまうまで、あと少しといったところ。
気づけばハワードは――日の光が照らす草原の中にいた。
訳がわからない、と本来であれば彼はそう思ったであろう。
だが、ハワードは平静を失わなかった。
ここがどこだろうと、もうどうでもいい。そんな表情を浮かべ、彼は薄水色の空を見上げている。
規則正しい呼吸を繰り返す鼻に、草と土のにおいが届き、ハワードはまどろみへ沈んでいくように、大地に身をゆだねていく。
じんわりと、眠りの感覚が彼を包み込んだ。
それはゆっくりと、頭から全身へと広がっていき、
そして――
~ ぷう
どこからともなく聞こえたそんな音が、ハワードの眠気を覚ましていく。
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