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五、白昼夢と壊れた記憶

五、白昼夢と壊れた記憶 ③

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築年数が長そうな、古いアパートだ。
ドアが開いて、男の子のお父さんが帰ってきたのが分かった。
そして大きな音と共に『ごめんなさい、とうさん』って声が聞こえてきた。
何度も怒鳴り声が聞こえて、その後静まり返り、テレビの音が付いた。
私は必死で背伸びしてベランダから男の子を探した。
すると押し入れの中で頭を押さえて丸まっていた。
身体も真ん丸だから石そのものだった。
お父さんはテレビを見て笑っているのに、その男の子は押し入れで丸まっている。
変な家族だった。

急いで家に帰って母に正直に言った。公園の後ろのアパートにボールを投げ入れてしまったことを。

『あら、じゃあおうちに言って、ボールを返してもらいましょうか』
『ママ、あのこ、いたいいたいされてる』
『え? どの子?』
『いたいいたいってないてる』

『アパートに居た男の子。青い目をしていた、肉まんみたいな子』

お母さんの表情がくしゃっと歪んだ。何かに感づいたらしい。

『本当にあの子? あの子、見た目もふっくらしているしブランド物の服を着ているし、清潔そうよ。本当?』

母は何度が私に聞いたので、私も頷いた。

『あのね、わたし、見たの。うごかない石みたいだった。うごいたらだめって。あのこ、うちのこにしたらダメなの?』
『……ちょっとだけまってて』
『だってこどもがたくさんいたら、ゆうふくなんでしょ。かねもちになれるんでしょ。だったらうちであのこもくらそうよ』

だってあのこ、くるしそうにいきてるよ。



私は言われるがまま、母と仕事から帰ってきた父を連れて、そのアパートに案内した。
何度もインターフォンを鳴らしたけど、玄関のドアが開く気配がない。
テレビの音はしているのに、インターフォンを無視している。
父が『すみません、うちの子のボールがお宅のベランダに入ってしまって』と声をあげる。
すると鍵が回る音と共に、さわやかな笑顔のおじさんが出てきた。

『いやあお風呂に入っておりました。すいません、ボールですか』
『こちらこそ、夜分遅くすみません。大丈夫でしょうか』
『見て来ましょう』

 私は父と母の隙間をぴょんぴょんはねて男の子を探したけれど、見つけられなかった。

『あのう、おとこのこと一緒にあそびたいんですけど、いますかー』
 そのさわやかなおじさんは、一瞬私の方を見て固まっていた。
 笑顔のまま固まったので、なんだか作られた銅像みたいで怖かった。
『もう遅いからうちの息子は寝たよ』
『明日、あそびにさそってもいいでしょうか』
『……でてきたらね。でてくるかな』

 なぜかおじさんからは『いいよ』とは言われなかった。それはダメってことだったのだろうか。それにまだ十八時半。寝るには絶対に早すぎる時間だった。
 なので庭の方へ回って、壁を触った。すると小さな穴を見つけた。



その穴は押し入れから光を求めて、一慶さんが鉛筆で掘っていた小さな、小さな穴だったに違いない。

『流伽、ボールは返してもらえたよ』
『そんなに悪い人じゃなさそうよ』

そして私が指さした小さな穴の先を見て、母は泣き崩れた。
私は意味が分からず、首を傾げると父が私の目を押さえた。

『忘れなさい。見てなかった。いいね。るかはなにもみていない。いいね』

何度も洗脳するように父が言うので、頷いて帰ろうって言った。

でも油断した父からすり抜けて、私は再び穴を覗いた。

『きゃあああああああっ』

真っ赤。真っ赤。赤い部屋。

赤い部屋、泣く母、電話をする父、発狂した私。

真っ赤な部屋の真ん中で腕を押さえて泣いている男の子がいた。
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