58 / 62
五、白昼夢と壊れた記憶
五、白昼夢と壊れた記憶 ③
しおりを挟む
築年数が長そうな、古いアパートだ。
ドアが開いて、男の子のお父さんが帰ってきたのが分かった。
そして大きな音と共に『ごめんなさい、とうさん』って声が聞こえてきた。
何度も怒鳴り声が聞こえて、その後静まり返り、テレビの音が付いた。
私は必死で背伸びしてベランダから男の子を探した。
すると押し入れの中で頭を押さえて丸まっていた。
身体も真ん丸だから石そのものだった。
お父さんはテレビを見て笑っているのに、その男の子は押し入れで丸まっている。
変な家族だった。
急いで家に帰って母に正直に言った。公園の後ろのアパートにボールを投げ入れてしまったことを。
『あら、じゃあおうちに言って、ボールを返してもらいましょうか』
『ママ、あのこ、いたいいたいされてる』
『え? どの子?』
『いたいいたいってないてる』
『アパートに居た男の子。青い目をしていた、肉まんみたいな子』
お母さんの表情がくしゃっと歪んだ。何かに感づいたらしい。
『本当にあの子? あの子、見た目もふっくらしているしブランド物の服を着ているし、清潔そうよ。本当?』
母は何度が私に聞いたので、私も頷いた。
『あのね、わたし、見たの。うごかない石みたいだった。うごいたらだめって。あのこ、うちのこにしたらダメなの?』
『……ちょっとだけまってて』
『だってこどもがたくさんいたら、ゆうふくなんでしょ。かねもちになれるんでしょ。だったらうちであのこもくらそうよ』
だってあのこ、くるしそうにいきてるよ。
私は言われるがまま、母と仕事から帰ってきた父を連れて、そのアパートに案内した。
何度もインターフォンを鳴らしたけど、玄関のドアが開く気配がない。
テレビの音はしているのに、インターフォンを無視している。
父が『すみません、うちの子のボールがお宅のベランダに入ってしまって』と声をあげる。
すると鍵が回る音と共に、さわやかな笑顔のおじさんが出てきた。
『いやあお風呂に入っておりました。すいません、ボールですか』
『こちらこそ、夜分遅くすみません。大丈夫でしょうか』
『見て来ましょう』
私は父と母の隙間をぴょんぴょんはねて男の子を探したけれど、見つけられなかった。
『あのう、おとこのこと一緒にあそびたいんですけど、いますかー』
そのさわやかなおじさんは、一瞬私の方を見て固まっていた。
笑顔のまま固まったので、なんだか作られた銅像みたいで怖かった。
『もう遅いからうちの息子は寝たよ』
『明日、あそびにさそってもいいでしょうか』
『……でてきたらね。でてくるかな』
なぜかおじさんからは『いいよ』とは言われなかった。それはダメってことだったのだろうか。それにまだ十八時半。寝るには絶対に早すぎる時間だった。
なので庭の方へ回って、壁を触った。すると小さな穴を見つけた。
その穴は押し入れから光を求めて、一慶さんが鉛筆で掘っていた小さな、小さな穴だったに違いない。
『流伽、ボールは返してもらえたよ』
『そんなに悪い人じゃなさそうよ』
そして私が指さした小さな穴の先を見て、母は泣き崩れた。
私は意味が分からず、首を傾げると父が私の目を押さえた。
『忘れなさい。見てなかった。いいね。るかはなにもみていない。いいね』
何度も洗脳するように父が言うので、頷いて帰ろうって言った。
でも油断した父からすり抜けて、私は再び穴を覗いた。
『きゃあああああああっ』
真っ赤。真っ赤。赤い部屋。
赤い部屋、泣く母、電話をする父、発狂した私。
真っ赤な部屋の真ん中で腕を押さえて泣いている男の子がいた。
ドアが開いて、男の子のお父さんが帰ってきたのが分かった。
そして大きな音と共に『ごめんなさい、とうさん』って声が聞こえてきた。
何度も怒鳴り声が聞こえて、その後静まり返り、テレビの音が付いた。
私は必死で背伸びしてベランダから男の子を探した。
すると押し入れの中で頭を押さえて丸まっていた。
身体も真ん丸だから石そのものだった。
お父さんはテレビを見て笑っているのに、その男の子は押し入れで丸まっている。
変な家族だった。
急いで家に帰って母に正直に言った。公園の後ろのアパートにボールを投げ入れてしまったことを。
『あら、じゃあおうちに言って、ボールを返してもらいましょうか』
『ママ、あのこ、いたいいたいされてる』
『え? どの子?』
『いたいいたいってないてる』
『アパートに居た男の子。青い目をしていた、肉まんみたいな子』
お母さんの表情がくしゃっと歪んだ。何かに感づいたらしい。
『本当にあの子? あの子、見た目もふっくらしているしブランド物の服を着ているし、清潔そうよ。本当?』
母は何度が私に聞いたので、私も頷いた。
『あのね、わたし、見たの。うごかない石みたいだった。うごいたらだめって。あのこ、うちのこにしたらダメなの?』
『……ちょっとだけまってて』
『だってこどもがたくさんいたら、ゆうふくなんでしょ。かねもちになれるんでしょ。だったらうちであのこもくらそうよ』
だってあのこ、くるしそうにいきてるよ。
私は言われるがまま、母と仕事から帰ってきた父を連れて、そのアパートに案内した。
何度もインターフォンを鳴らしたけど、玄関のドアが開く気配がない。
テレビの音はしているのに、インターフォンを無視している。
父が『すみません、うちの子のボールがお宅のベランダに入ってしまって』と声をあげる。
すると鍵が回る音と共に、さわやかな笑顔のおじさんが出てきた。
『いやあお風呂に入っておりました。すいません、ボールですか』
『こちらこそ、夜分遅くすみません。大丈夫でしょうか』
『見て来ましょう』
私は父と母の隙間をぴょんぴょんはねて男の子を探したけれど、見つけられなかった。
『あのう、おとこのこと一緒にあそびたいんですけど、いますかー』
そのさわやかなおじさんは、一瞬私の方を見て固まっていた。
笑顔のまま固まったので、なんだか作られた銅像みたいで怖かった。
『もう遅いからうちの息子は寝たよ』
『明日、あそびにさそってもいいでしょうか』
『……でてきたらね。でてくるかな』
なぜかおじさんからは『いいよ』とは言われなかった。それはダメってことだったのだろうか。それにまだ十八時半。寝るには絶対に早すぎる時間だった。
なので庭の方へ回って、壁を触った。すると小さな穴を見つけた。
その穴は押し入れから光を求めて、一慶さんが鉛筆で掘っていた小さな、小さな穴だったに違いない。
『流伽、ボールは返してもらえたよ』
『そんなに悪い人じゃなさそうよ』
そして私が指さした小さな穴の先を見て、母は泣き崩れた。
私は意味が分からず、首を傾げると父が私の目を押さえた。
『忘れなさい。見てなかった。いいね。るかはなにもみていない。いいね』
何度も洗脳するように父が言うので、頷いて帰ろうって言った。
でも油断した父からすり抜けて、私は再び穴を覗いた。
『きゃあああああああっ』
真っ赤。真っ赤。赤い部屋。
赤い部屋、泣く母、電話をする父、発狂した私。
真っ赤な部屋の真ん中で腕を押さえて泣いている男の子がいた。
0
お気に入りに追加
34
あなたにおすすめの小説
エリア51戦線~リカバリー~
島田つき
キャラ文芸
今時のギャル(?)佐藤と、奇妙な特撮オタク鈴木。彼らの日常に迫る異変。本当にあった都市伝説――被害にあう友達――その正体は。
漫画で投稿している「エリア51戦線」の小説版です。
自サイトのものを改稿し、漫画準拠の設定にしてあります。
漫画でまだ投稿していない部分のストーリーが出てくるので、ネタバレ注意です。
また、微妙に漫画版とは流れや台詞が違ったり、心理が掘り下げられていたりするので、これはこれで楽しめる内容となっているかと思います。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
幼妻は、白い結婚を解消して国王陛下に溺愛される。
秋月乃衣
恋愛
旧題:幼妻の白い結婚
13歳のエリーゼは、侯爵家嫡男のアランの元へ嫁ぐが、幼いエリーゼに夫は見向きもせずに初夜すら愛人と過ごす。
歩み寄りは一切なく月日が流れ、夫婦仲は冷え切ったまま、相変わらず夫は愛人に夢中だった。
そしてエリーゼは大人へと成長していく。
※近いうちに婚約期間の様子や、結婚後の事も書く予定です。
小説家になろう様にも掲載しています。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
此処は讃岐の国の麺処あやかし屋〜幽霊と呼ばれた末娘と牛鬼の倅〜
蓮恭
キャラ文芸
――此処はかつての讃岐の国。そこに、古くから信仰の地として人々を見守って来た場所がある。
弘法大師が開いた真言密教の五大色にちなみ、青黄赤白黒の名を冠した五峰の山々。その一つ青峰山の近くでは、牛鬼と呼ばれるあやかしが人や家畜を襲い、村を荒らしていたという。
やがて困り果てた領主が依頼した山田蔵人という弓の名手によって、牛鬼は退治されたのだった。
青峰山にある麺処あやかし屋は、いつも大勢の客で賑わう人気の讃岐うどん店だ。
ただし、客は各地から集まるあやかし達ばかり。
早くに親を失い、あやかし達に育てられた店主の遠夜は、いつの間にやら随分と卑屈な性格となっていた。
それでも、たった一人で店を切り盛りする遠夜を心配したあやかしの常連客達が思い付いたのは、「看板娘を連れて来る事」。
幽霊と呼ばれ虐げられていた心優しい村娘と、自己肯定感低めの牛鬼の倅。あやかし達によって出会った二人の恋の行く末は……?
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈@12/27電子書籍配信
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
こちら夢守市役所あやかしよろず相談課
木原あざみ
キャラ文芸
異動先はまさかのあやかしよろず相談課!? 変人ばかりの職場で始まるほっこりお役所コメディ
✳︎✳︎
三崎はな。夢守市役所に入庁して三年目。はじめての異動先は「旧館のもじゃおさん」と呼ばれる変人が在籍しているよろず相談課。一度配属されたら最後、二度と異動はないと噂されている夢守市役所の墓場でした。 けれど、このよろず相談課、本当の名称は●●よろず相談課で――。それっていったいどういうこと? みたいな話です。
第7回キャラ文芸大賞奨励賞ありがとうございました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる