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三、前を見て。まっすぐ。

三、前を見て。まっすぐ。十一

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「君は怪我はないの?」
「俺は大丈夫です。でも……あの時はごめんね、立崎さん」

 最初に謝ったのは孔一くん。申し訳なさそうに私の様子をうかがっている。

「水咲と今日は、話したの?」
 素直に謝ることができない。ようやく口を開いたら、謝罪より水咲のことだった。

「俺は馬鹿だったな」

けれど孔一くんは苦し気につぶやくと、片膝ついた足に顔をうずめて震えていた。

「彼女に、昔一度だけ会えたことを教えてもらった。その時のお礼も言われた。この大きな籠の中で、彼女の勇気になれたと知った」
 大きな籠の中。
「それなのに、俺は彼女を自分の出世のための道具にしか見ていなかった。俺のことを思ってくれているのに、パソコンにしか見えなくて、手を伸ばしてもどこに触れていいか分からないし、どんな表情をしているか分からない。俺のことを本当に分かってくれている人に、俺は抱きしめてあげられなかった」
 水咲は自分の気持ちを伝えられたんだ。何を言ったのか分からないけど、私に馬鹿な言葉を吐いたことを後悔しているのは一目瞭然で、私は口をはさむ必要はなくなっていた。

「あの時、突き飛ばしてごめんなさい」



「全然。突き飛ばされて、消えてしまえばよかった。俺はきっと、世界で一番綺麗な女の子を機械扱いしている最低な男だよ」

 力なく笑う孔一くんにかける言葉がわからない。
 水咲だって傷ついても、頑張っていた。
 好きな人にブザーを鳴らされた気持ちは、私には分からない。

「好きな相手からハムスターに見られるのは意外と悪くないよ!」

 沈黙していた私と孔一くんの間で元気にハムスターがガッツポーズをとった。

「ハムスターの画像を検索して、『おお、意外と俺って可愛い路線いけちゃう?』って前向きに思えたし」
「い、一慶さん」

 お願いだから今はしゃべらないでーって口を押えようと思っていたけど、彼は自信満々に庭に飛び込んだ。

「それに一度しか見たことないけど、真面目そうな良い子だった。君は彼女を傷つけたくなくて、恋愛結婚憧憬症候群になっちゃったんじゃない? 陰謀渦巻く政治の世界に巻き込みたくないってさ」



「……巻き込むどころか、お互い利用し合う関係だって思っていたんだよ。今は、彼女の気持ちを利用しようとしたお見合いが恥ずかしい」

 消えてしまいたいぐらいだよ、とか細い声を絞り出した。
 女の子には皆、隔てりなく優しく接してきた紳士的な彼だ。
 水咲だけ、利用しようとしていたことを今になって苦しみ出した。
でも結婚する前で良かったのかもしれない。まだやり直せる今なら。

 私は水咲や孔一くんの家やお見合いの利点とかたくらみとか、知らない。
 漫画ばかり読んでいたから、きっとごちゃごちゃした関係も理解できない。
 水咲の立場も彼の立場も分からない。水咲の気持ちだけしか知らない。


「大丈夫だよ。彼女の気持ちだけは必ず守る。だから安心して」
「孔一くん」
「守らなければいけないものが、何か分かった気がする。ぼんやりと、だけどね」

 私たちはまだ高校一年生だ。
 三月の初めに受験の合否が分かって、ようやく高校生活が楽しみになってきた四月にお見合いが始まった。
 その過程で、すでにこんなにも心が拒絶しているのは『国の法律』だからなのかな。
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