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三、前を見て。まっすぐ。

三、前を見て。まっすぐ。九

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「うーわー。俺、今、ハムスター?」
「私にはハムスター」
「……よかった。情けない顔、見られなくて」
 情けない顔がどんな顔だったのか想像できなかったけど、握っていた手の中のハムスターが熱くなった。

「俺はやっぱ流伽がいい。今、めちゃくちゃ好きだ。すきだー!」
「あはは。運転、しっかりしてくださいね」
「合点。何に変えても流伽を守る」

 少しスピードを上げたので、運転に専念してくれるように話しかけるのはやめた。
でも、手の中のハムスターが熱く感じなくなった。
不思議に思い、信号待ちの交差点で隣の車に写る私を見たら茹でタコみたいになっていた。

自覚するしかない。私はハムスターの姿の彼からでも、好きだと言われると嬉しくなってしまうらしい。

ハムスターじゃなかったらどうなんだろう。



「流伽、ここからちょっとだけ人混みだから顔を下にしといた方が良いよ。今や盗撮は当たり前だし」
「え、うん」
「俺のバイク、ファンには一発でばれちゃうんだよね。ゆくゆくは流伽の名前を刻みたいから真ん中だけはゴールドに塗るのやめてるけど」
ゴールド?
そういえば、このバイク、やけにキラキラしていた。ラメ入りのゴールドだったんだ。
この人の考えていること、まだよくわからない。何を考えて、絶望から生きて明るい今の一慶さんになったのかもしらない。

「あー……ちょっとお腹すいちゃった。今日は流伽の家のご飯はなんだろーね」

でも。
知りたいと思うよ。ハムスターじゃないあなたを。
「流伽のマイマザーのご飯ならなんでも美味しいのは間違いないだろうけどね」
 バイクのエンジン音。人がせわしなく交差してすれ違っていく交差点。
 雑音あふれる都会の中心で、不意に私は誰かの背中を抱きしめていることに気づいた。

 今私はハムスターを握っていたはずなのに、バイクに跨がって大きな背中を抱きしめていた。



髪が色素の薄い茶色。引き締まった背中は大きくて、後ろから抱きしめると私の両手はギリギリお腹を掴んでいる状態。筋肉質でがっしりしている。

これが、この人が。

「一慶さん?」
「ぬお、青!」

急に発進した瞬間、再び私の手の中にハムスターが握られた。

「ごめん、何か言った?」

ヘルメットでわからなかった彼の顔。後ろからでもわかったがっしりした背中。
これは私が煩っている恋愛結婚憧憬症候群?
それとも私が本当の一慶さんを見たいって思ったから垣間見えた現実なの?

「着いたよ。ここだ」

人が吸い込まれてはあふれるように飛び出してくる駅を通過し、閑静な住宅地のさらに奥まで走って行くと、高くて長い壁の家が続きだした。
高級住宅街なのだと、高校生の私でもわかる。一河の家みたいな豪邸が並んでいる。

その奥に、和風な家がぽつんとあった。三重の塔や参内する砂利道、大きな鐘がぶらさがった塔。お寺なのかと思ったが、どこにも表札はない。旧寺跡地みたい。
 豪邸が並ぶ住宅街で、ここだけが時間が止まってしまっているようだった。

「流伽ちゃんと一慶さん?」


入り口で中を眺めていたら、後ろから声がした。
振り返ると一河が仲人さんと歩いてきている。
真っ赤な唇の仲人さんは、今日も自信満々な笑みを浮かべて私たちを見ている。

「一河と水咲が心配できちゃった」
「そうなの? ごめんね。携帯触れる雰囲気じゃなくて、今、気づいて外でかけようと思ってたんだ」
「その、大丈夫だった?」

 一河の表情は暗い。視線を少しさ迷わせてから、出てきたであろうお屋敷を見た。

「自由って何だろうって哲学しちゃった」

「わかるー。自由って何からの自由ってまず考えちゃうよねえ」

なぜか女子高生みたいなノリで、一慶さんも頷いている。
「わかんなくなっちゃうよね。何かから逃げることが自由なのかって。お見合いって法律も馬鹿みたいって思ったし」
 ハムスターの姿で真面目な話をしている。でも私はとっくに気づいてしまっている。
 一慶さんの本当の姿は、私の恋愛結婚憧憬症候群のせいで見えなくなっちゃったけど、想像以上に良い人なこと。



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