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三、前を見て。まっすぐ。

三、前を見て。まっすぐ。七

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 片思い? 匂わせ?
 そういえば、ファン用のSNSに私のスカートがちょっとだけ写ったカレーの写真を公開していた気がする。
「てかあんた一慶なの?」
「私は順平」
「私はあ、一慶が結婚したら後輩の海士野くんにするう」
「ああ、あの子、豪快な技が気持ちいいよねえ」

 話題はすぐにほかの選手に替わってしまったけれど、彼女たちのすぐ後ろに私は立っていた。あの人たちと私は今、何ら変わりない。
 お見合いで一慶さんが指名しなければ、私は今、あの人たちと一緒に出待ちしていたかもしれない一般人。
 片や、一慶さんはファンクラブもあるぐらい有名な選手。

 有名人なのに、私みたいな平凡な普通の女の子を選んでくれた。
 そう考えると、本当は私、彼をハムスターに見てしまうなんて失礼なんじゃ。
 普通に生活していたら、全くかすりもしない相手に私は散々失礼なことをしてきたんじゃないの。

いざバス停を探そうと思っても、いろんな考えが爆発して頭の中で渦巻く。


「流伽」
 私は彼の優しさの上であぐらをかいて、もしかして今までの私の言動ってけっこうひどいことをしてきたのかな。
「おーい、俺の流伽」
「え? へ?」
 刹那、エレベーター前で出待ちしていた女性たちから黄色い声が上がる。
 その歓声は先ほどの宗亮さんと同じぐらいの熱量だ。
目の前には再びバイクが現れた。
しかも誰も乗っていないのにエンジンがかかった状態。
「流伽」
「え?」
よくみると、バイクの上にヘルメットをかぶったハムスターだ。
先ほどのライダースーツの美形、宗亮さんとは違う。
ヘルメットをかぶったハムスターがキーホルダーにみたいにバイクのハンドルにぶら下がっている。
「どうして? メッセージ気づいた?」
「仲人がさっきわざわざ来て、流伽が早退したって教えてくれて、メッセージ確認したらここにいるって言うし。あ、ヘルメット」
 予備がないなあ、と焦っている。
「お仕事は大丈夫なの?」
「毎年ここでやってるし。ある程度は融通が利くから大丈夫。さ、乗って。俺の腰をつかんで」



腰。
ハムスターの腰ってどこ?
ハンドルにぶら下がっているハムスターを握りしめたら良いの?

慎重に片手で掴むと「いやん。流伽ったら大胆」と嬉しそうな悲鳴が聞こえてきた。
ひい。私ってばどこを今、触ったんだろう。
「ヘルメット借りれたんだ。行こう。場所はさっきそーぽんがメッセージくれたから大丈夫」
「そーぽん?」
「宗亮だよ。最近、SNSを通して友達になったんだ」
 そーぽんの奥さんが一慶さんの大ファンの要先輩だって知ってるのかな。

「一慶!」
「こっち見てえ」
「サインしてえ」

左腕を突き出して右手で腕の前でピースサイン。
三人が一斉にそれをすると、一慶さんが嬉しそうに笑った。
正確には笑っている声が聞こえてきた。ハムスターの中から、だ。

「ちょっとだけ待ってて。ヘルメットで顔かくしておいて」
 ヘルメットを深くかぶると、ハムスターは大きなペンを抱きつくように握ると、色紙に大きく『V』を描いてからくしゃくしゃのサインを真ん中に書いた。

「やったー。まじのVだ」
「うちら、いっつも危ないからって打ち上げの出待ち禁止されてるから、初めてのサインだし」
「いえーい。Vポーズ」

左腕の前でのピースはどうやらピースではなくVを表しているようだ。
ハムスターの姿にしか見えないから、一慶さんがどんな表情をしているかわからないけど、でも出待ちしていた三人は嬉しそうな顔をしているので、きっとにこやかなんだろう。



 ファンさえもいる一慶さんの笑顔って一体、どんな感じなんだろう。
 笑うと顔がくしゃくしゃってなる?
 目だけ細い三日月みたいになって、口角が緩むのかな。
 演技なんてしないだろう一慶さんの笑顔を想像したけどできなかった。
 私には今、彼がハムスターに見えるのだ。顔がわからないのに笑顔だけ想像なんてできるはずがなかった。

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