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三、前を見て。まっすぐ。
三、前を見て。まっすぐ。一
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「流伽?」
駅からまっすぐ、家に向かった。家の前の小さな家庭菜園の前で、土だらけの軍手とエプロン、大きなツバの帽子をかぶったお母さんが目をまん丸にして立ち上がって私を見ていた。
「今、学校のはずでしょ」
「お見合いは学校の授業より優先させてくれるから」
事実ではない。放課後を待っていたら、仲人さんに見つかってしまう可能性もあったからだ。
「私、お見合いを止めたいの。止めたいし暴れたいし、くそみたいな法律に、唾を吐きかけたいって思ってる」
「過激ね」
庭の奥にある、汚れ物用の洗濯機の中に軍手とエプロンを放り投げ、お母さんは帽子をとる。
「お見合いを止める前に、赤い部屋とうずくまる男の子の話を教えて欲しいの」
帽子を持つ手が、時間が止まったようにぴたりと止まった。
「法律だから教えられない? 私が思い出さないと意味がない? でも私には今、時間がもったいないの。今も、この時間、私は一慶さんと前に進めずくすぶってるの」
赤い部屋。なく男の子。忘れなさいと父が何度も私にささやいて抱きしめた。
ブランド品の服、転がるボール、うずくまる男の子。
私の中の壊れた記憶。
「ちょっと待ってね。実際に見てみましょう」
お母さんは玄関を開けたまま、リビングへ入ってしまった。
ここ数日、高級ホテルのようなお見合いセンターや、雑魚寝しているプロレス団体の合宿所を見てきたせいで、この家が小さく狭く見えた。
狭くても小さくても、お見合い結婚して国がお祝い金をくれたから建てれた一般的な戸建て。中流家庭だとは思う。私と妹二人だけだから。
一河みたいに六人も産んでいたら、豪邸に住めて、進学資金無料や補助金が全然違うんだと思う。
「お待たせ」
お母さんは日焼け対策の長袖長ズボン、真っ黒な帽子にサングラス、そして日傘を差して玄関に現れた。
「どこに行くの?」
「一慶くんが住んでいたアパートよ。今は駐車場になってるけど」
「……」
「貴方たちが前に進みたいのなら、お見合いよりも大事なことでしょ。それにすぐそこなの」
サングラスにマスクまでしてお母さんの表情がわからなかった。
でも、心のどこかでほっとしている私もいた。
私の家の隣にマンションや小さな商店街、公園、そして商店街の奥に一河の住んでいる豪邸がある。ここら辺一帯は元々は一河の家の土地だったらしい。本当は所有している山の上に本家があるらしい。けれど、お見合い結婚で沢山子どもを産み、国から補助金も沢山でた一河の家は本家から出てきたらしい。
両親が洋風なお洒落な家に住みたかったのもあるらしい。
「一河くんのおうちって広いでしょう」
「確かに。トイレに行くときに迷子になりかけた。しかも、お店みたいに男性と女性用トイレに分かれてた」
「一河くんのお父さんは驕らない大らかな優しい人だし、お母さんも可愛らしくて裏表なくて、お金持ちを鼻にかけない尊敬できる人よ。でもね」
母は、公園を横切り駐車場の前で足を止めた。
コンビニになる予定だと一河が言っていたのに、一向に工事が始まらない。月極駐車場ではなく、一時間300円とか安い値段で使っている車も見ないような、儲けのない駐車場。
「でも、なんなの? あとこの駐車場が何?」
「でも――華やかな一河くんたちに劣等感を持つ人もいたのね。一河くんのお父さんは不動産会社経営で、元士族。ここら一帯を治めていたお侍さんってとこね。お母さんも世が世なら、士族のご令嬢。でも一慶くんは違ったの」
駐車場に進むと、奥のの中心部分だけコンクリートが真新しく、後から塗装されたように見えた。
「一河くん、一時期サッカーでプロ選手になるのが目標だったでしょ。ここは彼がいつでも練習できるようにって小さなサッカーコートになる予定だった。で、貴方は工事中のここに忍び込んだことがあるの」
「全く記憶がない……けど」
「そこの壊れた壁から、向こう側のアパートの庭に侵入したのも?」
駅からまっすぐ、家に向かった。家の前の小さな家庭菜園の前で、土だらけの軍手とエプロン、大きなツバの帽子をかぶったお母さんが目をまん丸にして立ち上がって私を見ていた。
「今、学校のはずでしょ」
「お見合いは学校の授業より優先させてくれるから」
事実ではない。放課後を待っていたら、仲人さんに見つかってしまう可能性もあったからだ。
「私、お見合いを止めたいの。止めたいし暴れたいし、くそみたいな法律に、唾を吐きかけたいって思ってる」
「過激ね」
庭の奥にある、汚れ物用の洗濯機の中に軍手とエプロンを放り投げ、お母さんは帽子をとる。
「お見合いを止める前に、赤い部屋とうずくまる男の子の話を教えて欲しいの」
帽子を持つ手が、時間が止まったようにぴたりと止まった。
「法律だから教えられない? 私が思い出さないと意味がない? でも私には今、時間がもったいないの。今も、この時間、私は一慶さんと前に進めずくすぶってるの」
赤い部屋。なく男の子。忘れなさいと父が何度も私にささやいて抱きしめた。
ブランド品の服、転がるボール、うずくまる男の子。
私の中の壊れた記憶。
「ちょっと待ってね。実際に見てみましょう」
お母さんは玄関を開けたまま、リビングへ入ってしまった。
ここ数日、高級ホテルのようなお見合いセンターや、雑魚寝しているプロレス団体の合宿所を見てきたせいで、この家が小さく狭く見えた。
狭くても小さくても、お見合い結婚して国がお祝い金をくれたから建てれた一般的な戸建て。中流家庭だとは思う。私と妹二人だけだから。
一河みたいに六人も産んでいたら、豪邸に住めて、進学資金無料や補助金が全然違うんだと思う。
「お待たせ」
お母さんは日焼け対策の長袖長ズボン、真っ黒な帽子にサングラス、そして日傘を差して玄関に現れた。
「どこに行くの?」
「一慶くんが住んでいたアパートよ。今は駐車場になってるけど」
「……」
「貴方たちが前に進みたいのなら、お見合いよりも大事なことでしょ。それにすぐそこなの」
サングラスにマスクまでしてお母さんの表情がわからなかった。
でも、心のどこかでほっとしている私もいた。
私の家の隣にマンションや小さな商店街、公園、そして商店街の奥に一河の住んでいる豪邸がある。ここら辺一帯は元々は一河の家の土地だったらしい。本当は所有している山の上に本家があるらしい。けれど、お見合い結婚で沢山子どもを産み、国から補助金も沢山でた一河の家は本家から出てきたらしい。
両親が洋風なお洒落な家に住みたかったのもあるらしい。
「一河くんのおうちって広いでしょう」
「確かに。トイレに行くときに迷子になりかけた。しかも、お店みたいに男性と女性用トイレに分かれてた」
「一河くんのお父さんは驕らない大らかな優しい人だし、お母さんも可愛らしくて裏表なくて、お金持ちを鼻にかけない尊敬できる人よ。でもね」
母は、公園を横切り駐車場の前で足を止めた。
コンビニになる予定だと一河が言っていたのに、一向に工事が始まらない。月極駐車場ではなく、一時間300円とか安い値段で使っている車も見ないような、儲けのない駐車場。
「でも、なんなの? あとこの駐車場が何?」
「でも――華やかな一河くんたちに劣等感を持つ人もいたのね。一河くんのお父さんは不動産会社経営で、元士族。ここら一帯を治めていたお侍さんってとこね。お母さんも世が世なら、士族のご令嬢。でも一慶くんは違ったの」
駐車場に進むと、奥のの中心部分だけコンクリートが真新しく、後から塗装されたように見えた。
「一河くん、一時期サッカーでプロ選手になるのが目標だったでしょ。ここは彼がいつでも練習できるようにって小さなサッカーコートになる予定だった。で、貴方は工事中のここに忍び込んだことがあるの」
「全く記憶がない……けど」
「そこの壊れた壁から、向こう側のアパートの庭に侵入したのも?」
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