上 下
35 / 62
二、俺の話を聞けイエーイ

二、俺の話を聞けイエーイ ⑭

しおりを挟む
『流伽ちゃん?』

「そうだよ。今、大丈夫?」

尋ねると、重たいため息を吐く。

『仲人さんに連絡してないでしょ? お見合い中に親にも仲人にも連絡しないで二人でいなくなっちゃったら警察が出動しても知らないんだから』

「うそ。ごめん。そっか、今はブレスレットもしてなかったんだ」

『俺の家に二人とも泊めてることにしといたから。うちなら、仲人さんも無理に入ってこれないよ』

「……本当にごめんね」

 謝りたくない、恋愛結婚がしたい、強制的な結婚が許せない、一慶さんは嫌いじゃないけどお見合いでは嫌だ。そんな色んな感情が頭の中を走り回っている。

 だからと言って、親にも行先を言わずに飛び出したのは、駄目だった。

「私、どうしても孔一くんが許せない」

『突き飛ばしたのは?』

「……それは悪かったです」

もう一度、一河は溜息を吐く。それは面倒くさいなってかんじじゃない。

仕方ないなあって折れてくれた感じだ。

『今日はどこにいるの?』

「一慶さんの下宿先。あのね、」

一慶さん以外もハムスターに見えちゃうの、と言おうとしたが、遮られた。

『分かった。母さんに言って上手く仲人さんたちを説得する。でも明日はちゃんと戻って来るんだよ』


「一河……本当に一河って良い人すぎる。ありがとう」

『お礼を言う相手は俺じゃないよ。流伽ちゃんのために何もかも捨て去る覚悟で連れ出してくれた一慶さんに一番感謝しないと』

「一慶さん?」

『指名できるってこと、それまで努力してきた、結果が出てる人だよ。その人が流伽ちゃんを選んで、他よりなにより大切にしてくれてるんだ。外見じゃない。一慶さんの心は素敵でしょ』

電話したまま、一慶さんの方を振り向く。

ジャンガリアンハムスター数匹と玉ねぎを剥きながら泣いている、唯一のゴールデンハムスター。

玉ねぎの上で、玉乗りしているようにしか見えないのに器用に泣きながら切っている彼。

確かに見た目はハムスターだ。

でもそれは、私が彼の職業を聞いて少女漫画に程遠い人だと思ってしまったための、恋愛結婚憧憬症候群のせい。

本当の彼は、ちょっとマッチョで暑苦しいマッチョ数人で玉ねぎを泣きながら切っている。

これが現実の彼で。

「えっと……つまり私はお見合いする前から見た目を勝手に想像して避けてしまっただけで」

『うん。この数日、ルームシャアした感じは?』

「めちゃくちゃに良い人だった。下着姿でうろつかなければ」

『だよね。良い人オーラしかない。あと流伽ちゃん好き好きオーラしかない。素敵な人だと思うよ』

だから俺は、流伽ちゃんと一慶さんのためなら、協力したいなって思うよ。

一河は優しい声で、世界一やさしい言葉で、私たち二人を見守ってくれていた。


電話を切ると、ハムスターを吹っ飛ばしながら一慶さんが駆け寄ってくる。

「どうだった?」

「うん。一慶さんを大切にしてねって。私もそう思う」

 一慶さんは、しばらく目をパチパチさせていたがすぐに左右に走り出した。

 ハムスターがパニックを起こして走り回っているようにしか見えないけど、一慶さんはちゃんと私を思ってくれている一人の男性なんだなって改めて思う。

「えっと、一河がね。仲人さんとかうちの親をうまく言っておくって。あの、一慶さんはブレスレットしてないの?」

「あ、うん。俺は免除なんだよね。色々と」

 言葉を濁した後、『もう俺たちでカレー作るから、流伽は宿題でもしてていいよ』と椅子に座るのを促してくれた。

 でも座ったテーブルの上には、プロテインとかなぜかライトとかあとは……水着姿のグラビアの女性の雑誌と乱雑している。

「うわー! だれだ! こんなところにこんな不埒な雑誌を!」

「一慶さんです」

「一慶」

「一慶」

「ぬーわー。違うんだ。俺は、この雑誌のよくわからん日常コラムって連載が」

 ……一河、目の前の一慶さんはやはり、私の理想とはだいぶ、違う人なんじゃないかなって思います。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

心の声が聞こえる私は、婚約者から嫌われていることを知っている。

木山楽斗
恋愛
人の心の声が聞こえるカルミアは、婚約者が自分のことを嫌っていることを知っていた。 そんな婚約者といつまでも一緒にいるつもりはない。そう思っていたカルミアは、彼といつか婚約破棄すると決めていた。 ある時、カルミアは婚約者が浮気していることを心の声によって知った。 そこで、カルミアは、友人のロウィードに協力してもらい、浮気の証拠を集めて、婚約者に突きつけたのである。 こうして、カルミアは婚約破棄して、自分を嫌っている婚約者から解放されるのだった。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

処理中です...