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二、俺の話を聞けイエーイ

二、俺の話を聞けイエーイ ⑤

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なんだか急に寂しくなった。人口を増やさなきゃいけないこの時代で、恋愛できる自由は狭くて、反発するように恋愛結婚憧憬症候群が生まれたなんて。

「なんか、ナーバスになってきたからもう家に帰ろうかな」

 変な感じ。

 急にハムスターの一慶さんに会いたくなっちゃった。

「お見合い期間中は公欠扱いになっちゃうし、どんどん休んじゃえ」

一河は珍しく窘めるのではなく、背中を押してきてくれたのでお言葉に甘えて早退届を保健室に貰いに行った。

保険の先生は美人だし子どもも二人産んでるし、お見合い結婚。

担任だってそうだし、うちの両親も一河の家も。

じゃあ貴方たちは、お見合い相手を愛してるから結婚したの?

相性がいいと国からのお墨付きだから?

それとも莫大な補助金のために、愛はないの?

一人ひとりに聞いてみたいものだ。

きっと何十パーセントかは、補助金目当てや法律だからとか、そんな愛のない選択に違いない。

それが無性にもやもやして、今すぐ一慶さんに会いたくなった。

会って、心を通わせてみたいと、思った。

私はやはり、心から一慶さんを愛せなければ結婚はしたくなかったから。


その日、一慶さんにメールすると「今日は遅くなる」と悲し気な電話が来たので、じゃあ私がご飯を作るよって言うと、今すぐ鳥になりたいと言っていた。

鳥じゃなくて、ハムスターなんですけどね。現状では。

カレーが鍋一杯あったのに、もう少ししか入っていなかったので、お肉が好きそうだからカツカレーにしてお野菜とスープぐらいは作ろうかな。

揚げ物は、一慶さんが『一人でやらないで!』と必死で止めるのでスーパーで買ってくることにした。

スープはちょっとおしゃれな奴をつくってみようかな。

「えっと、お洒落、スープ、美味しいで検索ッと」

「ちょっとぉ。できないなら、そう言ってよね。私だって急には無理よ」

「わ」

携帯で検索しながらエレベーターに乗り込もうとしたら、パンツスーツ姿の綺麗な女性と赤ちゃん、そしてわたわたしているたぬき腹の男性が、中で言い争っていた。

「あらごめんなさいね」

「いえ、こちらこそすいません、携帯を見ていて」

と言いつつも、首を傾げてしまいそうになった。

ここ、最上階の25階なのに、どうしてこの三人家族はエレベーターの中にいたんだろう。

「ごめんなさいね。この人が4階のボタンを押し忘れて上まで上がってきちゃったの」

 四階は確か、子どもを預かってくれる施設や遊び場があったはず。

でもお見合いのリハビリ施設に結婚されている人がいるのは不思議だった。

「ねえ、このおじさん、何に見える? 人間? たぬき?」


「え、あの、人間です」

狸腹ではあるけど、優しそうな穏やかな旦那様に見える。

なのに女性は不服そうな顔をしている。

「お見合い結婚には不満はないはずなのに、なぜか子ども産んだ瞬間からこの人がたぬきにしか見えなくなったのよねえ。稀なケースらしいわよ、私たちみたいなの」

「恋愛結婚憧憬症候群なんですか!?」

 しかも結婚後に恋愛結婚に憧れちゃうケースなのか。

それは私も授業で習ったことがない。

「たぶんね。この人、できないことをできるって言っちゃうから。今だって子どもが寝ちゃったから階数ボタン代わりに押してって言ったのに忘れちゃうし。この子が生まれる時も「すぐ向かう」って言いながら、来たのは次の日。できないなら怒らないから、正直に言ってほしいわあ」

「お見合い中の高校生によさないか」

「……たぬきのくせに」

二人は結婚しているはずなのに、離れて立っていたし、空気がピリピリしていた。

子どもは旦那さんに似たおっとりしている可愛い女の子なのに。

「ごめんなさいね。お見合い、慎重にね」

「亜樹さん、申し訳ない。待って、ちゃんと話を――」

奥さんの後を必死で追いかける旦那さんが可哀そうに見えた。

エレベーターを降り、閉じるまでの間、ずっと二人を見ていたがちょっとだけ怖くなった。

愛が少しでも偽物だったら、子どもを産んだ後に恋愛結婚憧憬症候群が再発しちゃう可能性もあるんじゃないかなって。
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