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立崎 流伽の場合。

立崎 流伽の場合。⑩

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 助手席には一河の一番下の弟くんが幼稚園の制服のまま爆睡している。

「えっと……二人して恋愛結婚憧憬症候群でした」

 一河のお母さんは一度目のお見合いで結婚し、一河は兄と姉、そして妹と弟がいる五人兄弟。お見合い結婚の上に五人も生んで育てている一河の家は国からの補助金が多く、私の家より裕福だ。

そして一河の足は麻痺しているが、下半身麻痺ではなく左足だけ麻痺。つまり『生殖機能』はある。

ので、車いすや足の手術は、国が全て負担してくれている。

この先、一河は生活するうえで不便なことはない。

「あら。緊張しちゃったの。でも三回はデートするんだし気を落としちゃだめよー」

「恋愛結婚憧憬症候群があまりに重度の場合、リハビリテーションセンターもあるって言うんだけど、あ、おばさん」

「なにー?」

「花巻一慶って知ってる?」

 五人も育てて忙しかったおばさんが、彼のことを知っているのかと思ったら不思議だったけど、信号で車が止まるとおばさんは急にテンションを落とした。

「花巻……その苗字は知らないわね」

「やっぱり? うーん。誰だろー」

「一慶くんが、流伽ちゃんを指名したのね」


 おばさんは、眠っていた一河の弟の康河くんの額を撫でた。

「そうなの。指名されたんだけど、私ハムスターに見えちゃって」

 そういうと、おばさんはプッと吹き出し、またテンションを上げて笑顔になった。

「やだー。あんな高身長の男の子がハムスター?」

「え? おばさん、今、知らないって」

「花巻って苗字になっていたのは知らなかったの。でも、当時のことは貴方より知らないわ。流伽ちゃんが大声で泣いてくれたから、私たちは初めて彼の存在に気づいたの。貴方よりは彼を何も知らないのよ」

信号が青になって、おばさんはにこにこの笑顔で右折する。

それでもまた康河くんの頭を撫でて、愛し気に微笑みかけていた。

「流伽ちゃんは、きっと蓋をしちゃったのね。泣くほど怖かったのか泣くほどショックだったのか――泣くほど悲しかったのか。自分が壊れないように、過去に蓋をしちゃうのは人の防衛反応なのよ」

防衛反応。

だったらお見合い相手が動物に見えちゃうこの症状だって防衛反応なんじゃないの。

小さいころから私は人一倍臆病だったってことなのかな。

「一慶くんは、貴方を忘れていなかったってことは貴方との記憶が大切だってってことは、あの瞬間が一番、幸せだったのかもしれないわね」

「あの瞬間?」

「……流伽ちゃんと一慶くんは、お見合いを抜きにしても時間がかかるかもしれない。ハムスターに見えるなら軽症でしょ。ルームシェアするんだったら、絶対にするべきよ」

 流石、一河のおばさん。ルームシェアのシステムがあるのも知っていたんだね。

「……つまり私のお見合い相手は、自分で見つめて自分で輪郭を探し出さないと大人は教えてくれない。けれど時間がかかるってことか」

「当たり前だよー。結婚するのは俺たちなんだから。誰にも頼らず最後は自分たちで決めようよ。どんなふうに見えても」

 少し気の抜けた声で言うと、ため息を飲み込むように下を向く。

 一河もこのお見合いで、私たちには絶対に言わないけど心にダメージがあるんだ。

「おばさん、少女漫画とか見る?」

「見るわよー。おばさんの時代は、戦場に行く旦那さまと結婚した明治時代のお嬢さんたちの話が流行っていたわね」

「私は、昭和、平成時代の恋愛して結婚する話が好き。憧れちゃう」


 どうして私たちには法律が恋愛を阻むの。

 人口が八千万人を切った時点で、もっと子どもを育てる環境を整えばよかったのに。

 それに、今だって機械の発達で人口は減っても文明や社会はちゃんと回ってる。

「その昔、海外では一人っ子対策もしていたらしいわ。日本は真逆で、今のままでは百年後には三千万人になるんじゃないかって」

「……亜里沙先輩は」

 重い口を開けた一河は、車の窓に人差し指でぐるぐると円を書く。

「亜里沙先輩は、そうして人が減っていき最後の一人になれば解放されるのかしらって言ってたよ」

「ええええ。アダムとイブみたいに残るなら二人が良い!」

「でも人口が減ると、男女の比率も変わるって本当なのかなー」

話の話題はふわふわとどんどん確信から飛んでいき、離れていく。

皆、心のどこかで不満と不安を抱えているのに、法律が補助金で殴って殺していくんだ。

車の中で段々と無口になるころ、康河くんが目を覚まして『おやつたべたい』と第一声に行ったので少しだけ和んだ。
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