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立崎 流伽の場合。

立崎 流伽の場合。③

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 ゆっくりと体育館のドアが開いた。

 二面ある体育館の真ん中にネットが張られ、向こう側のコートでバスケ部が練習試合をしていた。

「指名できる人っていうのは、オリンピック候補生またはプロのスポーツ選手、または国から賞を授かったり名誉勲章があるもの、相手との深い縁がある子、などまあ国が許可下りれば指名できるかな」

「えっとつまり私の相手は?」

「貴方の相手は今並べた条件、全てクリアしてるかしら。学生プロレスで活躍して今年プロのプロレス団体に所属されたって言ってたわ」

「は、え!? プロレスラー!?」

「すっごくイケメンなのよ。細マッチョね。児童施設に寄付して政府から表彰されているし、貴方のことをずっと待ってお見合いを受けなかったの」

「待って待って、情報力が多すぎる! バスケ部じゃないの!?」

「いいえ。体育倉庫で筋トレしてるって言ってたわ。体を動かさないと落ち着かないんですって。貴方と会うのに緊張して、1日中走っていたらしいわ」

「ひいい」

 プロレスって16年間生きてきて、今まで一番馴染みのないスポーツじゃん。

 いや、スポーツなの? 鉄パイプとか折り畳みの椅子で殴ったりとか流血とか?

 乱暴で怖いイメージしかない。

 もしかして私の相手って、2メートルあって暴れ牛を一発で仕留めちゃうような筋肉マッチョの人?

 指名できるような地位があって、私に断る権利はあっても、お見合い自体は義務で……。

 仲人さんが体育倉庫のドアを開けている間、昨日読んだ少女漫画が走馬灯のように頭の中に浮かんだ。

 甘酸っぱくて体中がピリピリするような、恋愛がしたかった。

 好きで、好きで、どんな困難にも二人で立ち向かっていくような、そんなイケメンな人が良かった。

 ゆらゆらと視線が揺れて、理想の恋愛で心が押しつぶされそうになった。

「流伽。俺だよ、流伽」


「……ん?」

体育倉庫の中は、埃臭い。地面にマットが開いて置かれ、端には体育で使うボールやバレーの柱など並んで、折りたたんだマットもある。

 中央に置かれたマットはいったい?

 2メートルの相手は?

「あの、私の相手はどこでしょうか?」

 隠れる場所のない体育倉庫の中見渡すと、仲人さんは目を見開いた。

「マットの上でブリッジしてるじゃない」

「なんでブリッジしてるの?」

 指名した相手に、ブリッジしながら挨拶したの?

 訳も分からずマットを見ると、中央にちょこんと小さな生き物が見えた。

 お腹を見せてこちらを見上げている。

「……えええ」

 茶色いぶちのある、ハムスター。

 私の目の前には、つぶらな瞳の可愛いハムスターがお腹を見せて短い両手足でブリッジをしようともがいていた。

「ハムスター!?」

「ハムスター? 俺、似てるかな。ってか名前、覚えてる? 俺、花巻 一慶(いっけい)」

「は、ハムスターが喋った!」


 驚いて仲人さんの顔を見る。

すると額に皺をよせて、真っ赤な唇を指でなぞって考えていた。

「恋愛結婚憧憬症候群ね」

「れんあいけっこんどうけいしょうこうぐん……」

「恋愛結婚に夢を抱くあまり、お見合い相手という現実から逃れたいがために起こる、一種の集団ヒステリー的な現象」

「え……ええ?」

「まあ、ハムスターに見えるなら軽症ね。一時的に混乱してるのかもしれないわ。一慶くん」

 名前を呼ばれたハムスターは、マットの上で固まっていた。

 この現象知ってる。ハムスターって急にピタッと動かなくなる時があるんだよね。

 何をしても全く反応なくて、色々悪戯したら急に横に飛び上がったりするの。

「一慶くん?」

「……そんな」

 ハムスターが横にこてんと倒れて、私を見上げている。

「昨日、筋トレしてはお風呂に入り、筋トレしてはお風呂に入り、筋トレしつつお風呂に入り、流伽に会いたいがために都内の中心で愛を叫びつつ朝が来るまで走って、お風呂に入ったのに」
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