48 / 62
五 届け
五 届け 十一
しおりを挟む一時間は探しただろうか。
とっくに親子遠足は自由行動の時間になっている。
部長が楽しみにしていたお魚のショーも始まる時間だった。
また園に戻り、範囲を広げようと地図を覗き込んでいた時だった。
「あの、橘さん! みなみ先生っ!」
真っ青な明美先生が、服をぎゅっと掴みながら言う。
「私、聞きました。その聞いちゃいました! すいません!」
「?」
部長が髪をかき上げて、汗を拭きながらそれを見つめている。
「有沢さんが真くんに『みなみ先生とパパが結婚したら、弟も妹もお願いしたらダメだよ』って」
「は?」
「『良い子しか要らない』とかなんとか、何でそんな話になったのか分からなかったんですけど、……その、昨日届けに来た絵本が、神さまが赤ちゃんを届けに来る話で」
――何でそんな事を。
怒りで沸々と体温が上昇するのと同時に、益々真くんの心が心配だ。昨日、真面目で良い子な真くんはきっと傷ついたはずだ。
一昨日の産婦人科で出会した時に、私が不妊だって有沢さんは気づいたのだろう。
迂闊な私の行動にも苛々する。もっと人目に着かない遠い産婦人科を探すべきだった。
一辺に色々と頭の中に考えが過る。
優しい真くんが、
傷ついた真くんが、
楽しみな遠足を後回しにしてまで保育園に行きたい理由。
保育園にしかない物? 場所?
「――あ」
部長が具合が悪くなったあの日、神さまにお祈りしたあの時。
「部長! 教会です! 教会!」
「?」
「隣の教会を見てみましょう!」
部長の手を引っ張って、園庭から教会のドアを開く。
「教会には私が鍵を」
「でも居るかもしれないんです!」
園長先生の言葉も降りきると、教会へと部長を引っ張りながら急ぐ。
どうか。
――どうか。
真くんが居ますように。
晴れ渡る青い空。
長閑で木漏れ日が溢れる小さな森の小さな教会。
足元にある小さな窓が開いていた。
その開いた窓に、私も体を押し込む。
教会のマリア様の像の下、パジャマ姿で踞る真くんの姿が見えた。
――いた!!
「かみさま、ぼくはみなみせんせいとぱぱがなかよしなら、いもうとも、おとうとも、いりません」
ステンドグラスから流れ落ちる淡い光を浴びながら、真くんは必死でお祈りをしていた。
「……ほんとうはちょっとだけいもうとがほしいけど、でもじーじもばーばも、おともだちもいるからいりません。
だから、みなみせんせいのおなかのびょうき、なおしてください」
「真くん……」
大好きなパパとの遠足より、神さまにお祈りしに来てくれたんだ……。
真くんの優しい気持ちに涙がじわっと広がる。
優しくて、お日様みたいに胸をぽかぽか暖めてくれる。
「かみさまも、いいたくないのにいっちゃうこと、あるよ。まちがえちゃうこともある。まちがえはためいきにだして、むしゃむしゃたべちゃうんだ。ぼく、かわりにたべてあげるよ」
「……真くんっ!」
「真っ!!」
私と部長は、ほぼ同時に飛び出すと真くんを抱き締めた。
子どもに心配させて恥ずかしい。
嬉しいけど、胸が痛い。
「探したんだよ。みんな探したんだから」
「一人で出掛けるな! 馬鹿っ」
「怪我はない? 迷わずに来れたの?」
「くっそ。お前、祈ってる場合じゃないだろーが!」
「みなみせんせい、ぱぱ、苦しいよっ 何で泣いてるの?」
真くんのほっぺにぎゅーぎゅー抱きつくと、真くんは苦しそうに声をあげる。
大事件になった事、気づいてないんだ。
真くんの優しい気持ち……嬉しいけど、大事になったのは私のせいだ。
私と部長が真くんをぎゅうぎゅう抱き締めていると、園長先生が教会の鍵を開けた。
明美先生も教会を覗き込みホッと胸を撫で下ろしている。
「明美先生は主任に電話を、私は警察に連絡するから」
てきぱきと園長先生が対応してくれて、やっと心が軽くなる。
「真、神さまに嘘ついたら駄目だぞ?」
「うそついてないよ。ぼく、ぱぱとみなみせんせいすきだもん」
「――本当の願いも、言え。お前が願ったのは俺とみなみの事だけだ。自分は我慢するからと願っただろ?」
「うん。……うん」
部長が自分の額を真くんの額に当てる。
部長の体温を感じながら、真くんはうんうんと頷きながら涙を溢していく。
「ぱぱとはなれるの、まいかいまいかいさびしいの。いもうとといっしょにねむってみたいの」
「うん」
「ま、ままにぎゅっとだっこしてほし……っ」
うわぁぁぁぁん
全部言い終わる前に、真くんはとうとう泣き出した。
いつもお利口で、真面目で良い子だった真くんが、やっと本音を吐き出せた。
「一個一個になるけど、叶えていこうな。真」
「うん。あっ、えほんやさんもやさしいこころになりますように」
鼻水をずずっと吸い上げながら、真くんは最後まで優しく純粋だ。
私が躊躇していた願いまで、代わりに願ってくれたんだから。
「みなみ」
部長は真くんを肩車すると立ち上がる。
「はい……?」
「今から警察や園長やら水族館にいる先生たちにお詫びした後、遠足行ってくる」
「分かり、ました……」
「――ありがとな」
何か言いたげに唇を震わせたかと思うと、すぐに視線を反らす。
そして頭をポンポン叩くと、ゆっくり真くんと話ながら教会から出ていく。
神さま、どうか。
神さま、お願い。
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
【完結】亡き冷遇妃がのこしたもの〜王の後悔〜
なか
恋愛
「セレリナ妃が、自死されました」
静寂をかき消す、衛兵の報告。
瞬間、周囲の視線がたった一人に注がれる。
コリウス王国の国王––レオン・コリウス。
彼は正妃セレリナの死を告げる報告に、ただ一言呟く。
「構わん」……と。
周囲から突き刺さるような睨みを受けても、彼は気にしない。
これは……彼が望んだ結末であるからだ。
しかし彼は知らない。
この日を境にセレリナが残したものを知り、後悔に苛まれていくことを。
王妃セレリナ。
彼女に消えて欲しかったのは……
いったい誰か?
◇◇◇
序盤はシリアスです。
楽しんでいただけるとうれしいです。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【完結】王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは要らないですか?
曽根原ツタ
恋愛
「クラウス様、あなたのことがお嫌いなんですって」
エルヴィアナと婚約者クラウスの仲はうまくいっていない。
最近、王女が一緒にいるのをよく見かけるようになったと思えば、とあるパーティーで王女から婚約者の本音を告げ口され、別れを決意する。更に、彼女とクラウスは想い合っているとか。
(王女様がお好きなら、邪魔者のわたしは身を引くとしましょう。クラウス様)
しかし。破局寸前で想定外の事件が起き、エルヴィアナのことが嫌いなはずの彼の態度が豹変して……?
小説家になろう様でも更新中
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
【完結】いてもいなくてもいい妻のようですので 妻の座を返上いたします!
ユユ
恋愛
夫とは卒業と同時に婚姻、
1年以内に妊娠そして出産。
跡継ぎを産んで女主人以上の
役割を果たしていたし、
円満だと思っていた。
夫の本音を聞くまでは。
そして息子が他人に思えた。
いてもいなくてもいい存在?萎んだ花?
分かりました。どうぞ若い妻をお迎えください。
* 作り話です
* 完結保証付き
* 暇つぶしにどうぞ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる