神様のうそ、食べた。

篠原愛紀

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五  届け

五  届け 十一

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一時間は探しただろうか。

とっくに親子遠足は自由行動の時間になっている。
部長が楽しみにしていたお魚のショーも始まる時間だった。

また園に戻り、範囲を広げようと地図を覗き込んでいた時だった。



「あの、橘さん! みなみ先生っ!」

真っ青な明美先生が、服をぎゅっと掴みながら言う。



「私、聞きました。その聞いちゃいました! すいません!」


「?」

部長が髪をかき上げて、汗を拭きながらそれを見つめている。






「有沢さんが真くんに『みなみ先生とパパが結婚したら、弟も妹もお願いしたらダメだよ』って」

「は?」


「『良い子しか要らない』とかなんとか、何でそんな話になったのか分からなかったんですけど、……その、昨日届けに来た絵本が、神さまが赤ちゃんを届けに来る話で」


――何でそんな事を。

怒りで沸々と体温が上昇するのと同時に、益々真くんの心が心配だ。昨日、真面目で良い子な真くんはきっと傷ついたはずだ。


一昨日の産婦人科で出会した時に、私が不妊だって有沢さんは気づいたのだろう。


迂闊な私の行動にも苛々する。もっと人目に着かない遠い産婦人科を探すべきだった。
一辺に色々と頭の中に考えが過る。


優しい真くんが、
傷ついた真くんが、



楽しみな遠足を後回しにしてまで保育園に行きたい理由。



保育園にしかない物? 場所?




「――あ」



部長が具合が悪くなったあの日、神さまにお祈りしたあの時。





「部長! 教会です! 教会!」


「?」


「隣の教会を見てみましょう!」

部長の手を引っ張って、園庭から教会のドアを開く。




「教会には私が鍵を」

「でも居るかもしれないんです!」

園長先生の言葉も降りきると、教会へと部長を引っ張りながら急ぐ。



どうか。

――どうか。



真くんが居ますように。







晴れ渡る青い空。


長閑で木漏れ日が溢れる小さな森の小さな教会。



足元にある小さな窓が開いていた。

その開いた窓に、私も体を押し込む。







教会のマリア様の像の下、パジャマ姿で踞る真くんの姿が見えた。





――いた!!
「かみさま、ぼくはみなみせんせいとぱぱがなかよしなら、いもうとも、おとうとも、いりません」


ステンドグラスから流れ落ちる淡い光を浴びながら、真くんは必死でお祈りをしていた。



「……ほんとうはちょっとだけいもうとがほしいけど、でもじーじもばーばも、おともだちもいるからいりません。


だから、みなみせんせいのおなかのびょうき、なおしてください」



「真くん……」




大好きなパパとの遠足より、神さまにお祈りしに来てくれたんだ……。


真くんの優しい気持ちに涙がじわっと広がる。



優しくて、お日様みたいに胸をぽかぽか暖めてくれる。



「かみさまも、いいたくないのにいっちゃうこと、あるよ。まちがえちゃうこともある。まちがえはためいきにだして、むしゃむしゃたべちゃうんだ。ぼく、かわりにたべてあげるよ」


「……真くんっ!」

「真っ!!」


私と部長は、ほぼ同時に飛び出すと真くんを抱き締めた。



子どもに心配させて恥ずかしい。



嬉しいけど、胸が痛い。
「探したんだよ。みんな探したんだから」


「一人で出掛けるな! 馬鹿っ」


「怪我はない? 迷わずに来れたの?」


「くっそ。お前、祈ってる場合じゃないだろーが!」




「みなみせんせい、ぱぱ、苦しいよっ 何で泣いてるの?」


真くんのほっぺにぎゅーぎゅー抱きつくと、真くんは苦しそうに声をあげる。

大事件になった事、気づいてないんだ。

真くんの優しい気持ち……嬉しいけど、大事になったのは私のせいだ。



私と部長が真くんをぎゅうぎゅう抱き締めていると、園長先生が教会の鍵を開けた。


明美先生も教会を覗き込みホッと胸を撫で下ろしている。



「明美先生は主任に電話を、私は警察に連絡するから」


てきぱきと園長先生が対応してくれて、やっと心が軽くなる。


「真、神さまに嘘ついたら駄目だぞ?」

「うそついてないよ。ぼく、ぱぱとみなみせんせいすきだもん」



「――本当の願いも、言え。お前が願ったのは俺とみなみの事だけだ。自分は我慢するからと願っただろ?」



「うん。……うん」



部長が自分の額を真くんの額に当てる。

部長の体温を感じながら、真くんはうんうんと頷きながら涙を溢していく。



「ぱぱとはなれるの、まいかいまいかいさびしいの。いもうとといっしょにねむってみたいの」



「うん」




「ま、ままにぎゅっとだっこしてほし……っ」


うわぁぁぁぁん


全部言い終わる前に、真くんはとうとう泣き出した。

いつもお利口で、真面目で良い子だった真くんが、やっと本音を吐き出せた。




「一個一個になるけど、叶えていこうな。真」


「うん。あっ、えほんやさんもやさしいこころになりますように」


鼻水をずずっと吸い上げながら、真くんは最後まで優しく純粋だ。




私が躊躇していた願いまで、代わりに願ってくれたんだから。





「みなみ」




部長は真くんを肩車すると立ち上がる。



「はい……?」


「今から警察や園長やら水族館にいる先生たちにお詫びした後、遠足行ってくる」


「分かり、ました……」


「――ありがとな」


何か言いたげに唇を震わせたかと思うと、すぐに視線を反らす。

そして頭をポンポン叩くと、ゆっくり真くんと話ながら教会から出ていく。






神さま、どうか。


神さま、お願い。
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