62 / 62
【番外編】 あの夜のこと
【番外編】 あの夜のこと ③
しおりを挟む
お義母さんと厚一さんが見えなくなるとプツンと緊張の糸が切れて、侑哉の首にしがみついて泣いた。
やっとお義母さんの言葉が私の胸を切り刻んでいく。
わーわーと子どもみたいに泣く私を抱き抱えて、私のアパートまで侑哉は黙って歩く。
すれ違う人たちが振り返る。
泣きわめく私と、穏やかに笑う侑哉。
端からみれば恋人に見えるのかな。
部屋の鍵をあけて、部屋の明かりをつけようとする侑哉の手を止めた。
「私なんか見ないで!」
「姉ちゃん……」
「こんな私、見ないで見ないで……見ないでよお……」
侑哉から逃げると、ベットに飛び乗って布団にくるまって隠れる。
真っ暗な部屋で、夜に溶け込みたくて。
……消えてしまいたかった。
「女の価値なんて……私には無いんだから! 欠陥品なんだから!」
うっうっと鼻水をすすりながら泣く。
声が枯れるまで。
「姉ちゃんは、綺麗だよ」
靴を脱ぎ捨てて侑哉が部屋に入ってくる。真っ暗な部屋で、侑哉は静かに、けれど確かな存在感で此方に向かってくる。
「みなみは、綺麗だよ」
私の名前を呼んだ。
そのままベットの前に膝を着き、私の足を掴み、ミュールを恭しく脱がせてくれた。
「――綺麗だよ、みなみ」
名前一つで、私の心臓を掴む。
「欠陥品なんて言うなよ」
掴んだ足に口付けた。
その手をゆっくり滑らせて、太股まで撫で上げる。
「侑哉……」
「抱き締めていい?」
私の返事を聞く前に、布団を剥がし抱き締めてくれた。
私を抱っこして歩いてきた侑哉からは、汗の匂いとお日様みたいな温かい匂いがする。
私も恐る恐るその背中に手を回す。
「あ、」
侑哉は一度私から離れると、乱暴にTシャツを脱ぐ。
薄暗い部屋でも、がっしりして筋肉質な侑哉の上半身が浮かび上がり、緊張してしまう。
「触るから」
ちょっと裏返った声で侑哉は私をまた抱き締める。
「……んっ」
侑哉の手は大きくて、私の胸なんて簡単に包み込む。
甘い声は、越えてはいけない壁を守る為に必死で我慢する。
舌も指も、温もりも。
暖かくて。
辿々しく慣れてない手つきが愛しくて涙が溢れる。
「欠陥品じゃないよ。俺だってこんなに反応しちゃってる」
そう太股に触れたものは、ジーンズの上からでも硬くなっているのが分かる。
優しい手つきで、侑哉は私を『女』だと思い出させてくれる。
その行為は甘いのに、触れられない唇は苦くて苦しい。
一つになってしまいたいと思った。
お日様みたいな侑哉に包んで貰いたいって思った。
甘く溶けて、包み込まれて、ずーと離れたくないって思った。
否定された部分が、パズルみたいに填まっていく。
でも、もう恋なんてしたくない。
あんな風に私をお荷物のように、面倒なように、扱われるならば。
――侑哉だけいてくれたら良い。
男の人が怖くなって強張る私の身体に侑哉は気づいてくれる。
だから最後まではしない。
侑哉がいい。
侑哉の温もりがいい。
恋情や愛情でたぎる事もない。
離れる事もない、安心する温もり。
神様。
あの夜は優しい時間をありがとう。
そう思えるぐらい嫌な気持ちはぽろぽろと剥がれ落ちていった。
朝、起きると侑哉の姿はどこにも無くて、マナーモードに切り替わっていた携帯が、点滅して存在を知らせているだけだった。
私にもきちんと服を着せてくれたらしい、昨日が夢であるかのように、侑哉の居た痕跡は何も残っていなくて。
その夢のような時間を、たった一通のメールが繋ぎ止めてくれる。
『大分に帰って来てよ。遠いと守れないじゃん』
――大分に帰ろう。
ここにはあまりに思い出が詰まりすぎている。
昨日の夜のことも。
……あれ以上先には進んだらダメ。
引き返せなくなる。
あの感情にも触れないで、大分でゆっくり過ごしたい。それは、まだ、
神様の嘘をむしゃむしゃ食べてくれる大切な人に出会う前の。
夢のようなあの夜のこと。
やっとお義母さんの言葉が私の胸を切り刻んでいく。
わーわーと子どもみたいに泣く私を抱き抱えて、私のアパートまで侑哉は黙って歩く。
すれ違う人たちが振り返る。
泣きわめく私と、穏やかに笑う侑哉。
端からみれば恋人に見えるのかな。
部屋の鍵をあけて、部屋の明かりをつけようとする侑哉の手を止めた。
「私なんか見ないで!」
「姉ちゃん……」
「こんな私、見ないで見ないで……見ないでよお……」
侑哉から逃げると、ベットに飛び乗って布団にくるまって隠れる。
真っ暗な部屋で、夜に溶け込みたくて。
……消えてしまいたかった。
「女の価値なんて……私には無いんだから! 欠陥品なんだから!」
うっうっと鼻水をすすりながら泣く。
声が枯れるまで。
「姉ちゃんは、綺麗だよ」
靴を脱ぎ捨てて侑哉が部屋に入ってくる。真っ暗な部屋で、侑哉は静かに、けれど確かな存在感で此方に向かってくる。
「みなみは、綺麗だよ」
私の名前を呼んだ。
そのままベットの前に膝を着き、私の足を掴み、ミュールを恭しく脱がせてくれた。
「――綺麗だよ、みなみ」
名前一つで、私の心臓を掴む。
「欠陥品なんて言うなよ」
掴んだ足に口付けた。
その手をゆっくり滑らせて、太股まで撫で上げる。
「侑哉……」
「抱き締めていい?」
私の返事を聞く前に、布団を剥がし抱き締めてくれた。
私を抱っこして歩いてきた侑哉からは、汗の匂いとお日様みたいな温かい匂いがする。
私も恐る恐るその背中に手を回す。
「あ、」
侑哉は一度私から離れると、乱暴にTシャツを脱ぐ。
薄暗い部屋でも、がっしりして筋肉質な侑哉の上半身が浮かび上がり、緊張してしまう。
「触るから」
ちょっと裏返った声で侑哉は私をまた抱き締める。
「……んっ」
侑哉の手は大きくて、私の胸なんて簡単に包み込む。
甘い声は、越えてはいけない壁を守る為に必死で我慢する。
舌も指も、温もりも。
暖かくて。
辿々しく慣れてない手つきが愛しくて涙が溢れる。
「欠陥品じゃないよ。俺だってこんなに反応しちゃってる」
そう太股に触れたものは、ジーンズの上からでも硬くなっているのが分かる。
優しい手つきで、侑哉は私を『女』だと思い出させてくれる。
その行為は甘いのに、触れられない唇は苦くて苦しい。
一つになってしまいたいと思った。
お日様みたいな侑哉に包んで貰いたいって思った。
甘く溶けて、包み込まれて、ずーと離れたくないって思った。
否定された部分が、パズルみたいに填まっていく。
でも、もう恋なんてしたくない。
あんな風に私をお荷物のように、面倒なように、扱われるならば。
――侑哉だけいてくれたら良い。
男の人が怖くなって強張る私の身体に侑哉は気づいてくれる。
だから最後まではしない。
侑哉がいい。
侑哉の温もりがいい。
恋情や愛情でたぎる事もない。
離れる事もない、安心する温もり。
神様。
あの夜は優しい時間をありがとう。
そう思えるぐらい嫌な気持ちはぽろぽろと剥がれ落ちていった。
朝、起きると侑哉の姿はどこにも無くて、マナーモードに切り替わっていた携帯が、点滅して存在を知らせているだけだった。
私にもきちんと服を着せてくれたらしい、昨日が夢であるかのように、侑哉の居た痕跡は何も残っていなくて。
その夢のような時間を、たった一通のメールが繋ぎ止めてくれる。
『大分に帰って来てよ。遠いと守れないじゃん』
――大分に帰ろう。
ここにはあまりに思い出が詰まりすぎている。
昨日の夜のことも。
……あれ以上先には進んだらダメ。
引き返せなくなる。
あの感情にも触れないで、大分でゆっくり過ごしたい。それは、まだ、
神様の嘘をむしゃむしゃ食べてくれる大切な人に出会う前の。
夢のようなあの夜のこと。
0
お気に入りに追加
61
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
真実の愛がどうなろうと関係ありません。
希猫 ゆうみ
恋愛
伯爵令息サディアスはメイドのリディと恋に落ちた。
婚約者であった伯爵令嬢フェルネは無残にも婚約を解消されてしまう。
「僕はリディと真実の愛を貫く。誰にも邪魔はさせない!」
サディアスの両親エヴァンズ伯爵夫妻は激怒し、息子を勘当、追放する。
それもそのはずで、フェルネは王家の血を引く名門貴族パートランド伯爵家の一人娘だった。
サディアスからの一方的な婚約解消は決して許されない裏切りだったのだ。
一ヶ月後、愛を信じないフェルネに新たな求婚者が現れる。
若きバラクロフ侯爵レジナルド。
「あら、あなたも真実の愛を実らせようって仰いますの?」
フェルネの曾祖母シャーリンとレジナルドの祖父アルフォンス卿には悲恋の歴史がある。
「子孫の我々が結婚しようと関係ない。聡明な妻が欲しいだけだ」
互いに塩対応だったはずが、気づくとクーデレ夫婦になっていたフェルネとレジナルド。
その頃、真実の愛を貫いたはずのサディアスは……
(予定より長くなってしまった為、完結に伴い短編→長編に変更しました)
お飾り公爵夫人の憂鬱
初瀬 叶
恋愛
空は澄み渡った雲1つない快晴。まるで今の私の心のようだわ。空を見上げた私はそう思った。
私の名前はステラ。ステラ・オーネット。夫の名前はディーン・オーネット……いえ、夫だった?と言った方が良いのかしら?だって、その夫だった人はたった今、私の足元に埋葬されようとしているのだから。
やっと!やっと私は自由よ!叫び出したい気分をグッと堪え、私は沈痛な面持ちで、黒い棺を見つめた。
そう自由……自由になるはずだったのに……
※ 中世ヨーロッパ風ですが、私の頭の中の架空の異世界のお話です
※相変わらずのゆるふわ設定です。細かい事は気にしないよ!という読者の方向けかもしれません
※直接的な描写はありませんが、性的な表現が出てくる可能性があります
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる