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【番外編】 あの夜のこと
【番外編】 あの夜のこと ③
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お義母さんと厚一さんが見えなくなるとプツンと緊張の糸が切れて、侑哉の首にしがみついて泣いた。
やっとお義母さんの言葉が私の胸を切り刻んでいく。
わーわーと子どもみたいに泣く私を抱き抱えて、私のアパートまで侑哉は黙って歩く。
すれ違う人たちが振り返る。
泣きわめく私と、穏やかに笑う侑哉。
端からみれば恋人に見えるのかな。
部屋の鍵をあけて、部屋の明かりをつけようとする侑哉の手を止めた。
「私なんか見ないで!」
「姉ちゃん……」
「こんな私、見ないで見ないで……見ないでよお……」
侑哉から逃げると、ベットに飛び乗って布団にくるまって隠れる。
真っ暗な部屋で、夜に溶け込みたくて。
……消えてしまいたかった。
「女の価値なんて……私には無いんだから! 欠陥品なんだから!」
うっうっと鼻水をすすりながら泣く。
声が枯れるまで。
「姉ちゃんは、綺麗だよ」
靴を脱ぎ捨てて侑哉が部屋に入ってくる。真っ暗な部屋で、侑哉は静かに、けれど確かな存在感で此方に向かってくる。
「みなみは、綺麗だよ」
私の名前を呼んだ。
そのままベットの前に膝を着き、私の足を掴み、ミュールを恭しく脱がせてくれた。
「――綺麗だよ、みなみ」
名前一つで、私の心臓を掴む。
「欠陥品なんて言うなよ」
掴んだ足に口付けた。
その手をゆっくり滑らせて、太股まで撫で上げる。
「侑哉……」
「抱き締めていい?」
私の返事を聞く前に、布団を剥がし抱き締めてくれた。
私を抱っこして歩いてきた侑哉からは、汗の匂いとお日様みたいな温かい匂いがする。
私も恐る恐るその背中に手を回す。
「あ、」
侑哉は一度私から離れると、乱暴にTシャツを脱ぐ。
薄暗い部屋でも、がっしりして筋肉質な侑哉の上半身が浮かび上がり、緊張してしまう。
「触るから」
ちょっと裏返った声で侑哉は私をまた抱き締める。
「……んっ」
侑哉の手は大きくて、私の胸なんて簡単に包み込む。
甘い声は、越えてはいけない壁を守る為に必死で我慢する。
舌も指も、温もりも。
暖かくて。
辿々しく慣れてない手つきが愛しくて涙が溢れる。
「欠陥品じゃないよ。俺だってこんなに反応しちゃってる」
そう太股に触れたものは、ジーンズの上からでも硬くなっているのが分かる。
優しい手つきで、侑哉は私を『女』だと思い出させてくれる。
その行為は甘いのに、触れられない唇は苦くて苦しい。
一つになってしまいたいと思った。
お日様みたいな侑哉に包んで貰いたいって思った。
甘く溶けて、包み込まれて、ずーと離れたくないって思った。
否定された部分が、パズルみたいに填まっていく。
でも、もう恋なんてしたくない。
あんな風に私をお荷物のように、面倒なように、扱われるならば。
――侑哉だけいてくれたら良い。
男の人が怖くなって強張る私の身体に侑哉は気づいてくれる。
だから最後まではしない。
侑哉がいい。
侑哉の温もりがいい。
恋情や愛情でたぎる事もない。
離れる事もない、安心する温もり。
神様。
あの夜は優しい時間をありがとう。
そう思えるぐらい嫌な気持ちはぽろぽろと剥がれ落ちていった。
朝、起きると侑哉の姿はどこにも無くて、マナーモードに切り替わっていた携帯が、点滅して存在を知らせているだけだった。
私にもきちんと服を着せてくれたらしい、昨日が夢であるかのように、侑哉の居た痕跡は何も残っていなくて。
その夢のような時間を、たった一通のメールが繋ぎ止めてくれる。
『大分に帰って来てよ。遠いと守れないじゃん』
――大分に帰ろう。
ここにはあまりに思い出が詰まりすぎている。
昨日の夜のことも。
……あれ以上先には進んだらダメ。
引き返せなくなる。
あの感情にも触れないで、大分でゆっくり過ごしたい。それは、まだ、
神様の嘘をむしゃむしゃ食べてくれる大切な人に出会う前の。
夢のようなあの夜のこと。
やっとお義母さんの言葉が私の胸を切り刻んでいく。
わーわーと子どもみたいに泣く私を抱き抱えて、私のアパートまで侑哉は黙って歩く。
すれ違う人たちが振り返る。
泣きわめく私と、穏やかに笑う侑哉。
端からみれば恋人に見えるのかな。
部屋の鍵をあけて、部屋の明かりをつけようとする侑哉の手を止めた。
「私なんか見ないで!」
「姉ちゃん……」
「こんな私、見ないで見ないで……見ないでよお……」
侑哉から逃げると、ベットに飛び乗って布団にくるまって隠れる。
真っ暗な部屋で、夜に溶け込みたくて。
……消えてしまいたかった。
「女の価値なんて……私には無いんだから! 欠陥品なんだから!」
うっうっと鼻水をすすりながら泣く。
声が枯れるまで。
「姉ちゃんは、綺麗だよ」
靴を脱ぎ捨てて侑哉が部屋に入ってくる。真っ暗な部屋で、侑哉は静かに、けれど確かな存在感で此方に向かってくる。
「みなみは、綺麗だよ」
私の名前を呼んだ。
そのままベットの前に膝を着き、私の足を掴み、ミュールを恭しく脱がせてくれた。
「――綺麗だよ、みなみ」
名前一つで、私の心臓を掴む。
「欠陥品なんて言うなよ」
掴んだ足に口付けた。
その手をゆっくり滑らせて、太股まで撫で上げる。
「侑哉……」
「抱き締めていい?」
私の返事を聞く前に、布団を剥がし抱き締めてくれた。
私を抱っこして歩いてきた侑哉からは、汗の匂いとお日様みたいな温かい匂いがする。
私も恐る恐るその背中に手を回す。
「あ、」
侑哉は一度私から離れると、乱暴にTシャツを脱ぐ。
薄暗い部屋でも、がっしりして筋肉質な侑哉の上半身が浮かび上がり、緊張してしまう。
「触るから」
ちょっと裏返った声で侑哉は私をまた抱き締める。
「……んっ」
侑哉の手は大きくて、私の胸なんて簡単に包み込む。
甘い声は、越えてはいけない壁を守る為に必死で我慢する。
舌も指も、温もりも。
暖かくて。
辿々しく慣れてない手つきが愛しくて涙が溢れる。
「欠陥品じゃないよ。俺だってこんなに反応しちゃってる」
そう太股に触れたものは、ジーンズの上からでも硬くなっているのが分かる。
優しい手つきで、侑哉は私を『女』だと思い出させてくれる。
その行為は甘いのに、触れられない唇は苦くて苦しい。
一つになってしまいたいと思った。
お日様みたいな侑哉に包んで貰いたいって思った。
甘く溶けて、包み込まれて、ずーと離れたくないって思った。
否定された部分が、パズルみたいに填まっていく。
でも、もう恋なんてしたくない。
あんな風に私をお荷物のように、面倒なように、扱われるならば。
――侑哉だけいてくれたら良い。
男の人が怖くなって強張る私の身体に侑哉は気づいてくれる。
だから最後まではしない。
侑哉がいい。
侑哉の温もりがいい。
恋情や愛情でたぎる事もない。
離れる事もない、安心する温もり。
神様。
あの夜は優しい時間をありがとう。
そう思えるぐらい嫌な気持ちはぽろぽろと剥がれ落ちていった。
朝、起きると侑哉の姿はどこにも無くて、マナーモードに切り替わっていた携帯が、点滅して存在を知らせているだけだった。
私にもきちんと服を着せてくれたらしい、昨日が夢であるかのように、侑哉の居た痕跡は何も残っていなくて。
その夢のような時間を、たった一通のメールが繋ぎ止めてくれる。
『大分に帰って来てよ。遠いと守れないじゃん』
――大分に帰ろう。
ここにはあまりに思い出が詰まりすぎている。
昨日の夜のことも。
……あれ以上先には進んだらダメ。
引き返せなくなる。
あの感情にも触れないで、大分でゆっくり過ごしたい。それは、まだ、
神様の嘘をむしゃむしゃ食べてくれる大切な人に出会う前の。
夢のようなあの夜のこと。
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