神様のうそ、食べた。

篠原愛紀

文字の大きさ
上 下
52 / 62
六  別府⇔小倉

六  別府⇔小倉 四

しおりを挟む
別府駅~。別府駅~。



アナウンスが流れ扉が開いた瞬間、覚悟して立ち上がり、駅のホームを見つめた。




数人が降りていき、乗り込む人たち。


どこに居るのか分からずにキョロキョロ探す。

一度ホームへ降りてみたけど、最終のためかベンチにすら人は居ない。
ホームにギリギリまで立っていたが、出発のアナウンスが流れ出したので急いで電車に飛び乗る。

ゆっくりドアが閉じられ、電車は加速していく。





なんか不安になってくる。


部長が居ないんじゃないかなって。



緊張してきた。口から心臓が飛び出しそうな。


上手く歩けない足で一号車から乗り込んで順番に中を確認していく。



スーツで最初に来た気がするからスーツかな?


そう思って歩いていくけど、全然部長が見つからない。

指定席は居なかった。自由席にも居ない。


いや、部長は煙草吸うから喫煙できる最終車両だよね?


そう思い最終車両へ向かう。



居て。

お願い、部長。


――居て。
けど、一番最後の車両にも、部長の姿は無かった。





終電まで私を待ってるって言ったのに。






どこにも部長の姿が無かった。
気づいたら窓を見ながらただただ涙を流していた。



何度か長いトンネルを潜り抜け、呆然としていたけれど手の甲で涙を拭く。


部長は電話は取らないって言ってた。


何か理由があって最終まで残れなかったのかもしれないし、


もしかしたら、部長は真くんの願いを聞いて、私じゃ真くんを幸せにできないと思ったのかもしれない。



聞くのは怖いけど、でも。



――気持ちだけは伝えたい。



部長のおかげで侑哉を傷つけずに済んだ。
部長のおかげでまた頑張ろうって一歩踏み出せた。



もしフラれても、良い。


迷惑でも気持ちだけは伝えたい。


ありがとうございますって。


それだけで前を歩き始めよう。


部長には感謝の気持ちしかない、から。


電車に揺れながら、気持ちを落ち着かせる。

小倉に着いたら微かな記憶を頼りに部長の家に行こう。


こんな気持ちのままお別れなんて後悔だけしか残らないから。






タンッ


勢いよく電車から降りると、エスカレーターを急いで駆け上がる。

パラパラと疎らに改札口から出ていく人たちの中をすり抜けて、タクシー乗り場へと走る。




数ヵ月ぶりの小倉駅は何も変わらない。


キラキラとネオンが輝き、仕事帰りの人や飲み会のはしご中の人などでざわめき賑やかだ。



部長のマンションは一緒にタクシーで帰る際に、二度先に降りた事があったから微かに覚えている。


そう思って、タクシーに乗り込もうとした時だった。











「みなみ」


タクシー乗り場の少し手前。



迎えに来た人を待つロータリーに、黒のAudiが停まっている。


車に凭れて 煙草を吸いながら、その人は穏やかに私の名前を呼ぶ。

「やっべ、やっぱ運命なんじゃねーの?」



「ぶ、ちょう……?」



「みなみなら追ってきてくれるかなって思った」


そう部長は甘く笑うと、吸い始めたばかりだろう煙草を揉み消す。



「終電に乗ってないのに諦めずに追ってきたんだろう?」
「何で……」

何で部長、ここにいるの?

最終に乗ってなかったのに。



「逃げないか試したって言ったら怒る?」


「ばっ」

じわっと滲む涙は言葉を奪っていく。

私がどれだけ不安だったのか、全然分かってない!




「ぶ、部長なんて嫌いです!!!」


そう叫ぶと、タクシー乗り場の係の人や歩いている人が振り返る。

注目されてるのは分かったけど、でも、もう人目なんて気にしていられない。





「あっそ。――俺は好き」




しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

拝啓、婚約者さま

松本雀
恋愛
――静かな藤棚の令嬢ウィステリア。 婚約破棄を告げられた令嬢は、静かに「そう」と答えるだけだった。その冷静な一言が、後に彼の心を深く抉ることになるとも知らずに。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

真実の愛の言い分

豆狸
恋愛
「仕方がないだろう。私とリューゲは真実の愛なのだ。幼いころから想い合って来た。そこに割り込んできたのは君だろう!」 私と殿下の結婚式を半年後に控えた時期におっしゃることではありませんわね。

私の知らぬ間に

豆狸
恋愛
私は激しい勢いで学園の壁に叩きつけられた。 背中が痛い。 私は死ぬのかしら。死んだら彼に会えるのかしら。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...