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五 届け
五 届け 二
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産婦人科は、とってもオシャレな建物だった。
すぐ目の前にバス停もあるから通いやすそうな。
前に彼に連れて行かれた、学校の保健室みたいな小さく簡素で地味な産婦人科ではなく、煉瓦作りのアンティーク調のレストランみたいな内装。
無人ピアノがショパンを奏でるのをBGMに、絵画や花が飾られ、ガラス張りのテーブルには育児系の雑誌が並べて置かれている。
ふかふかのクッションソファに座ると、ゆったりと沈み、周りのソファは視界入らなくなる。
受付の人から渡された用紙に記入しながら、手が緊張から汗ばんで用紙が少し湿ってしまった。
人は二人いるだけだったが、なかなか呼ばれなかった。
ふらりと廊下にある浄水器を紙コップで注いで飲む。
宮本先生が入っていった建物の方には、子どもを預かる部屋が見える。
子どもが持っている色鉛筆やシールや絵本が、私が働いていた光の森社のものだったのが見えて、ちょっとだけ緊張が和らいだ。
いいなって思う。
行きの車で見せてもらったお腹のエコー写真。
指や丸まった体、目をつぶる小さな顔。
あの小さな命がお腹に宿るのってどんな気分なんだろうか。
不思議。不思議でふわふわする。実感なんて湧かなかった。
勇気を出して、私から部長に連絡してみよう。
部長は、今私が此処に居るって分かったら、――どんな顔してくれるのだろう。
「真っ暗だ」
こんなに遅くなるとは思わなかったから夕飯を考えていなかった。
待っていると言ってくれた宮本先生に帰って貰って正解だったな。
血液検査の結果は来週になるらしく、此処でも前回と同じ検査をしたのみ。
あとはこの冊子やら、簡単な結果やらじっくり読んで勉強するだけだ。
私の不定期な月経も、何でも言いたいことを溜めこむこの性格がストレスになっている事が多いって言ってたな。
「あれ、みなみちゃんじゃん」
――みなみちゃん?
呼ばれたことも無い、けれどよくよく知って声に後ろから声をかけられた。
嫌な予感しかしないんだけど……?
「今から帰るなら、送って行くよ。会社の車だけど」
気が重たいけど、いやいや振り返ったら案の定、その車にはでかでかと『光の森』と書かれていた。
「有沢さん」
今後一切会いたくない人ナンバー1の有沢さんに声を掛けられて、作り笑顔さえ浮かばない。
有沢さんはにこにこ笑顔なのに。
「何でこんなところに居たの?」
「――有沢さんこそ」
「俺は絵本の納品と新作の動物図鑑絵本の売り込みです」
機嫌が良いのを見ると、営業が上手くいったのだろうって分かる。
「そうですか、じゃあ、失礼します」
目の前のバス停を名残惜しげに見ながら、有沢さんから見えない場所まで歩こうと決意した時だった。
「明美は、今日はちゃんと出勤した?」
その言葉に、つい反応し足が止まってしまう。
上機嫌な有沢さんとは裏腹に、急激に体温が下がって行くのがわかる。
「一昨日の明美ちゃん、可愛くってさ、何も知らない初な子に、色々動いてもらうとたどたどしくて良いよね。たまらない」
――このど腐れ男!
「ああ、高校生にも手を出したんですもんね。経験が無い子っていうか、自分に自信がないんじゃないですか?」
あ、やば。
ついイライラしてしまい、心の声を言ってしまった。
ダメだ。疲労のピークに達していたのかもしれない。
「明美先生がどう思っているか分かりませんからね」
私だって今日は気まずくて、明美先生とは何も話していないんだから。
明美先生は、有沢さんではなく、侑哉を選んだのかもしれないし。
「はは。意外とみなみちゃんって言うんだね。従順そうな、橘さん好みの子かと思ってたのに」
「知りません」
有沢さんは車に背中を凭れると、気分を悪くする様子もなく笑う。
「みなみちゃんたちはどうするの? 福岡と大分で遠距離恋愛? 橘さん、遠距離とか無理だと思うよ。付き合っても長続きしたの見たことないし」
「っ! 余計なお世話です」
まさか関係ない人に、逃げていた事を指摘されるとは思わなかった。
私だって有沢さんには言いたいことが山ほどあるのに我慢しているというのに、ペラペラと。
「だって本当だし。橘さんの彼女って大体がご飯作って洗濯したり、奥さんみたいに献身的に尽くすけど、全然橘さんが仕事で構わないからすぐに別れちゃうんだ。構ってちゃんにとっては橘さんは、恋人向きじゃないよ」
「ひ、人の事を告げ口するような人には言われたく、ないです。失礼しますってば!」
すぐ目の前にバス停もあるから通いやすそうな。
前に彼に連れて行かれた、学校の保健室みたいな小さく簡素で地味な産婦人科ではなく、煉瓦作りのアンティーク調のレストランみたいな内装。
無人ピアノがショパンを奏でるのをBGMに、絵画や花が飾られ、ガラス張りのテーブルには育児系の雑誌が並べて置かれている。
ふかふかのクッションソファに座ると、ゆったりと沈み、周りのソファは視界入らなくなる。
受付の人から渡された用紙に記入しながら、手が緊張から汗ばんで用紙が少し湿ってしまった。
人は二人いるだけだったが、なかなか呼ばれなかった。
ふらりと廊下にある浄水器を紙コップで注いで飲む。
宮本先生が入っていった建物の方には、子どもを預かる部屋が見える。
子どもが持っている色鉛筆やシールや絵本が、私が働いていた光の森社のものだったのが見えて、ちょっとだけ緊張が和らいだ。
いいなって思う。
行きの車で見せてもらったお腹のエコー写真。
指や丸まった体、目をつぶる小さな顔。
あの小さな命がお腹に宿るのってどんな気分なんだろうか。
不思議。不思議でふわふわする。実感なんて湧かなかった。
勇気を出して、私から部長に連絡してみよう。
部長は、今私が此処に居るって分かったら、――どんな顔してくれるのだろう。
「真っ暗だ」
こんなに遅くなるとは思わなかったから夕飯を考えていなかった。
待っていると言ってくれた宮本先生に帰って貰って正解だったな。
血液検査の結果は来週になるらしく、此処でも前回と同じ検査をしたのみ。
あとはこの冊子やら、簡単な結果やらじっくり読んで勉強するだけだ。
私の不定期な月経も、何でも言いたいことを溜めこむこの性格がストレスになっている事が多いって言ってたな。
「あれ、みなみちゃんじゃん」
――みなみちゃん?
呼ばれたことも無い、けれどよくよく知って声に後ろから声をかけられた。
嫌な予感しかしないんだけど……?
「今から帰るなら、送って行くよ。会社の車だけど」
気が重たいけど、いやいや振り返ったら案の定、その車にはでかでかと『光の森』と書かれていた。
「有沢さん」
今後一切会いたくない人ナンバー1の有沢さんに声を掛けられて、作り笑顔さえ浮かばない。
有沢さんはにこにこ笑顔なのに。
「何でこんなところに居たの?」
「――有沢さんこそ」
「俺は絵本の納品と新作の動物図鑑絵本の売り込みです」
機嫌が良いのを見ると、営業が上手くいったのだろうって分かる。
「そうですか、じゃあ、失礼します」
目の前のバス停を名残惜しげに見ながら、有沢さんから見えない場所まで歩こうと決意した時だった。
「明美は、今日はちゃんと出勤した?」
その言葉に、つい反応し足が止まってしまう。
上機嫌な有沢さんとは裏腹に、急激に体温が下がって行くのがわかる。
「一昨日の明美ちゃん、可愛くってさ、何も知らない初な子に、色々動いてもらうとたどたどしくて良いよね。たまらない」
――このど腐れ男!
「ああ、高校生にも手を出したんですもんね。経験が無い子っていうか、自分に自信がないんじゃないですか?」
あ、やば。
ついイライラしてしまい、心の声を言ってしまった。
ダメだ。疲労のピークに達していたのかもしれない。
「明美先生がどう思っているか分かりませんからね」
私だって今日は気まずくて、明美先生とは何も話していないんだから。
明美先生は、有沢さんではなく、侑哉を選んだのかもしれないし。
「はは。意外とみなみちゃんって言うんだね。従順そうな、橘さん好みの子かと思ってたのに」
「知りません」
有沢さんは車に背中を凭れると、気分を悪くする様子もなく笑う。
「みなみちゃんたちはどうするの? 福岡と大分で遠距離恋愛? 橘さん、遠距離とか無理だと思うよ。付き合っても長続きしたの見たことないし」
「っ! 余計なお世話です」
まさか関係ない人に、逃げていた事を指摘されるとは思わなかった。
私だって有沢さんには言いたいことが山ほどあるのに我慢しているというのに、ペラペラと。
「だって本当だし。橘さんの彼女って大体がご飯作って洗濯したり、奥さんみたいに献身的に尽くすけど、全然橘さんが仕事で構わないからすぐに別れちゃうんだ。構ってちゃんにとっては橘さんは、恋人向きじゃないよ」
「ひ、人の事を告げ口するような人には言われたく、ないです。失礼しますってば!」
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