神様のうそ、食べた。

篠原愛紀

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二  元上司

二  元上司 五

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「暫く居るから。俺が呼んだら直ぐに来い」
全然分からない。
橘部長の事がやっぱり全然分からない。

仕事バリバリ出来てて、常に自然な笑顔が貼りついていたんだよね。

『光の森』は主に幼稚園や保育園に営業に行くから、子ども達と会話したり、お茶を持ってきてくれる先生に愛想振りまくと、要望とか自然に聞き出せたり、贔屓してくれたり。

あれは部長の甘い笑顔が大きいと思うんだ。


「みなみ先生大丈夫ですか~?」
「ほぇ?」

「朝礼中ずっとしかめっ面でしたけど、お腹痛いならバス私が乗りますよ?」

明美先生は、私の顔色を本当に心配そうに覗きこんでくる。

やばいやばい。仕事中に関係ない事でぼーっとしてしまった。


「大丈夫だよ。明美せんせいは同じクラスの先生がバスに乗ってるから居なくなったらダメだしね」

イケない。イケない。集中しよう。

侑哉も部長に何を言われたか知らないけど、飛鳥さんの居酒屋で潰れて帰って来なかったし。


部長が嵐を呼んで来なきゃいいけど。


「おはようございます」

考えながらも、バスに乗り込んだ。
恐竜の乗った可愛いミ二バスで、子どもは10人ぐらいしか乗れないけど、その分、園とコースを行き来するのが多いバスだから朝は忙しいらしい。

「おはよう。よろしくね」

バスの運転手は、園長先生の御兄様で、おっとりのんびりした可愛らしい御爺さんだから緊張も和らぐ。

「えっと、最初のコースは」

持ってきたバスコースのファイルを見ながら確認する。
最初のパンダコースのトップバッターは、真君だった。

一番遅く帰って一番早くバスに乗り込むなんて、ちょっと胸を締め付けられる。
良い子すぎる子って裏で苦労している子が多いよね。

そうしみじみ思っていたら、すぐに真君の家のホテルに着いた。
ロータリーは、水を流したり掃いたり掃除中だったが、その中に大人しく立っている真君を見つけた。



――んん?




真君が嬉しそうに手を繋いで話している、紺色の甚平姿の人、誰?
ちょっと無精髭が生えているけど、――あれれ??



恐る恐るバスからホテルの看板を見つめた。

『温泉ホテル TACHIBANA』

まさか?


「あれー? きょうはみやもとせんせいじゃない!」

「おはよう。真君」

気のせいだ。気のせい。
はやく挨拶して真君をバスに乗せよう。

「じゃぁ、帰りもバスで帰って来るんだぞ? 帰ったら遊ぼうな」

「うん。ぱぱもちゃんとおひげそるんだよー」

「ああ」

「……」


「じゃあ、蓮川。よろしくな」

ど、どうなってるの?

なんで真君が、橘部長を『パパ』って呼んでいるの!?

バスに乗り込んだ真くんは運転手さんにも挨拶すると指定席に座り、部長に手を振った。

部長も真君に手を振りながらも、私に小馬鹿にするような意味深な頬笑みを向ける。

えっ



部長、バツイチとか?


だから、昨日、ここら辺のファミレスとか知っていたのかな?

「ぱぱね、しばらくこっちいるんだって」

「そ、そうなんだ。いいねー」

嬉しそうな顔で話す真君には、何も聞けない。

――ちょっといろいろ聞くのが怖い。
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