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症状三、急激に体温上昇?

症状三、急激に体温上昇?⑦

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「その眼は疑ってる? 疑うなら此処で脱ごうか」
「ひやー! いいです、大丈夫です、止めて下さい!」
本当にスーツのジャケットを脱ごうとしている彼につい大声を出してしまい口を両手で覆った。すると、目を細めて彼が耳元まで屈んできた。
「その口を両手で覆う癖、可愛い」
「――!」
「オムレツ出来ましたよ」
「ありがとう」
「わーおかあさん、私も食べたいっ」
からかわれたのに、ナイスタイミングでご家族がメニューを取りに来られて、逃げられてしまった。
くそう。絶対に私をからかって遊んでいるんだ。
優しい――は撤回した方がいいかもしれない。彼は大人っぽい見た目とは裏腹に案外、悪戯は子供みたいだ。
でも、普通に話せて良かった。昨日の、自分の打算的で嫌な部分を彼はまだ気づいていないからあんなに優しいだけだけど。
「華寺さん、紙エプロンお願い」
ポンっと肩を叩いて指示をしてきた菊池さんが、私にだけ見える角度で笑いを堪えているのが見えた。
「華寺さんって本当に嘘がつけないね」
颯真さんの方に視線を向けながら、私だ誰に憧れているのか瞬時にばれてしまったようだった。
「スイートルームって朝食のルームサービスあるのに、わざわざ降りてきたのって、ふふふふ」
勘ぐるのは止めた方がいい。彼はきっと部屋に居ても息が詰まるとか、そんな気まぐれな考えかもしれないから。
そう思うけれど、胸のドキドキは収まらない。

 *
ニャーオ。
まただ。
定時の18時から大分過ぎた時間、社員用の通路から外へ出た時だった。
菊池さんからの質問攻めが怖くて帰ったふりをしてずっと隠れていたのだけど、いざ帰ろうとすると、猫の声が聞こえてきた。まだ小さいだろう猫の声がする。
鳴き声が、昨日より元気がないような気がしたのは気のせいなのかな?駐車場とホテルの壁との間にある出口は、そんなに広くないのだけれど、見渡す限り、猫が隠れそうな場所はない。
仕方なく、駐車場に止めてある車の下を一台一台確認していく。奥は社員用の駐車場だから、お客様に見つかって不審がられることもない、と願いつつ下を見る。
ニャー…
鳴き声は聞こえるのに、猫の姿が見えない。車の下をスマホで照らしても猫の姿が見えないと言う事は、もしかしてボンネットや車のタイヤの上とかに隠れているのかもしれない。明日も朝番なのに、自分でも猫と言うだけで馬鹿な事をしていると思う。
「この車かな?」
猫の声が聞こえてきたのは、高級車の下から。少女漫画でしか見たことが無い車に息を飲みつつ、回りをきょろきょろと見渡すし、ヒールを脱いで、中へ身体を突っこんだ。
ヤス君もピアノの下に潜ったらいけないのによく潜っていたなって懐かしく思いながら、中へ入って行く。初めて入る車の下に、恐怖で身体が震えながらも、猫の為だ。子猫の為。
そう自分に言い聞かせて車の下を照らす。鳴き声はこの車の下から出間違いない。今もしている。なのに、猫の姿は見つからない。
どうしよう。車の下ってどうやって外すんだろう。
光が当たらない奥へ光を当てている時、――急にスマホのライトが消えた。

「えっ あっ わっ」
代わりに鳴りだす。着信が来たんだ。液晶画面を自分の方へ向けると、彼からだった。
「も、もしもし」
「やっぱこの足、君か」
この足?
恐る恐る自分の足元へ視線を向けると、誰かの足が見えた。
男物の革靴だ。
「人の車の下で何をしてるの?」
「うわあ。その怪しいものでは!」
言い訳しようにも、ヒールを脱いで車の下に潜った私は怪しい者以外の何者でもなかった。
でもこの車、颯真さんの車だったんだ。
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