艶夜に、ほのめく。

篠原愛紀

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四夜、現実はあふれんばかりに攻め込んでくる。

四夜、現実はあふれんばかりに攻め込んでくる。一

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 泉さんのご両親は、居ない。

 母親は泉さんが幼いときに病死、父親は成人してから病死。
 が、遊馬さんの母親だけは居るらしい。


 二人は母親が違うらしく、そのいざこざのせいで泉さんだけが祖父の遺産を貰えたらしい。
 泉さんが簡単に教えてくれたから、それ以上は聞かなかったけれど、つまりもう泉さんの血を分けた家族は遊馬さんだけってことか。

 父親は普通のサラリーマンだが、泉さんの母親が資産家の娘だったせいで、自分は凄い人物なのだと勘違いしてしまった可哀そうな人だったらしい。

 泉さんは、困った大人だよね、と苦笑して語っただけだった。


***

「綾香が眼帯して退職手続きに来てたってさ」

 珈琲を煎れていた私に、千夏がにやにやしながら教えてくれた。
 大量のコピーを取っているらしく暇だと言わんばかりに絡んでくる。


「もう良いってば。仕事も辞めたなら完全に縁も切れたんだし」
「なあ、社内結婚ってなったら女の方が部署居移動するらしいな。知ってたか?」
「……そうなの?」


 って、何故綾香の話から一変、移動の話に?
 驚いて振り返った私に、千夏はにやりと笑った。


「一部でうわさになってんだよ。高級ホテルのレストランで部長とランチ食べてた女のこと」
「……へえ。そんな女がいるんだあ」
「いるみたいよ。ウチの部署の全ての女から嫉妬されるんだろうなあ。きっと大変な部署へ異動させられるんじゃないかなあ。女の嫉妬って怖いし」

 ニヤニヤと私を見るが、それがなんだというのだ。
 ばれても、ギリギリまで隠し通してやる。

「そんな意固地になるなよ。せめて望月女史には今からでも媚売っておけよ」
「何の話か分からないけど、この会社を長く働いてこれた頭のキレる相手を敵に回すほど馬鹿ではないよ」
「そりゃあ良かった。じゃ、今日は飯でも食べにいこうな」


 男前な顔でにやにや笑われ、千夏にはもう隠せないと悟る。
 そうだよねえ。土曜の昼間からデートなんて初めてだったけど、あんな目立つ場所で目立つ人とデートすれば注目浴びちゃうか。


 これが泉さんの周りから固めていくという方法だったら、一生あの人には敵わないんじゃないかな。
 綾香が止めた穴埋めは少ないけれど、自分たちも担当するものがあるので雑務が億劫になった。
 責任ある仕事はしたくないから雑用を適当にしていた綾香の存在は邪魔よりは価値が少しだけあったらしい。
 出来たデータを自分で印刷して提出する、という当たり前なんだけれど新鮮な作業ののち、泉さんへ書類を渡しに行った。


「部長、これ早めにチェックお願いします」


 実はというと、同棲し出してから何となく社内ではお互い目線も合わせず、同棲する前よりも会話は減っていた。
 というか、泉さんは気にしていないかもしれないけど私がこの地位を守るために奮闘していたかもしれない。


「帰りまでに見ますね」

 優しく笑った後、私をまじまじと見た。


「どうされました?」
「いや、部署が離れる前に目に焼き付けておこうかなって」
「なっ!」


小声だったけれど、後ろのディスクに居る人たちに聞こえていないか不安になった。


「今日は飲むんだよね。迎えは?」

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