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二、水は溢れるぐらいが丁度いい
二、水は溢れるぐらいが丁度いい②
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遠くで蝉の声がしている。
田舎に住んでいた身としては、ほとんど聞こえてこなかった蝉の声を久しぶりにきちんと聞いた気がする。
秦平くんに連れてこられた場所は、木々の多い広い公園で、周りは大きなビルが檻のように聳え立っているが、公園の中は木々の日陰で涼しく芝生では犬が走り回っている。
奥の噴水の前でご老人たちが集まってラジオ体操が既に始まっていた。
噴水の前に置かれたスマホから流れる大音量のラジオ体操に合わせてラジオ体操をしているさらに奥、噴水の裏側で数人座っているのが見えた。
「雫、康太」
集まっている数人の中から、秦平くんが二人の名前を呼ぶ。
振り返ったのは、ジャージ姿の目つきの鋭い男の子と耳元のピアスが光る活発そうな女の子。
「秦平だっ」
ぱあっと表情を明るくさせ駆け寄ってくる女の子は、私より少し小さいけれど可愛くてスタイルの良い女の子。ピアスと指先のネイルにつけられたラインストーンが輝いていて綺麗。
綺麗なんだけど、私のキャンパスノートを勝手に見てクスクス笑っていたクラスの目立つ女の子たちに雰囲気が似ていてちょっとだけ怖い。
秦平くんの後ろに隠れると、目つきの鋭い男の子がわざわざ秦平くんの後ろを覗き込んできた。
急いで視線を逸らしたけれど、茶髪に染めた男の子。身体が強張ってしまう。
「そいつ、転校生じゃね?」
「え、そうなの?」
女の子が驚くのと、秦平くんがその男の子の頭に拳骨を落とすのはほぼ一緒だった。
「女の子をこいつって言うな。引っ越してきたばかりで友達もいないしこの町を知らないから案内中なんだ」
秦平くんの言葉に素直に「すまん」と謝ってきたので、必死で頷く。
「えー、でも雫と同じクラスになるかもじゃん。康太と雫は明星高校だよ。よろしくね」
「あ、の、お願いします。梔子藍香です」
「藍香ちゃんね。雫ってよんでー。あとでライン交換しようね。今、雫のスマホはラジオ体操流してるから」
「あそこのスマホ、雫さんのなんだね」
確かに可愛くデコっているスマホケースだ。
「雫って呼び捨てでいいよ。雫も藍香って呼び捨てするね」
懐まで飛び込んでくるような人懐っこい姿は、私が怖がっていたクラスの女の子たちとは全然違っていた。
なんていうか清々しく真っ直ぐで可愛い女の子だ。
「し、雫……ちゃん」
呼び捨てに戸惑うと、雫ちゃんは照れたように笑う。
「なんか急に雫って名前が可愛く思えちゃった。まあ可愛いんだけど」
おいでーっと手を繋がれて、噴水の裏へ案内された。
ちらりと秦平くんの方を見ると、両手をあげていってらっしゃいと見送ってくれている。
いえ、できれば知らない人の集まりは怖いので、もっとちゃんと見といてほしいです。なんて言えるわけもなく、少しだけ震える身体の胸元で拳を強く握って雫ちゃんの後ろを歩いた。
噴水裏に集まっていたのは、明星学園の初等部のころからの腐れ縁や違う高校のへ行った子らからの紹介で集まった同じ高校一年生の集まりと紹介してくれた。男女比は半々ぐらい。
私のような田舎っぽく人見知りで内気な人が全然いなくて、活発そうでそして皆、良い人。
裏表がなさそうな、あの学校で経験した陰湿な笑い声や視線を向けてくる人は誰一人いない。
もしかしたら秦平くんが紹介したからっていう先入観からだけかもしれないけど。
「藍香、うちらはね、夏休み中にダンスでSNSでバズってみようって配信サイトで登校始めたダンス大好きグループなんだよ」
えっへんっと雫ちゃんはポージングしたあと、くるりと回った。
「ば、バズる?」
「まあ、沢山の人に投稿した動画を観てもらってすげえなって注目されたいみたいな、ノリで集まった集団」
康太さんもそういうと頭で回るブレイクダンスを披露してくれた。
格好いい。リズム感皆無な私には無理だ。
「雫と康太とか数人はそうだけど、私らは夏休み中にダイエットしたいだけだから」
朝、公園の周りを走ったり一緒にダンスしてダイエット中の女の子たちもいた。
「す、すごい。皆、目標とかあってなんかキラキラしてるっ」
私が家で引きこもってる間に、ここで目標持って集まってる同じ年の女の子たちがいるんだ。
自分たちの目標がきちんとあって楽しんでいるから、私なんかがうじうじもじもじしてても気にならないんだ。
この空間は最初は怖いと思ったけれど、雫ちゃんとか康太くんを見ていたら緊張が和らいでいく。
「うーん。藍香はなんていうかそれ駄目だね」
駄目?
俯いて足元を見ていた私が顔を上げると、雫ちゃんが再び私の手を引っ張てくれた。
なすがままについていくと、公園の中央にcloseの看板をぶら下げたカフェが見えた。
中に人の気配はないけれど、茶色と黒を基調にしたモダンな雰囲気のカフェだ。
「ここ、ここに立ってみて」
お店の中を見ていた窓の前に立つと、中ではなく映っている自分の全身を見てってことらしい。
雫ちゃんの手によってただの窓ガラスが、全身を見る鏡へと変わる。
急いで来たから、適当に着た黒い無地のシャツとジーンズ姿。適当に後ろに縛った髪。
対照的に隣に立っている雫ちゃんはくしゃくしゃの黒のズボンに、ピンクのTシャツ。そして耳元と指先が輝いているし、履いている靴の靴紐なんてカラフルでお洒落だ。
同じ年なのにあまりにも陰と陽すぎて落ち込んでしまう。
「それ、それ。なんですぐに俯くの。真っすぐ見て」
肩を叩かれ、正面を向かされた。
「あのさ、藍香は可愛いんだからまずは真っ直ぐ人の目を見て話そう」
可愛い?
聞きなれない言葉に、雫ちゃんの頬が膨れた。
「雫は嘘大っ嫌いだからね。藍香ちゃんはなんていうか空気を優しくしてくれるような可愛い感じがする。雫の第一印象は外れたことないんだよね」
得意げに腰に手を当てて言う雫ちゃんの方が、何十倍も可愛いし場の空気を明るくしてくれる。
「ダンス始める已然の問題だね。まあダンスするかはわからないけど、姿勢。藍香は姿勢が悪すぎる、真っ直ぐ正面を見て歩いてみて」
「え、あ、あるく?」
「そう。歩くだけ。簡単でしょ」
雫ちゃんが髪をぱさっと手で払った後、本当に楽しそうな笑顔で歩き出した。
夏の空の下、ただの公園のカフェのエントランス。
それなのに足元をリズムよく爽快に歩く雫ちゃんにはファッションショーのようなワンウェイが見える。
今にも踊り出しそうな軽やかなステップ。
「踊らなくても良いけど、でもうーん。秦平の曲とか踊り出したいぐらいいい歌とか結構あるじゃん」
「秦平くんの曲?」
「そう。Ozの曲だよ。最新曲は大人っぽくてバラードっぽかったけど、夏休みは楽しくなるようなホップな曲出してくれるじゃん」
オズ?
秦平くんの曲?
首を傾げた私に、雫ちゃんも同じ方向へ首を傾げる。
「STAGEって動画投稿サイト知らないの? アプリダウンロードしてる?」
「あ、スマホのアプリとかゲームってほとんど使ったことないかも。場所によっては電波届きにくくて重くなってたから」
引っ越したばかりでまだパソコンやWi-Fiも家では契約していない。
「勿体ない。無料でたっくさん素敵な音楽に出会えちゃうんだよ。雫と康太もここでバズろうと頑張ってるし」
ダウンロードしちゃいなよって言われ、戸惑いながらもすぐさまアプリを探す。
『世界中と繋がる。世界で十二億ダウンロード』なんて聞いたこともない数字で紹介されていて驚いた。
「秦平なんて登録者数二十一万人の超有名音楽配信者なんだから」
――超有名音楽配信者?
聞きなれない言葉にダウンロードを待つ画面を見ながら固まる。
「秦平はもっと顔も露出すればいいのに。超イケメンだからそっち方面でも人気でそう」
急に蝉の声が大きく鳴ったきがした。
ダウンロード画面が重くて固まっている。
キラキラ輝く雫ちゃんも、、そして秦平くんも私とは違う世界で生きている。
私だけ、この世界に迷い込んできた余所者のように感じて、心臓が痛くなる。
私はここに自分の居場所ができるように思えない。
「どうしたの、藍香」
「藍香ちゃーん、雫―」
秦平くんと康太さんが私たちを見つけて駆け寄ってくる。手には小さな缶のジューズ。
「ラジオ体操の差し入れだって」
「やったー。終わったの? 雫のスマホは?」
二人に駆け寄った雫ちゃんに、康太さんがポケットからスマホを取り出して渡している。
雫ちゃんはさらに小さな缶ジュースを二つ眺めて、私の方へ向けた。
「藍香は蜜柑ジュースと林檎ジュースどっちが好き?」
「あ、え、どっちでも良いよ」
「じゃあ雫はオレンジ」
リンゴジュースの缶を渡されると、まだ水滴がついていて冷たい。
「仲良くなれた?」
「ふあっ」
秦平くんの美声が耳元で聞えてきたので驚いて後ずさる。
「雫は懐に飛び込んでくるから話しやすいし、それにすげえ良い子だよ」
それはほんの少ししか接していないけど伝わってくるので、大きく頷く。
もし雫ちゃんが同じクラスに居たら、いじめなんて起こらないような楽しい雰囲気のクラスになるんじゃないかなって思う。
だから紹介してくれたのかな。
「あの、四歳下なのに雫ちゃんたちとどうやってお友だちになったの?」
「ああ、康太がおれの軽音部の後輩で、軽音部が俺が卒業したのにもかかわらず毎年学際前に手伝ってって泣きついてくるから」
「……俺は秦平くんのファンだからあの高校に入ったし」
不貞腐れたような照れたような、口をとがらせて言う康太さんに、秦平くんも雫ちゃんも噴出していた。
ぽこん
間抜けな音とともにダウンロードが完了した。
スマホのホーム画面に『S』というアプリのアイコンが並べられた。お星さまのアイコンで可愛い。
アイコンをタッチしてみると、ユーザーネームの登録画面に飛んでしまって怖くなって閉じた。
「あれ、今まで藍香ちゃんはブラウザからSTAGE観てたの?」
「ブラウザ?」
「ううん。藍香は引っ越す前は電波悪くてアプリ系のゲームとかやったことないんだって」
「そうなんだ」
さすがに驚いた様子の秦平くんに恥ずかしくて俯いてしまう。
コンビニもスーパーも二十四時間なんてないし、友達は携帯の電波が悪くて二階の屋根に上って電波を受信していた時期がある。
Wi-Fiの契約をしたくても近くに届く電波塔がなくて、数年できなかった時期もあるんだから。
「じゃあ、俺のおすすめの可愛い動物の顔を積んだり、繋げて消すゲームがあるんだけど」
「でた。世界記録保持者」
爆笑している雫ちゃんとは正反対に真面目に康太さんがスマホを片手に近づいてくる。
「ゲーム招待するから連絡先教えて」
「え、え、あ、はい」
「俺からの紹介なら、ハムスターもゲーム内で使えるようになる特典もらえるし」
「わ、わかりました」
怖がらせるなよ、と秦平くんに釘刺されつつも康太さんの連絡先が送られてきた。
雫ちゃんが『私もー』と康太さんに頭突きを何度もしたので、グループが作られた。
「え、あっ」
二人のアイコンがお揃いだ。お揃いの浜辺の砂浜に書いた『love』という文字。
「ダサいでしょ。雫はほっぺにちゅーした写真が良かったのに」
「馬鹿。親や先輩も見るんだから」
頭突きしていた頭を払いのけると、雫ちゃんが手をぐるぐる回して暴れていたけど、康太さんはどこ吹く風だ。
というか、もしかしたらこれはイチャイチャしているように見えなくもない。
前髪から恐る恐る二人を盗み見してみると、表情がころころ変わる雫ちゃんと常にしかめっ面の康太さんは対照的だけれど、距離が近い。
これって、その、なんというか恋人なのかな。
「俺たちはそろそろ花屋開けるけど、二人はどうすんの?」
盗み見していたバツの悪さから秦平くんの背中に隠れてしまった。
「俺ら補習」
「そのあと、バイトー」
「そっか。じゃあまたな。ありがと」
私も深々お礼をして秦平くんの隣を歩くと、後ろから雫ちゃんが大きな声で『ほらー、歩く姿勢っ』と注意してきたので、頬が熱くなるぐらい恥ずかしくなった。
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