上 下
16 / 63
ニ、結婚×仕込み

ニ、結婚×仕込み⑪

しおりを挟む
「やっぱり!」
「やっぱり?」
 怪訝そうな顔をされたので、口を押えて視線を逸らした。
 もしかして他に女性がいる、とか。
 実はお母様のご飯以外は食べない!?
 恋愛が続いたことがないって、こんな完璧な人に?
「キッチンに来てほしいんだ」
「はい」
 一階へ降りて、キッチンへ向かう。
 オール電化のキッチンは、オーブンも食器洗い乾燥機も、そして大きな冷蔵庫もある。
 彼は引き出しを開けると、見たこともないような沢山の種類の包丁が並んでいるのを指さした。
「実は、……料理が好きなんだ」
「はあ」
「君のおばあさまが送ってくださる野菜を、一矢が俺に押し付けてくれるのが本当に嬉しかった」
「はあ……?」
 料理が好き?

 キッチンを見渡すと、見たこともない香辛料やスパイスが並べられているし、まな板も使用感がある。

「俺の料理を食べると大体の女性は、不機嫌になるか、私の料理は不味いから食べたくないのかと泣き出す。それが億劫というか面倒というか、煩わしいというか」

 はあ、と深く嘆息する。その深さに、喬一さんの今までの苦労がうかがえた。
「えっと……つまり、喬一さんの方がお仕事は忙しいと思うんですが、料理は任せた方がいいんですか?」

「俺がいる時は任せてほしいかな。あと、面倒くさいんだが俺が作ってるときは手伝いはいらない」

 そういって、包丁を取り出し、磨かれた包丁に顔を映して微笑んだ。
 外科医だから、手先が器用なのかなって言いそうになって飲み込んだ。

「私、あまり得意じゃないから、作ってくれるのは大変うれしいです」
 が、自分より忙しい夫に作らせるなんて罪悪感が無くはない。

「良かった。座って待っててくれ。簡単に作るから」

 いそいそとスーツのジャケットをハンガーにかけて、黒いエプロンを腰に巻きだす。
 そして、冷蔵庫からさっそくトレイに入れていた食材を取り出す。
 どうやら事前に仕込みは終わっていたらしい。

「見るのは大丈夫ですか?」
「ああ。ちょっと恥ずかしいけど、いいよ」
キッチンのカウンターに、バーみたいな椅子が並んでいるので、そこで座って彼の料理を見る。

 仕込んでいたのは、トマトとズッキーニのカルパッチョ。
 出来上がったのは、サーモンと春菊ときのこのたらこクリームパスタ。
 そして桜エビのチーズステッキをお洒落なワイングラスに入れて真ん中に置いた。
「すごい。こんな短時間でご飯ができた」
「まあ。一人暮らしが長かったからな。そっち座って」

 テーブルの上に並べられた食事と、テーブルの向こうから私を見る彼の目が怖い。
 感想を求めてうずうずしていると期待している目だ。

「食べていいでしょうか」
「もちろん。口に合うかな」
 どこか誇らしげな言い方が、ちょっと可愛いと思ってしまった。
 まずはパスタを一口、フォークに巻いて食べてみた。
「え……!」
 料理リポーター並みの語彙力が欲しい。しっかり塩味がついたサーモンと春菊、そしてエリンギの香りが絶妙で、美味しい。
「これは! 土下座してお嫁さんになってほしいぐらい美味しいですっ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

伯爵閣下の褒賞品

夏菜しの
恋愛
 長い戦争を終わらせた英雄は、新たな爵位と領地そして金銭に家畜と様々な褒賞品を手に入れた。  しかしその褒賞品の一つ。〝妻〟の存在が英雄を悩ませる。  巨漢で強面、戦ばかりで女性の扱いは分からない。元来口下手で気の利いた話も出来そうにない。いくら国王陛下の命令とは言え、そんな自分に嫁いでくるのは酷だろう。  互いの体裁を取り繕うために一年。 「この離縁届を預けておく、一年後ならば自由にしてくれて構わない」  これが英雄の考えた譲歩だった。  しかし英雄は知らなかった。  選ばれたはずの妻が唯一希少な好みの持ち主で、彼女は選ばれたのではなく自ら志願して妻になったことを……  別れたい英雄と、別れたくない褒賞品のお話です。 ※設定違いの姉妹作品「伯爵閣下の褒章品(あ)」を公開中。  よろしければ合わせて読んでみてください。

騎士爵とおてんば令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
腕は立つけれど、貴族の礼が苦手で実力を隠す騎士と貴族だけど剣が好きな少女が婚約することに。 あれはそんな意味じゃなかったのに…。突然の婚約から名前も知らない騎士の家で生活することになった少女と急に婚約者が出来た騎士の生活を描きます。

後宮の棘

香月みまり
キャラ文芸
蔑ろにされ婚期をのがした25歳皇女がついに輿入り!相手は敵国の禁軍将軍。冷めた姫vs堅物男のチグハグな夫婦は帝国内の騒乱に巻き込まれていく。 ☆完結しました☆ スピンオフ「孤児が皇后陛下と呼ばれるまで」の進捗と合わせて番外編を不定期に公開していきます。 第13回ファンタジー大賞特別賞受賞! ありがとうございました!!

天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ
恋愛
※カクヨムの方にも載せてあります。サブストーリーなども書いていますので、よかったら、お越しくださいm(_ _)m リアンは有名私塾に通い、天才と名高い少女であった。しかしある日突然、陛下の花嫁探しに白羽の矢が立ち、有無を言わさず後宮へ入れられてしまう。 王妃候補なんてなりたくない。やる気ゼロの彼女は後宮の部屋へ引きこもり、怠惰に暮らすためにその能力を使うことにした。

【完結】なんちゃって幼妻は夫の溺愛に気付かない?

佐倉えび
恋愛
夫が同情で結婚してくれたと勘違いしている十六歳のマイナ(中身は前世二十五歳)と、妻を溺愛しているレイ。二人は仲のよい夫婦ではあるが、まだ白い結婚である。 レイはマイナの気持ちが育つのをのんびりと待つつもりでいるが、果たしてレイの溺愛にマイナが気付くときはくるのか? ほのぼの夫婦と、二人を取り巻く人々の日常。 すれ違ったり巻き込まれたりしながら本物の夫婦になっていくお話。ハッピーエンドです。 ※最小限に留めていますが残酷な描写があります。ご注意ください。 ※子作りにまつわる話題が多いためR15です。 *ムーンライトノベルズにも別タイトルでR18版を掲載

攻略対象ですがルートに入ってきませんでした

夏菜しの
恋愛
貴族が通う学園の食堂、私はそこで婚約破棄されました。 その瞬間に、これはゲームのイベントだと気づいたのです。 攻略対象である私は、ここでプレイヤーに慰められ…… って? あれ、プレイヤーが居ないんですが…… 分かりました。 攻略ルートに入ってこないのであれば、私は自由にさせて貰いましょう! ※12/23終了

婚約者にフラれたので、復讐しようと思います

紗夏
恋愛
御園咲良28才 同期の彼氏と結婚まであと3か月―― 幸せだと思っていたのに、ある日突然、私の幸せは音を立てて崩れた 婚約者の宮本透にフラれたのだ、それも完膚なきまでに 同じオフィスの後輩に寝取られた挙句、デキ婚なんて絶対許さない これから、彼とあの女に復讐してやろうと思います けれど…復讐ってどうやればいいんだろう

俺様幼馴染の溺愛包囲網

吉岡ミホ
恋愛
枚岡結衣子 (ひらおか ゆいこ) 25歳 養護教諭 世話焼きで断れない性格 無自覚癒やし系 長女 × 藤田亮平 (ふじた りょうへい) 25歳 研修医 俺様で人たらしで潔癖症 トラウマ持ち 末っ子 「お前、俺専用な!」 「結衣子、俺に食われろ」 「お前が俺のものだって、感じたい」 私たちって家が隣同士の幼馴染で…………セフレ⁇ この先、2人はどうなる? 俺様亮平と癒し系結衣子の、ほっこり・じんわり、心温まるラブコメディをお楽しみください! ※『ほっこりじんわり大賞』エントリー作品です。

処理中です...