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終 ④

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「へえ、……へえ、そうなんだ」

クールぶってるけど、耳が赤くなった。

「頬、抓ってあげよっか?」

「お願いしたいが、まだ夢だったら覚めたくないから」

普段私が甘い言葉を言っていないみたいな言い方。

歩きながら目をきょろきょろ動かして思い出してみるが、確かに一矢くんに比べたら言ってなかったかもしれない。

空は曇って、綺麗な星空を消す。人ごみは多いから寄り添って手を繋がなきゃすれ違う人が真ん中を突き抜けるときもある。ムードなんて全くない場所で、それでも私たちは手を繋いだだけで、顔がにやけそうなほど幸せなんだ。

こんな風に、レストランへ向かって手を繋いで歩くだけで幸せって、それほどの相手が隣にいるって奇跡みたい。

「そんなに私、愛情表現下手かなあ」

「違うよ。ただ俺が、勝手にドキドキして幸せになってるだけかも」

「一矢くんが幸せを感じる瞬間って?」

 人ごみを掻き分け、半分ほどシャッターが下りた商店街で人がまばらになってから彼を見上げて聞いてみた。

「沢山あるよ。半熟の卵焼きを作ってくれてたり、俺の服を洗濯して畳んでくれてたり、あとキスしたいなって思って見つめたら真っ赤になって、期待してくれるとか」

起きてすぐと寝る前のキスは慣れたけど、ふと油断したときに降ってくるキスと見つめてくる瞳は確かに恥ずかしい。

 聞かないでいいからさっさとキスしていいって思ってるよ。
「あとは、華怜が耳に髪をかけたり、櫛で梳いてるときかな。ああ、この綺麗な髪がまるで流れるよう雨のように伸びていくんだなって」

「ひ。し、詩人」

 流れる雨って。

 でも確かに最近、耳の下まで髪が伸びたから耳にかけてる。

「結婚ってさ、好きだけで決めて、そのあとに色々と面倒なこともあると思うんだよ。俺たちは好きで一緒になったんだから、邪魔するなって思うけどさ、大人なんだから最低限の挨拶や手続きだけでもまあ、ね」

「……確かに」

 一矢くんはどんなに多忙でも、私の祖父だからってだけで飛んできたり。

 私も逃げている結婚式や、これから働くことも、旅行に行きたいって言ってたのに私の都合で少し待ってもらうかもしれない。

 沢山話し合うことが増えていく。楽しく甘い時間だけではない。

「でもさ、どんなに忙しくても、大変でも俺は華怜の髪が伸びていくのを隣で感じられるんだ。それだけでも幸せで、俺は満たされる。願わくは、俺が華怜にとって雷を忘れられる存在に慣れるようにって。同じ気持ちで隣にいたいなって」

 一矢くんの考えに目を大きく見開いてしまった。

 面倒なこと、大変なこと、辛いこと、それらが全て、私の髪が伸びているのを体感できるだけで乗り越えられる。

彼の幸せの沸点はかなり低いようだ。

でもこれから私が彼を不安にさせないように、恥ずかしいけどちゃんと気持ちを伝えていくってことが前提だ。

 全部ふっとばすような幸せを一矢くんに。

安らげる甘い時間を、沢山一緒に過ごせるように、私は嘘偽りなく伝えていこうって思う。

「とっくに雷なんて乗り越えてたよ。隣に一矢くんがいれば、他には五感が動かないからね」

へへって笑うと、「抱きしめたい」とつないでいた手を強く握られた。

私も早く抱きしめてほしい。雨なんて、雷なんてさっさと忘れさせてッて思うよ。

それから一年後に私たちは、白鳥さんや美里、家族と少人数に見守られながら挙式披露宴を行うし、ベネツィアに新婚旅行にも行く。

喧嘩もしたし甘いだけの時間じゃなかったけど、式当日に腰まで伸びた私の髪を彼が指先で梳くって、とろけるような口づけをくれるから、だから私はうっとりと目を閉じるんだ。

今日も明日も、この人の隣は幸せだって。

  Fin
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