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五、あまい、とろける、いたむ。

五、あまい、とろける、いたむ。⑫

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小さく鼻歌を歌いながら、遠くで洗濯機が回る音。

彼がしっかりしめてくれたカーテンの隙間から、窓を叩きつける雨が見える。

何時だろうかと手をシーツの上でさ迷わせるが、定位置に携帯が置いていなかった。

そこで私はここが自分のベットではないことに気づいた。

横を見ると、一矢くんの姿がいない。あたりを見渡すと脱ぎ散らかしたはずの雨で濡れた服が見当たらなかった。

……今何時だろう。

それよりも、まだ体中、至る所に余韻がある。触れられていた部分や、彼の体温を思い出すと、羞恥で体が火照る。

甘く痺れて動けないでいると、洗濯を終えた彼が部屋に入ってくるので目を閉じた。

小さく歌っているけれど、何の歌だろう。ご機嫌が良いのだけはわかる。

再びベットに入ってくるので、私の心臓は今にも口から飛び出しそうだった。

彼の長くて大きな指が私の額を撫でると、髪を梳くように指先で遊ぶ。

クスクスと笑う無邪気な彼に、寝たふりをやめて見上げた。

一矢くんは座ったままで私の髪を撫でていた。

驚くほど優しい顔。さっきの色っぽくて興奮していた男の人と同一人物には見えないほど、穏やかな表情だった。

「起きたの?」
頷くと、照れくさそうに顔をくしゃくしゃにした。

「身体、平気? 何か飲む?」

髪を撫でられながら言われて、私は縦に首を振る。

「もっと触っていいよ」

撫でてって素直に言えばいいのに、可愛くない言葉が代わりに飛び出してしまった。

「華怜の髪、やっぱり好きだな。綺麗だ」

うるさかった雨の音がまた止んだ。雨の音なんて気にならないぐらい、私は目の前の一矢くんに集中してしまったんだ。

彼が嬉しそうに私の髪を撫でる。

昔に戻ったような、不思議な心地よさだ。

「……また、伸ばそっかな」

「え?」

「髪。また、伸ばそうかな」

 もう一度、一矢くんの両手に私の髪を乗せてみたい。

もっと長く、触れていてもらえたい。

「――え……っ」

ただ私の願望を言葉にしただけなのに、微笑んでいた一矢くんの目から一滴涙が零れ落ちた。

「一矢くん!?」

起き上がると、何も身に着けていなかったのでシーツを胸に手繰り寄せる。

が、間違いじゃなければ、彼は間違いなく涙がこぼれてる。
「ああ、ごめん。なんだろ、やばいな」

「だ、大丈夫? 意地悪で言ったわけじゃないからね」

「分かってるよ」

クスクス笑いながら自分の枕へあお向けに倒れこみ、腕で目元を隠した。

「髪を伸ばしたいって思ってくれてありがとうって思ったら、泣けた」

ださいなあって私とは反対側に顔をそむけてしまった。

彼らしい照れ隠しに、私も幸せで胸がはじけ飛びそうになった。

「こっち向いてよー」

「嫌だよ。洗濯が終わるまで俺は寝る」

「顔を見せてくれないと寂しいなあー」

背中に抱き着くと、悔しそうに振り返った。

その眼にはもう涙はなかったが、代わりに泣き出しそうなくしゃくしゃの顔だった。
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