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二、どんなにすれ違っても朝食は共に。
二、どんなにすれ違っても朝食は共に。①
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とうとう、ニュースから嫌な言葉が聞えた。
「梅雨に入った」、「例年よりも数日早い」とか。
台風が近づいてきているとまで、わざわざ丁寧に教えてくださっている。
「苺と林檎、どっちが好き?」
「苺です」
「分かった」
ワイシャツの上から白いエプロンをした彼が、苺を水で洗いだす。
私は彼がいるキッチンに背を向けて、憂鬱なテレビを見ていた。
母と彼の思惑通りに、結納は終わった。
形式だけと、お見合いするはずだったホテルで急遽顔合わせになり、信じられないことにその場で親たちは和やかに私たちを祝福していた。
ねつ造して『当時両想いだったが、結果的に離れていた。お互い独身で再び熱が燃え上がった』と馴れ初めを彼が披露したので、当時の事件のことは両家とも水に流して誰も攻めなかった。
私以外には最初から脚本があったかのように、滞りなく進んでいくので、私はお芝居の中で脚本も知らずただ身を任せてその場を誤魔化すしかない。
結納の段取りや順番なんて覚えていないが、一番最後に運ばれてきた桜茶だけは塩辛かったのを覚えている。
そのままなし崩し的に彼が住むタワーマンションに私は転がり込む形になった。
私のマンションを引き払うのは来月。
彼のマンションからは仕事場は遠くなったが、駅を経由せずにバス一本で仕事場に行けるようになって、悔しいが楽にはなった。
それに約束通り触れてこない。というよりは忙しいのか私が眠るころに帰宅する。
彼の家に上がり込んで数日、完全に時間が合わなかった。
夜ご飯も申し訳なさそうに「遅くなるからほかで済ませてくる」と私に暗に作るなと言っていたし、朝以外は接点はない。
ただどんなに遅く帰ってきても、どんなに忙しくても、朝食は一緒に取ってほしいと言われた。
「なるべく俺が作るし」とマイエプロンを見せてくれた。
料理は、家庭教師の影響で自分でも簡単なものは作れるらしい。
今日の朝ご飯は、お洒落に生ハムとアボカドのガレット、きのこのスープ、デザートは苺らしい。毎朝飽きもせずに和食から洋食、甘いパンケーキまで作ってしまう。
よくメニューが枯渇しないな、と少しだけ感心した。
甘い苺をかじりながら、口の中に広がる甘酸っぱい味を噛みしめる。
私の視線は、今日も彼のエプロンの胸の部分。
カチャカチャと食器とスプーンの当たった音を聞きながら、テレビの天気予報の音に耳を傾ける。
愛もなし、相手に性欲もなし、ただ贖罪と借金のかたに一緒に居るだけ。
そんな不毛な私たちに、美味しい朝食は無駄じゃないのかなって感じた。
「苺、好き?」
「え?」
「最初に食べたから」
小さく零れるように笑われ、手に持った一口齧った苺を見る。
ついつい考え事をしてしまい、お行儀の悪い食べ方をしてしまっていた。
「好き」
マナーもなっていない自分の行いを正当化するためのウソだった。
でもその次の日から、朝食に苺が出るようになったんだから、嘘なんてつくものではない。
「梅雨に入った」、「例年よりも数日早い」とか。
台風が近づいてきているとまで、わざわざ丁寧に教えてくださっている。
「苺と林檎、どっちが好き?」
「苺です」
「分かった」
ワイシャツの上から白いエプロンをした彼が、苺を水で洗いだす。
私は彼がいるキッチンに背を向けて、憂鬱なテレビを見ていた。
母と彼の思惑通りに、結納は終わった。
形式だけと、お見合いするはずだったホテルで急遽顔合わせになり、信じられないことにその場で親たちは和やかに私たちを祝福していた。
ねつ造して『当時両想いだったが、結果的に離れていた。お互い独身で再び熱が燃え上がった』と馴れ初めを彼が披露したので、当時の事件のことは両家とも水に流して誰も攻めなかった。
私以外には最初から脚本があったかのように、滞りなく進んでいくので、私はお芝居の中で脚本も知らずただ身を任せてその場を誤魔化すしかない。
結納の段取りや順番なんて覚えていないが、一番最後に運ばれてきた桜茶だけは塩辛かったのを覚えている。
そのままなし崩し的に彼が住むタワーマンションに私は転がり込む形になった。
私のマンションを引き払うのは来月。
彼のマンションからは仕事場は遠くなったが、駅を経由せずにバス一本で仕事場に行けるようになって、悔しいが楽にはなった。
それに約束通り触れてこない。というよりは忙しいのか私が眠るころに帰宅する。
彼の家に上がり込んで数日、完全に時間が合わなかった。
夜ご飯も申し訳なさそうに「遅くなるからほかで済ませてくる」と私に暗に作るなと言っていたし、朝以外は接点はない。
ただどんなに遅く帰ってきても、どんなに忙しくても、朝食は一緒に取ってほしいと言われた。
「なるべく俺が作るし」とマイエプロンを見せてくれた。
料理は、家庭教師の影響で自分でも簡単なものは作れるらしい。
今日の朝ご飯は、お洒落に生ハムとアボカドのガレット、きのこのスープ、デザートは苺らしい。毎朝飽きもせずに和食から洋食、甘いパンケーキまで作ってしまう。
よくメニューが枯渇しないな、と少しだけ感心した。
甘い苺をかじりながら、口の中に広がる甘酸っぱい味を噛みしめる。
私の視線は、今日も彼のエプロンの胸の部分。
カチャカチャと食器とスプーンの当たった音を聞きながら、テレビの天気予報の音に耳を傾ける。
愛もなし、相手に性欲もなし、ただ贖罪と借金のかたに一緒に居るだけ。
そんな不毛な私たちに、美味しい朝食は無駄じゃないのかなって感じた。
「苺、好き?」
「え?」
「最初に食べたから」
小さく零れるように笑われ、手に持った一口齧った苺を見る。
ついつい考え事をしてしまい、お行儀の悪い食べ方をしてしまっていた。
「好き」
マナーもなっていない自分の行いを正当化するためのウソだった。
でもその次の日から、朝食に苺が出るようになったんだから、嘘なんてつくものではない。
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