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エピローグ Cafe『アルジャーノン』は、永遠に不滅です。

エピローグ Cafe『アルジャーノン』は、永遠に不滅です。

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岳理とみかどが、両思いになりめでたしめでたし――では終わらなかった。みかどの兄では無かったことで、けれど本当の兄の様に思って欲しいと、他の従業員たちが爆発したのだ。おまけにみかどは受験生。デートらしいデートもことごとく、皇汰の陰謀や他の人達に邪魔されてゆっくりできない。それでも二人は仲睦まじく今日も勉強をしていた。
土日が閉店だったのが、店長の心のリハビリに付き開店し出した今、問題はいつを休みにするか、だ。イケメン従業員たちはその日以外は自分たちの仕事がある。いっそ金曜を閉店し土日を猫カフェにしたら、猫の負担が大きいのではないかと、未だ結論は出ていない。そんな天然な店長がぽとりと落とす優しい雰囲気の『アルジャーノン』。今日もそんな幸せな日々が続くと思っていた。
その日は日曜日だった。珍しく店長がまだ起きてきておらず、勉強しにアルジャーノンにやってきた岳理とみかどは開店準備を始める。窓を開け、テーブルを拭くみかどに、猫に餌をやる岳理。岳理はそのタイミングである秘密を漏らした。
「えええ。店長のお父さんって『TATUMI ARISUGAWA』って世界的に有名なシェフさんなんですか!? この前の高級ホットケーキミックスの監修さん」
「……合ってるけどな、そうじゃなくて、世界的権威のある人だぞ? お前のなんちゃって統計学者なんか並べられないような人だぞ」
「父の名前は出さなくても良いじゃないですか。で、その人が?」
「その人が麗子さんの旦那の弟ね。で、麗子さんと鳴海は血は繋がってはないけど一応はこれで親戚になってしまうわけだ。だから、鳴海の母親は鳴海を手放せなかった。――但し」
岳理はあの写真を胸ポケットから取り出す。
「鳴海の母親は複数の男と関係を持っていてその中にお前の父親が居るとしたらどうする?」
「鳴海の母親の方が数歳年上だが、あのジジイならばおかしくはない」
みかどの父親が、女性関係が派手なのはもう隠しようが無い事実だった。それは認めざるを得ない。だが、もしそれが本当ならば、みかどの母親が鳴海を引き取りたいと申し出た理由も納得できる。本当に心から心配してだったのか、自分の愛した夫の子供かもしれないからか。
「TATUMIッて奴が、鳴海を自分の息子だって宣言してくれたら、きっとその方が幸せだろうが。麗子さんの話だと、向こうは自分に息子が居ることを知らなかったらしい。追いかけて何度か今話しあいをしているらしいが」
「……麗子さんが世界中追いかけ回してる理由って、お兄さんのためなの?」
「まあ、自分の夫の弟だし放っておけないのもあるだろうな」
みかどは、もうこれ以上の幸せを望んではいなかった。今のこの状況は、本当に恵まれ、あの家に居たころの自分が想像できないほどだった。だからこそ、店長と血が繋がっていると言われたら複雑な気持ちが隠せない。みかどと血が繋がっていて良いことなんてない。そのARISUGAWAという人の方が、何百倍も幸せな結末のはずだ。
「店長、ちょっと遅すぎじゃないですかね? いつもなら定宗さんの健康クッキー作ってる時間ですよね」
みかどの言葉に、岳理は猫の餌を放り投げて三階の202号室へ向かう。
「岳理さん!」
みかども急いで走り出すと、千景の部屋にマスターキーを借りに行った。
「どうしたのー?」
出勤準備のリヒトと、仕事帰りのトールが部屋から出てきたと思えば、漫画を読んで徹夜の葉瀬川も顔を出す。
「みかど、居ないぞ!」
「なんじゃ? 探し人か?」
ドラガンも部屋から顔を出すと、202号室の前へ飛び出した。
「お、お兄さんが、カフェの開店時間なのに見当たらなくて」
みかどが真っ青でそう言うと、定宗が空から突然降ってきた。いや、皆の輪の中に。飛び込んで来たのだ。定宗の首輪に、紙が結んでいるのに気付き、みかどがすかさず紙を外し中を覗く。
『みかどちゃんの本当の兄か確かめて来ます。朝、10時の飛行機でニューヨークへ向かいます。カフェを皆さんで頼みます』
「ちょっと! 監禁されてたくせに何このアクティブさ!」
「俺らに任せて良いなら好き勝手するけどねー」
「10時かあ。飛ばせば間に合うかなあ」
葉瀬川さんが腕時計を見て、数回頷くと、皆も一斉に頷いた。
「迎え! 敵は本能寺にあり!」
ドラガンはただそう言いたかっただけだろう。だがその叫び声に皆が岳理の車に飛び乗った。
「ちょっ 定員オーバーだろ」
「みかどと岳理さんは向こうへどうぞ」
千景が指を指した方向は、岳理のバイクだった。この前、店長が乗ってみたいと言っていたのを岳理が持って来たまま放置していた。
岳理はヘルメットをみかどへ投げつけると車を追い抜かしながら空港へ向かった。順調に走り出したかのように思えたが朝の通勤時間に重なってしまい、丁度渋滞に捕まった。みかどは岳理のバイクの後ろに乗り、動かない道路を眺めて気持ちばかりが焦っていく。
「っち。全然動かねぇ……」
何度電話しても店長の電話は繋がらない。
「あいつ、絶対に捕まえて監禁してやる」
「だっつ駄目ですよ! 冷静になって下さい。お兄さんはTATUMI ARISUGAWAさんに本当の父親か尋ねに行くんですよ。そんな行動に走らせたのは私のせーー」
そう言いかけると、岳理が振り返って睨みつた。
「それ以上つまらない事を言うなら、キスすっからな。――その口、黙らせてやる」
「き、却下です! 却下却下却下却下!」
慌てていると、岳理の携帯が震えだした。相手は『葉瀬川 唯一』そして、少し遅れてみかどにも電話が。相手は『楠木 皇汰』だ。
二人は同時に受話器を取る。
『鳴海んが現れないんだけどー』
『今、すっげー豪華客船からTATUMI ARISUGAWAって奴が降りてきた! 日本に久しぶりの帰国だってよ』
「帰国?」
岳理は慌てているが、みかども携帯を握りつぶしそうなほど驚いた。
『鳴海んが指定したゲート前に来たけど、『香港経由、南アフリカ・ヨハネスブルグ行』便なんだよね』
「どこだよ!」
葉瀬川と岳理が言い争っている中、皇汰の言葉に耳を疑う。
「……岳理さん」TATUMI ARISUGAWAさんが来日してるって。皇汰の近くの港に豪華客船が止まってて其処にいるって」
『一応、空港内で呼び出しかけてみるけどー』
「鳴海、そこにはいねー」
『えー?』岳理はバイクを何度かふかすと、溜め息を吐く。
「豪華客船が止まってる港に来い!」
岳理が携帯を投げ、また舌打ちする。携帯をポケットに仕舞うと、バイクは方向展開し走り出す。反対側の車線は全く混んではいなかった。岳理の背中にしがみついて頬に風が打ち付けられている中、どんどん潮の匂いがして来る。相変わらずの猛スピードとジグザグ運転に、心臓はドキドキしっ放しだ。だが予感する。店長はこれを見越して乗りもしないのにバイクをカフェに置いておいたのだろうと。港には、豪華客船を一目見ようと野次馬やカメラマン、TVのカメラも回っていいる。
「突如現れた、この豪華客船は、なんと!日本に来るのは27年ぶりです。『TATSUMI ARISUGAWA』プロデュースのメニューが有名で……」
アナウンサーが台本を読む後ろを、バイクで颯爽と走り抜けて、人々が振り返ってバイクを避けて行く。
まだ船への入り口は閉められてはおらず、みかどを下ろし岳理もバイクから飛び降りた。
「お前、先に行け!」
バイクを止めている岳理さんに言われ、みかどは入り口に向かって走り出す。船のデッキを見回したり、何百もある部屋の窓を確認するが、店長の姿が見当たらない。すると、低重音の鳴き声がした。定宗を抱っこした麗子と、5色の紙テープを弄る店長の姿が見える。
「お兄さん! 何してるんですか!?」
「何って歓迎テープを垂らしています」
船の上から麗子と定宗の指示で、右に行ったり左へ行ったり、マイペースだ。
「わ、私たちがどれだけお兄さんを心配した事か!」
ふらつきながら、膝をついて倒れて項垂れている。
「み、皆さんに嘘を言いましたね! 葉瀬川さん達は、『香港経由 南アフリカ・ルクセンブルク行き便』前でずっと待ってますよっ」
そう言うと、店長はぷふっと小さく噴き出した。
「でも、絶対に見つけてくれるって、信頼してましたから」
だからってそんなに余裕で紙テープの位置を確認するだろうか。
「お兄さん……」
「僕ね、親の愛情は不変ではないって分かってます。血のつながりなんて関係ないって分かってるのです。でもみかどちゃんが本当の妹な可能性があるなら、それをはっきりさせておきたい。今から降りてくるあの人の僕は子供なのか。あの統計学の神、楠木教授の子供なのか」
「鳴海、てめー!」
話途中で岳理が走って来たので店長は少し焦っせたがみかどを盾に舌を出す。同時に船の出口に夥しい記者が群がりフラッシュが焚きだすとみかど達の目が出口へ集中する。
「ああああ!」
「鳴海んの馬鹿!」
「南アフリカ行ってしまえ!」
そう言いながらも到着した皆は店長の回りに群がる。 初めて会った日の店長は、トマトのように真っ赤だったのを思い出す。普段は着飾らないのに、いざお店に入ると、オーナーだなって思わせるほど、色気があって格好良い。店長の優しさに触れるとふんわり優しくなれる気がした。辛い過去やフラッシュバックを乗り越えて、みかどの手をとり、監禁から抜け出しした店長。
「お前、泣いてんの?」
岳理にそう言われみかどが頷くと、岳理は涙を掬いあげた。降りてきたサングラス姿の白髪の紳士はマスコミにも丁寧にお辞儀をすると、みかど達の前を通過しようとした。
「釘本 鳴海です」
店長がそう大声で言い、警備員と皆が押しあいせめぎ合う中、TATUMI ARISUGAWAは店長を見た。そのままサングラスを外した顔は店長とは似ていない顔ではあったけれど、顔を破綻させた。
「君が血が繋がっていようといないと――愛しいよ」
その一言が、みかど達には分からなくてそのたった一言が、解決してくれる。
「真実を、一緒に見つけませんか。過去の、――過去の答え合わせをして下さい!」
「じゃあ、案内してくれないか。アルジャーノンへ」
紳士はそう静かに言うと、店長と肩を並べて歩き出した。
「さ、行きましょう」
「え!? みかどちゃんも岳理くんも来るんですか?」
店長はびっくりして、二人の顔を何度も交互に見る。
「もちろん。俺は運転手」
「私は、家へ帰るだけですので」
店長は深い深い溜め息の後、苦笑した。どうやら、観念したようだ。店長は両手に花の状態で、やれやれと諦めたように笑う。
「じゃあ、行きましょう」
そう言って、カフェ『アルジャーノン』へ向かったのでした。 終
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