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温室育ちのサボテンの未来は。
温室育ちのサボテンの未来は。
しおりを挟む「おばあちゃん、来週帰ってくる事になったわ」
千景がまるで、挨拶するかのように、あっさりと言った。
「でも、本当にひょっこりだから、いつかは分からないよ。ベルギーで鳴海さんにチョコを買うから寄りたいとか言い出して、日にちは分からないって言ってた」
スーパーに野菜を買いに行くかのような、セレブの買い物だ。
「実は、私も行方不明の父と連絡がとれそうです」
「やったね! なんかとんとん拍子だよね」
千景がそう微笑んでいたが、急に真顔になった。千景の見ている方向を見ると、店長がいた。ボサボサ頭のパジャマ姿で、昨日完成した花壇の前で座り込んでいる。
「鳴海さんが倒れて役に立たなかった間に、完成したのよ」
顔を上げた店長は、申し訳なさそうに微笑んでいた。
「すみませんでした。でも、もう落ち着きました」
そう言って、花壇に刺さっているプレートを愛しげに見つめた。
「ビオラとサフィニア……って御花を植えたんですね」
楽しみです、と微笑む店長の横顔は可愛い。
「私、植物図鑑持ってますよ。見ますか?」
そう言うと、嬉しそうに微笑んだ。急いで部屋に植物図鑑を取りに戻り店長に渡した。
「水やりは、私が毎日しますが、良かったら少し勉強して下さい」
そう言うと立ち上がって、本を受け取り、パラパラ捲った。
「はい。ありがとうございます」
いつもと変わらない、日常。変化の無い店長。なのにみかどはとても落ち着いて店長を見れた。土曜日、岳理と暴れたり泣いたり叫んだりしたのは、店長には何一つ届いていない。そう思ったら、みかどの心はとても冷静になれた。冷たいほどに。
「あら、植物図鑑?」
千景も店長が見ているのを覗き込む。
「うん。がく………!」
岳理さん、と言おうとして、冷静だった心臓が早く波打った。店長の前で岳理さんの名前を出してしまいそうになる。
「みかど?」
挙動不審なみかどを覗き込んで首を傾げる。
「だ、だだ大丈夫です! 早く学校行かなくちゃ!」
何度も何度も首を振って、無理やり思考を吹き飛ばした。考える事がいっぱいありすぎて、みかどの頭は爆発しそうだ。
「行ってらっしゃい」
店長が手を振ってくれている。今はそれで満足だと思いこむ。
「ねぇ、千景ちゃん」
目の前の信号に捕まり、立ち止まっている時に聞いてみた。
「デートの基準って、何?」
全く予期していなかった発言だったのか、千景は噴き出した。
「私、デートなんてこの前が初めてだったから。でも、2人きり逢う時とデートの違いって何なんだろうって、その、分からなくて」
あたふたしてると、千景は少し考えて、首を捻る。
「下心かな?」
今度は全然予期してない返事にみかどが驚く番だ。
「あわよくば仲良くなりたいって思うから2人で会うんじゃないの……? んん? 独り善がりならどうなんだろう」
千景は一生懸命考えてくれて何か申し訳くなる。
「また、デートするの? そんなに悩むって事は岳理さん?」
「お家に行くのはデートなの?」
最大級の悩みに、千景は妖しく笑った。
「いっぱい悩めばいいわよ」
答えが出ない悩みは、人に答えを聞くべきでは、ないらしい。悩まなければ、考える事を止められて、真実には辿り着かない。
「でも、下心、あるのですよ」
「え!? あるの?」
驚く千景に頷く。
「アルジャーノンの仲間を見せてもらいたいから」
その瞬間、千景のキラキラ妖しく光っていた瞳は、豆粒みたいに小さくなった。
「それに、私」
フッと脳裏にあの優しい笑顔が浮かぶ。長い睫毛も、サラサラで柔らかそうな髪も、腕を掴む、力強さも。
「……好きな人、いるのです。こんな、後ろ向きで可愛くない私か、好きになるなんて、おこがましい……から。努力しなきゃ。心も強く綺麗に、外見も中学生に見られないように」
好きになるって、ふわふわして、ユラユラして、胸が熱くなる。そして、胸が苦しくて痛くて自覚がない時より苦しい。昨日、岳理の前で口にして自覚した思いはもう逃げられない。
「立ち話で聞く話じゃ、なかったわね」
「千景ちゃん……」
「あのバカで記憶喪失の貧乏軟弱男」
相変わらず、酷い言い草だ。
「自由になれたら、みかどの思いも気づけるのに、ね」
***
『花が咲かないサボテンなんて、要らなーい』
アルジャーノンは何十年も待ち続ければ、花は咲く。だが、臆病なみかどは自分で変わらない限り、花なんて咲けない。
『お前にはがっかりさせられる』
否定しかされなかった。否定しか知らなかった。
『みかどちゃん』
真っ暗でドロドロした感情を、店長の笑顔は、優しく消し去ってくれる。
『土日は、外に出られない、からー……』
光をくれた人。あなたの事が知りたい。それが、どんなに辛い過去だとしても。全てを知った上で店長が好きだと自信を持って言いたかった。
「おい」
(それってやっぱり)
「おい?」
(我が儘なのかな?)
「みかどっ」
「ひゃっ!」
高校の校門前には、ツヤツヤの青いスポーツカーがあった。
「どこに行く気だ?」
みかどが踵を返した瞬間、車の中の人と思い切り目が合う。
「うっわ。外車だわ」
下校中の聖マリア女学院の生徒が青いスポーツカーに注目している。みかどは先生が居ないことを確認して車までダッシュした。
「遅い」
車の窓が開き、中から不機嫌そうな岳理の姿が現れた。サングラスの上からでも、不機嫌なのがわかる。校舎や庭から視線を感じ痛い。
「早く、乗れ」
視線を無視するかのように岳理に言われ、慌ててみかどは乗り込む。乗り込んだ後で気づく男の人と二人きりという空間。緊張しながら車の中を見渡すと助手席は、革製の高級感ただよう作りで、飾られている香水の瓶や、黒い薔薇が刻まれた煙草の灰皿はお洒落だ。ハンドルを握る大きい手や、広い肩幅、色気のある横顔を見ていると密室のせいか息苦しくなっていく。
「――何?」
じろじろ見ていたのを、サングラス越しに睨まれました。
「いえ。お仕事、本当は何されてるのかなぁと……」
そう言うと、もう慣れてたが、岳理は舌打ちした。この舌打ちも、慣れれば不快にならないから不思議だ。岳理の不器用な、返答みたいで。
「来れば分かる」
そう言って、降ろされた場所でみかどは躊躇する。
「や、やっぱり帰ります」
「行くぞ」
拒否権は、ないのか。目の前には、108段と書かれた石の看板と、長い長い石の階段を見て、真っ青になりながら心の中で呟いた。階段の一段一段が、大きな石で広くて高くて一段を伸びるのも一苦労だった。ただ、石の階段はひんやりしてるから、涼しかったのが唯一の救いだろう。到着した頂上は、ご年配の団体客がちらほら。余りの広さに天竺かと思うほど。大きな木造の門をくぐり抜ければ、遥か向こうに本堂が見える。団体客の誰かが鐘を鳴らしたりお賽銭を投げているのが、微かに分かるぐらいだ。販売所も人が多いし、1つひとつの建物が、趣があり美しい。
「こっち」
桜の木を何本か通り過ぎ、またまた大きな門をくぐり抜ける。此方は立ち入り禁止と書かれている。地面は石が敷き詰められ、歩く度に何とも言えない響きが聞こえてくる。
「こんなに大きなお寺だったんですね。目が回りそうです」
「古いだけだ」
そう言っているうちに、松や椿、池などがある広い庭を横切ると、小さな温室が姿を現した。小さいと言っても、この寺の規模が大きすぎるだけで、普通の家にあれば大きすぎるぐたいの。ビニールハウスを想像していたみかどは、ガラス貼りの、植物園のような綺麗な建物に驚きを隠せないようだった。
「亡くなった祖父の趣味。今は誰も育てる人が居ないから、サボテンだけ」
そう言って、中に入るように促される。中はガラス張りの吹き抜けの天井から、光に溢れキラキラ眩しい世界が広がっている。温室と聞いていたから暖かいものだと思っていたけれど、ほのかに温かいぐらいであまり外と変わらない。サウナみたいな熱さを覚悟していた分、拍子抜けだ。
「みかど」
呼び捨てに若干の違和感を感じながらも、おいでおいで、されたので前に進む。
「西部劇のサボテンみたいだろ?」
2メートルぐらいあるサボテンに驚く。砂漠とかに生えている手があるみたいなサボテンだ。見下ろされてる威圧感は凄い。
「驚き過ぎ」
くっと笑われて、固まってしまう。それほど岳理の笑顔は衝撃的だった。
「おばけサボテンは、その足元」
「お! これは!」
ついつい興奮して野性的な声をあげながら屈む。
「ビックアルジャジーノンです!」
大きいのは裕に三十センチを超え、8体もビックアルジャジーノンが並んでいる。並んでる姿は少し怖い。
「馬鹿みたいに大きいくせに、花は小せぇだろ」
「馬鹿じゃないです! 大体、このサボテン達の方が年上なんですから、もっと敬って下さい!」
金鯱のサボテンの花は可愛いらしくないと植物図鑑に載っていたが、ちっちゃい黄色い花がポツポツ咲いている。体に似合わない小さな花は、対照的でみかどは可愛いと思った。
「ちっせぇ時に、此処におじさんに閉じ込められてさ」
急に思い出したのか、苦々しく舌打ちをしました。
「2メートルあるあのサボテンが今でも動き出しそうで、怖くてさ、それ以来、閉所が駄目になっただけだ」
閉所恐怖症のトラウマがサボテンにあったらしい。
「それは、可哀想ですね」
「お前、顔笑ってるぞ」
急にほっぺをつねられてしまい、キッと睨みつる。慌てて暴れて離れたせいで、髪がちょっと乱れて整えた。
「昨日と同じポニーテールだけど、三つ編み卒業したワケ?」
土も入ってない花壇に腰掛け、煙草に火をつけながら、偉そうに聞くが、みかど頬を染めた。
「最近は、……お兄さんが結んでくれるから」
今日も、お店はお休みなのに眠たそうな細い目で結んだ。寝癖のついていた髪は、可愛かったとしみじみ思いだす。
「お兄さん、お兄さん、うぜぇ」
「じ、自分が聞いたくせに!」
ポケットから携帯灰皿を取り出すと、乱暴に煙草の火を消す。
「鳴海にとっては、あのCafeは『温室』だな」
フーッと息をかけられ、慌てて首を振って煙を追い払う。
「そんなに温かくもねぇのに、ずっと温室でしか生きられない」
「今日は、やけに突っかかってくるんですね! 岳理さんの方がサボテンみたいですよ!」
むーっと威嚇して睨むが、待っていても舌打ちはされなかった。
「俺は、みかどを見ると苛々するだけだ」
「言われなれてます」
「お前のろくでもない親と一緒にすんなよ」
そう言って、隣に座るように花壇をトントン叩かれた。警戒して、向かい側の花壇に座ると、ちょっと機嫌が悪くなるが気ににしない。
「ムード無ぇやつ」
ムードなんて必要ない。両者睨み合い、と思いきや、岳理は冷たく睨んではいなかった。寧ろ、その逆だ。
「あんたは黙って我慢ばっか。鳴海は周りが我慢ばっか。全然似合わないって思ったし、もっと周りに頼ればいいのに、要領悪くて苛々する。俺もおじさんも、あんなババアぐらい怖くもねぇし対応できる。お前は我慢して黙ってるから向こうが調子乗るんだ。手を伸ばせば、助けてくれるヤツはいっぱい居るのに」
あんな、馬鹿な父親の影にいつまでも怯えやがって、と、岳理は、心配そうな優しい瞳で見ていた。そんな表情を見せるのは初めてだった。
「鳴海はみかどの良い所を知らない。俺は、知ってる。鳴海の為に俺に水をかけたみかどの気持ちは、俺だけが知っている」
真っ直ぐに、射抜かれそうなほど真っ直ぐに。
「知ってるよ」
みかどを捕らえて、離さない。それは、みかどを想っての岳理の優しさ。みかども岳理の優しい所は誰より知っているつもりだ。でも、この雰囲気はとても、居心地が悪い。うまく、息が吸えなくて苦しいのだ。いつもの岳理の方が、まだ安心できるのにが、本音だった。
「う、うろ覚えですが、『温室に咲く花は、冷たい雨を知らない』みたいな歌詞があるんです」
こんな綺麗な温室に居れば、確かに冷たい雨は知らないかもしれない。
「けれど、お兄さんは違うと思います。冷たい雨に弱って、温室に逃げ込んだだけで、だから、もう温室から出ても、大丈夫だと思うんです」
まだ岳理は何か言いたそうたが、不機嫌そうに頷く。みかども気を取り直してサボテンの写真を撮ろうと携帯を取り出した。
「1つだけ」
素早く隣に来られ身構える隙も無く、顔を近づけられた。
「否定しないでまず受け止める、みかどの考え方、結構救われた」
俺だけが知る、あんたの良い所っていっぱいあるな、そう、耳元で囁かれる。胸が熱くなり、鼓動が痛いが全く自分で操作できず、みかどは戸惑う。甘ったるくて苦しく自分の感覚が、変。変で焦っている。
「どうすんの? まだ見る?」
岳理の、けだるそうに髪を掻きあげる仕草が、何故か色気を田が酔わせ視線を逸らした。。
「か、帰ります」
帰って冷水でも頭から浴びたい気分に駆られている。一秒でも早く、此処から逃げ出したい。
「じゃ、送る」
「良いです!結構です! 間に合ってます!」
立ち上がって、じりじり後ずさると、溜め息を吐かれた。
「怖がるなよ」
後ろ手で、出口のドアノブを探す。岳理は呆れてにじり寄ってくる。
「きゃーっ きゃーっ! 近づかないでー!!」
見つけたドアノブを握り締めた瞬間、ガチャリとドアノブが回った。
「お主、何してるんだ?」
「あーっ 岳リンが、みかどちゃん襲ってるー」
グイッと肩を抱き寄せたのはリヒトとトールだった。
***
「本当に何もされてない?」
「岳リンは手が早いからなぁ」
リヒトとトールに守られるように挟まれてみかどは座った。縁側には、美しい葉桜が見え、池には鯉が泳いでいる。それを目を輝かせて見ているのは、ドラガン。早く帰りたかったがこの三人のせいで、この部屋に連れて来られた。畳が五十畳はある広い部屋に、テーブルがぽつり。後は庭しか見るものがない。岳理が、お茶を用意してくれている今、こっそり逃げ出したい気分だった。
「2人は、岳理さんとどういった関係ですか?」
寛ぐ2人に聞くと、あっさり教えてくれた。
「中卒の俺らに大検受かる様に家庭教師してくれたんだ。参考書とかもくれたし」
「PCでデザインするから詳しいやり方も教えてくれたよ。 あ、この前借りたベンツは岳リンのだよー」
「今は、岳理さんの好感が上がる話は聞きたくないです……」
何で岳理の良い一面を知らないといけないのかと唇を尖らせる。
「そこは、好感度上げとけよ」
不機嫌そうにお盆を持って登場し逃げ出すチャンスは完全に無くなった。
「何でこんなに、みかどちゃん警戒させたの?」
「やっぱ襲ったんじゃない?」
二人の美声に、岳理が舌打ちし乱暴にお茶を置く。中は何故か珈琲で吹き出しそうになったけど、岳理の事だからコップを見つけられなかったのだろうか。
「花魁にお前を迎えに行けと言われたが、儂らが来て正解だったな」
ドラガンが縁側から此方を向いて話しかけてきたが、みかどはそっぽを向く。なぜ、どらガンもここにいるのか。
「今、ドラガンさん嫌い月間中ですけど!」
「なんじゃ? 強化月間みたいなそれは」
先日のピーマンの事、店長についてを同情やら哀れみやら言ったのを許せないで居る。
「お前らこそ、仕事は?」
適当に見繕ってきたらしいお茶菓子の中から、お煎餅を食べる岳理が聞く。
「前々から、ドラガンさんに案内頼まれてたんだ、今日」
「みかどちゃん送ったらカフェ手伝いに戻るよ」
「ありがとうございます。すぐ帰りましょう!」
みかどが立ち上がると刺さる視線を感じる。
「何ですか?」
岳理がずっと睨んでいる。
「……別に」
眼力が在りすぎて、怖いとか何でプレッシャー与えるんですか、と言えない目力にたじろく。
「免疫ないって面倒臭えな」
そうポツリと零すと、二人がすかさずキャッチしてしまう。
二人に絡まれながらも、無表情で煙草を吸う岳理。煙草を吸う唇が動くと、先ほどの意味不明な言葉を思い出して苦しくなる。
「お手洗い貸して下さい!」
「真っ直ぐ行って突き当たり左」
なんともふてぶてしい表情の岳理を睨みつけながら、適当に御礼を言ってみかどは立ち上がる。(やっぱりトイレ行くふりして帰ってしまおうか)そんな衝動に駆られるが、この山のてっぺんの寺から一人で駅まで出るのは骨が折れてしまう。とぼとぼお手洗いを借りて廊下に出ると、ある部屋から物音がし、誰かが飛び出して行くのが見えた。
「大丈夫ですか」
飛び出してきたのは住職さん。良く見れば、岳理が少し渋く老けた感じの方だった。
「もしや、岳理が連れ込んだかな?」
「はい。 お邪魔してます」
「岳理の父親でございます。岳理がいつもご迷惑をおかけしております」
住 職さんは爽やかに笑うと、何故か全力で逃げていった。岳理より表情豊かで素敵いうか、岳理も喜怒哀楽を出してくれたら、もっと。そんなことを思いながら、部屋を覗くと、こんな日本風の作りの家なのに、この部屋だけフローリングだった。物は少なく、ベッドと机のみ。眠るだけの部屋みたいだが机には、三台のパソコンとモニターがあります。そして、何故か日本酒らしき瓶が2本。持ち上げて確認しようとすると、後ろで物音がした。
「……此処、俺の部屋」
襖に背もたれし、腕を組んでいる岳理さんが居た。
「みかどの事だから、迷子になってると思った」
「探しに来てくれたのですか?」
「それか、逃げ出したとか」
ビクッと体を揺らして、肯定する。岳理は深い溜め息を吐いて近づいていく。みかどは怖いと思った。そばに来られ身構えてしまう。ちょっと、距離を開けつつ机の上のお酒を手渡す。
「これ、住職さんから差し入れみたいです」
「親父が?」
お酒を受け取ると、岳理の顔色が変わっていく。
「あんの、くそじじい」
お酒を持って飛び出そうとすると、
「あ、此処に居たんだ」
リヒトとトールも入って来た。
「お前ら、俺の『仕事部屋』に勝手に入んな」
「此処で仕事してんの?」
二人は遠慮せずに中に入って、きょろきょろ、ペタペタ触り出した。
「そういえば、岳理さんのお仕事って……?」
来れば分かるって言っていたが、そう尋ねると、変わりに2人が答えてくれた。
「パソコンで、檀家の法事予定や行事の予約とか管理してるんだよ」
「孔礼寺のHPとか見た事ない? あれも岳リンが作ってるよ」
「いつぞや弟がHP見てました!」
確か、室町時代から続く云々って書かれていたのを覚えている。後から入って来たドラガンも、物知り顔で口を出して来ます。
「T大の理学部数学科じゃろ。それぐらい簡単にできそうじゃな」
「だから、ばっりばりの文系の葉瀬川さんはこのシステム管理はできないんだよ」
「分家の葉瀬川さんを跡取りにさせないように、岳リンったら寺の仕組みをシステム化しちゃったんだよ。怖くない?」
「違う。分家とウチでモメてたからおじさんがピエロになってくれただけ」
岳理が舌打ちしながら説明してくれたが、置かれた酒の名前を見て固まるのが、四人の目にはっきりと映った。ドラガンがその日本酒を手に取りそしてお酒のラベルを見て動きを止める。
「『逢瀬』……?」
お酒好きのドラガンは首を傾げ、もう1つも見てまた首を傾げました。
「……『初恋』?」
考え込んだ後、岳理に尋ねました。
「こんな日本酒、どこで買ったんじゃ?」
「売ってねぇよ」
岳理はドラガンから日本酒を奪い取ると、ラベルを剥がす。
「あんの、くそじじい、人をからかいやがって!」
どうやら、手作りのラベルだったらしい。
「『逢瀬』と『初恋』のラベルでどうして怒るんですか?」
本当に有りそうな日本酒で、面白いジョークじゃないのかとそう尋ねたら、岳理は呆れた様子で溜め息を吐き出した。
「お前、本っ当に苛々する」
みかどが驚いていると、2人は岳理の肩を叩いた。
「みかどちゃんは天真爛漫、純真無垢なの。焦っても無駄だよ」
打ち合わせもなく、そんな言葉がハモる双子の方が驚きだ。
「ま、飲んで忘れましょーや」
ドラガンが日本酒を奪い、手の甲でカツンと叩いた。そして突如昼間から、宴会が行われていく。泣き上戸のリヒトに、甘えん坊のトールに、様々な方言を喋るドラガン。
「皆さん、カフェのバイトは!」
泣くリヒトを慰めつつ、甘えるトールさんを岳理さんに押し付けつつ、ドラガンの舞『敦盛』から、本能寺の変ごっこ(?)が始まり、気づけば空はどっぷり真っ暗になっていた。酔っ払った三人を、転がすように石垣の階段を下りさせ、なんとか車に押し込み、その頃には、三人はぐっすり夢の中だった。
「あのお酒、一口も飲まなくて良かったんですか?」
「お前、それ以上喋るな」
苛々した岳理が車を急発進させました。後ろで三人がぶつかり合う音がしたが、起きない。
「楠木教授のことだが、俺が話すから、帰ってきたら連絡しろ」
何で偉そうに命令するのかとまたもや唇を尖らせる。
「……父は、お義母さんの行動に無関心かもしれませんよ」
車は街中を駆け抜ける。ビルのネオンが流れるようにキラキラ輝くのを、みかどは冷たくなった瞳で見ていた。返事を待たず話を続けた。
「あの人が私や義母に感心があると思えないです」
そう言うと、岳理は暫く黙っていたが、やがて重い口を開いた。
「俺は、鳴海やみかどが傷つく要因が少しでも緩和されるだけでもいい」
信号で止まり、少しの静寂が訪れた。後ろからの鼾以外。
「楠木教授も敵だと判断できれば、それだけで収穫だ」
最初は、店長だけの為だったのに、今はみかどの名前も出してくれた。
「だから連絡しろよ」
岳理からは、お酒を我慢していた分、強い煙草の匂いがした。苦くて、好きになれない匂いなのに、甘くみかどを締めつける。
「……はい」
時間が早く流れて欲しいと、みかどは頷いた。
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