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デート記録と婚姻届。
デート記録と婚姻届。四
しおりを挟む今日は、自分の事もままならない癖に、幹太さんの顔をちらちら見てしまった。
一人、パートも御休みなので、休憩は小百合さんと交代で、一人寂しく賄いの鮭雑炊を頂いた。
母子手帳の母の名前は自分の名前を書いたけど、父の名前は書いたとして入籍したら私の名前はどうなるんだろう。
確か、デイビーの名字はブラフォード?
美麗・ブラフォード?
ブラフォードさんっとか呼ばれるのかな?
そこらへんももっと具体的に話し合っていくんだよね。
結婚式も、妊娠しているのにするのかな?
気になりだしたら、どんどん問題は出てくる。
でも、私だけでは何一つ分からないことだらけ。
彼と二人で周りを巻きこんで結婚するんだ。
言葉を出さなきゃ、皆に迷惑かけちゃうし。
仕事中なのに、今すぐデイビーの笑顔が見たい。私の疑問を一つ一つ『ふむふむ』って頷きながら聞いてほしい。
気持ちは積もる。焦る。焦れる。
まずは、……昨日の御礼をちゃんと言わなきゃ。
財布をロッカーから取り出すと、私は近くの文房具店へ目指した。
ーーーーー
ーーーー
ーー
「お疲れ様、美麗。さあ、乗って」
裏口から出ると、デイビーは既に車に寄りかかり、優雅に待っていた。
私服だ。スーツ姿しか見たこと無かったけれど、サングラスを紺色のジャケットのポケットにかけて、長い脚を象徴するようなジーンズ姿。
こんな格好いい人、本当に私の未来の旦那様なのかなとくらりとしてしまう。
見とれている私に微笑むと、そのまま助手席のドアを開けてくれる。
「ありがとうございます」
「いいえ。本当はどこかで食事して帰りたかったのですが、麗子さんが妊婦に外食は塩分が多過ぎて駄目だと。立花さんに食事をきちんと見て貰うようにと」
「つまり、家に帰れってことですね」
「じゃあ、私も御邪魔しようかな。ふふ。女性しか居ない園に私が入っていいのか毎回申し訳なくなりますからね」
いや、今朝、腰にタオルだけの格好で縁側を歩いていましたよね?
全然、申し訳なさそうに見えなかったのに。
「あの、私、病院に聞いてみます。確か、妊婦さんってお腹大きくなったら飛行機乗れませんよね? だから、その、それまでに」
「美麗?」
「ちゃんと、デイビーさんのご両親に挨拶しに手を合わせに行きたいなって」
「知ってたんですか? 私の両親のこと」
「いえ。それぐらいしか。でも私、もっとデイビーさんが知りたいです」
ご両親の思い出や兄弟は居るのかとか、何が好きでいつも何をしているのかとか。
隣に座って香るデイビーの匂いだけは、忘れられないあの夜へ繋がる。
私が知ってるのは、その腕が優しく私を抱き締めてくれること。
賭けで母の気持ちを引き出してくれること。
笑顔に中毒症が出てしまうこと。
「そうですね。私たちはもっとお互いを知り、お腹の赤ちゃんに伝えていかなければいけませんよね」
もう日は落ち、家ではご飯も用意されている。
それでもデイビーは車を飛ばし、海が見える丘の上で車を止める。
既に周りにはカップルが海を見に車から出ているので、私たちは車に乗ったまま海を眺めた。
「思い付きで来て正解でした。意外と綺麗です」
「また、賭けですね」
ふふと笑うとデイビーは目を細める。
「賭けは、この先ずっと負けませんよ」
「ふふ。凄い自信ですね」
クスクス笑うと、彼は私の唇に触れた。
優しく指先でなぞられ、彼を見上げる。
頬に触れ、その指先は肩を撫で、お腹を優しく触る。
「産婦人科で、帝王切開かもしれないと聞いても貴方は迷わなかった。貴方は、強くて美しい。――貴方を好きになって良かったと日々思っています」
優しい言葉だった。
彼は、私に甘いんだと思う。
「ううん。宿った命を私が守るために頑張りたいだけです。私もデイビーさんが母に頭を下げてくれて嬉しかった。私も貴方に見つけて貰えて良かったです」
「美麗、愛称に『さん』はおかしいです」
クスクスとデイビーは笑い私を抱き締めた。
「両親は、日本に毎年旅行に行くぐらい此処が好きな人たちでした。両親のお陰で美一さんとも日本文化の交流イベントで知り合えましたしね。『春は桜が飛び交い、山は霧もなく、空は透き通っていた』『日本の空は美しい』両親の口癖でした。イギリスの空を見上げては比べるんです。でも、美一さんが亡くなったと知り、その痛々しい姿と、綺麗な空が余りにも対照的で、両親の目にいつまでも焼き付いていて、両親が言う『綺麗ねぇ』と言う空は、とても残酷な澄み切った色でした」
「デイビットさん……」
「私は、その悲しい空を払拭したい。貴方と居る空の下は、綺麗だと思いたい。早く家族が欲しかったこと、騙したこと一生愛して愛して、償います」
心の葛藤を、私にちゃんと話してくれたのが嬉しい。
言葉に詰まってしまいそうなデイビーの過去に、何を言っていいのか私には分からない。
けれど、どんな過去でも彼を形成してくれた大切な思い出なのだから同情だけはしたくない。
だから、私は触れる。彼の頬を両手で閉じ込めるように触れる。
「不束者ですが、宜しくお願いします」
そう笑ったつもりなのに涙が溢れた。
彼はそれさえも受け止めて微笑んでくれていた。
そのまま抱きあったまま、彼の話を聞く。
年の離れたお兄さんがいること。
お兄さんは豪華客船の船長でなかなか陸にはいないこと。
彼以上のフェミニストだから、妊娠中の私を海外に連れ出したらきっと怒られてしまうから、私が会いに行くのは止めた方が良いらしいことも。
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