48 / 71
デート記録と婚姻届。
デート記録と婚姻届。四
しおりを挟む今日は、自分の事もままならない癖に、幹太さんの顔をちらちら見てしまった。
一人、パートも御休みなので、休憩は小百合さんと交代で、一人寂しく賄いの鮭雑炊を頂いた。
母子手帳の母の名前は自分の名前を書いたけど、父の名前は書いたとして入籍したら私の名前はどうなるんだろう。
確か、デイビーの名字はブラフォード?
美麗・ブラフォード?
ブラフォードさんっとか呼ばれるのかな?
そこらへんももっと具体的に話し合っていくんだよね。
結婚式も、妊娠しているのにするのかな?
気になりだしたら、どんどん問題は出てくる。
でも、私だけでは何一つ分からないことだらけ。
彼と二人で周りを巻きこんで結婚するんだ。
言葉を出さなきゃ、皆に迷惑かけちゃうし。
仕事中なのに、今すぐデイビーの笑顔が見たい。私の疑問を一つ一つ『ふむふむ』って頷きながら聞いてほしい。
気持ちは積もる。焦る。焦れる。
まずは、……昨日の御礼をちゃんと言わなきゃ。
財布をロッカーから取り出すと、私は近くの文房具店へ目指した。
ーーーーー
ーーーー
ーー
「お疲れ様、美麗。さあ、乗って」
裏口から出ると、デイビーは既に車に寄りかかり、優雅に待っていた。
私服だ。スーツ姿しか見たこと無かったけれど、サングラスを紺色のジャケットのポケットにかけて、長い脚を象徴するようなジーンズ姿。
こんな格好いい人、本当に私の未来の旦那様なのかなとくらりとしてしまう。
見とれている私に微笑むと、そのまま助手席のドアを開けてくれる。
「ありがとうございます」
「いいえ。本当はどこかで食事して帰りたかったのですが、麗子さんが妊婦に外食は塩分が多過ぎて駄目だと。立花さんに食事をきちんと見て貰うようにと」
「つまり、家に帰れってことですね」
「じゃあ、私も御邪魔しようかな。ふふ。女性しか居ない園に私が入っていいのか毎回申し訳なくなりますからね」
いや、今朝、腰にタオルだけの格好で縁側を歩いていましたよね?
全然、申し訳なさそうに見えなかったのに。
「あの、私、病院に聞いてみます。確か、妊婦さんってお腹大きくなったら飛行機乗れませんよね? だから、その、それまでに」
「美麗?」
「ちゃんと、デイビーさんのご両親に挨拶しに手を合わせに行きたいなって」
「知ってたんですか? 私の両親のこと」
「いえ。それぐらいしか。でも私、もっとデイビーさんが知りたいです」
ご両親の思い出や兄弟は居るのかとか、何が好きでいつも何をしているのかとか。
隣に座って香るデイビーの匂いだけは、忘れられないあの夜へ繋がる。
私が知ってるのは、その腕が優しく私を抱き締めてくれること。
賭けで母の気持ちを引き出してくれること。
笑顔に中毒症が出てしまうこと。
「そうですね。私たちはもっとお互いを知り、お腹の赤ちゃんに伝えていかなければいけませんよね」
もう日は落ち、家ではご飯も用意されている。
それでもデイビーは車を飛ばし、海が見える丘の上で車を止める。
既に周りにはカップルが海を見に車から出ているので、私たちは車に乗ったまま海を眺めた。
「思い付きで来て正解でした。意外と綺麗です」
「また、賭けですね」
ふふと笑うとデイビーは目を細める。
「賭けは、この先ずっと負けませんよ」
「ふふ。凄い自信ですね」
クスクス笑うと、彼は私の唇に触れた。
優しく指先でなぞられ、彼を見上げる。
頬に触れ、その指先は肩を撫で、お腹を優しく触る。
「産婦人科で、帝王切開かもしれないと聞いても貴方は迷わなかった。貴方は、強くて美しい。――貴方を好きになって良かったと日々思っています」
優しい言葉だった。
彼は、私に甘いんだと思う。
「ううん。宿った命を私が守るために頑張りたいだけです。私もデイビーさんが母に頭を下げてくれて嬉しかった。私も貴方に見つけて貰えて良かったです」
「美麗、愛称に『さん』はおかしいです」
クスクスとデイビーは笑い私を抱き締めた。
「両親は、日本に毎年旅行に行くぐらい此処が好きな人たちでした。両親のお陰で美一さんとも日本文化の交流イベントで知り合えましたしね。『春は桜が飛び交い、山は霧もなく、空は透き通っていた』『日本の空は美しい』両親の口癖でした。イギリスの空を見上げては比べるんです。でも、美一さんが亡くなったと知り、その痛々しい姿と、綺麗な空が余りにも対照的で、両親の目にいつまでも焼き付いていて、両親が言う『綺麗ねぇ』と言う空は、とても残酷な澄み切った色でした」
「デイビットさん……」
「私は、その悲しい空を払拭したい。貴方と居る空の下は、綺麗だと思いたい。早く家族が欲しかったこと、騙したこと一生愛して愛して、償います」
心の葛藤を、私にちゃんと話してくれたのが嬉しい。
言葉に詰まってしまいそうなデイビーの過去に、何を言っていいのか私には分からない。
けれど、どんな過去でも彼を形成してくれた大切な思い出なのだから同情だけはしたくない。
だから、私は触れる。彼の頬を両手で閉じ込めるように触れる。
「不束者ですが、宜しくお願いします」
そう笑ったつもりなのに涙が溢れた。
彼はそれさえも受け止めて微笑んでくれていた。
そのまま抱きあったまま、彼の話を聞く。
年の離れたお兄さんがいること。
お兄さんは豪華客船の船長でなかなか陸にはいないこと。
彼以上のフェミニストだから、妊娠中の私を海外に連れ出したらきっと怒られてしまうから、私が会いに行くのは止めた方が良いらしいことも。
0
お気に入りに追加
341
あなたにおすすめの小説
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
五歳の時から、側にいた
田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。
それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。
グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。
前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
極上の一夜で懐妊したらエリートパイロットの溺愛新婚生活がはじまりました
白妙スイ@書籍&電子書籍発刊!
恋愛
早瀬 果歩はごく普通のOL。
あるとき、元カレに酷く振られて、1人でハワイへ傷心旅行をすることに。
そこで逢見 翔というパイロットと知り合った。
翔は果歩に素敵な時間をくれて、やがて2人は一夜を過ごす。
しかし翌朝、翔は果歩の前から消えてしまって……。
**********
●早瀬 果歩(はやせ かほ)
25歳、OL
元カレに酷く振られた傷心旅行先のハワイで、翔と運命的に出会う。
●逢見 翔(おうみ しょう)
28歳、パイロット
世界を飛び回るエリートパイロット。
ハワイへのフライト後、果歩と出会い、一夜を過ごすがその後、消えてしまう。
翌朝いなくなってしまったことには、なにか理由があるようで……?
●航(わたる)
1歳半
果歩と翔の息子。飛行機が好き。
※表記年齢は初登場です
**********
webコンテンツ大賞【恋愛小説大賞】にエントリー中です!
完結しました!
社長の奴隷
星野しずく
恋愛
セクシー系の商品を販売するネットショップを経営する若手イケメン社長、茂手木寛成のもとで、大のイケメン好き藤巻美緒は仕事と称して、毎日エッチな人体実験をされていた。そんな二人だけの空間にある日、こちらもイケメン大学生である信楽誠之助がアルバイトとして入社する。ただでさえ異常な空間だった社内は、信楽が入ったことでさらに混乱を極めていくことに・・・。(途中、ごくごく軽いBL要素が入ります。念のため)
帰らなければ良かった
jun
恋愛
ファルコン騎士団のシシリー・フォードが帰宅すると、婚約者で同じファルコン騎士団の副隊長のブライアン・ハワードが、ベッドで寝ていた…女と裸で。
傷付いたシシリーと傷付けたブライアン…
何故ブライアンは溺愛していたシシリーを裏切ったのか。
*性被害、レイプなどの言葉が出てきます。
気になる方はお避け下さい。
・8/1 長編に変更しました。
・8/16 本編完結しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる