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世間知らずの身の程知らず。

世間知らずの身の程知らず。七

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母との勝負は、一瞬だった。

産婦人科から帰り、あとは母との話しあいをするのみだった。
でも予想はしていたけど行ってすぐお弟子さんが玄関まで出てきて門前払いだった。

三味線の音がするのに、母は長期の出張へ出かけているらしい。


「おじゃまします。着替えとったらすぐに出ていきますので」

「美麗さん、困りますよ!」

慌てて追いかけてくるお弟子さんをすり抜けて、私は自室へ向かうふりをした。
その後ろから、デイビットさんもネクタイを触りながら入って来る。


「美麗さん!」
呼ばれても振り切って、聴こえないふりをしながら自室を通りすぎ稽古場へ向かう。
居るのは明らかだった。

「失礼します」

勢いよく襖をあけると、扇子を持って舞っている美鈴と三味線を奏でている母が此方を見る。


隅の方では順番を待っているお弟子さん達も見えた。


「何をしに来たの? 稽古中なのだから出て行きなさい!」

張り上げた声に、心臓はバクバクいいながらも息を整えて正座した。


「今までお世話になりました」

その言葉は、乾いてパラパラと音を立てて零れ落ちていく。


「あら、じゃあ出て行くのね」
清々すると言わんばかりの澄ました顔。
きつい目も、突き放した声も小さい頃からずっと怖かった。
だから、言わなきゃいけない。

「弟子じゃなくなったら、優しいお母さんになってくれるのかなって思った日もありました。父みたいに優しい貴方が見たかった。でも、厳しいけど貴方も貴方なりに私を考えて育ててくれたからもう言いわけはしたくないです」

厳しく、跡取りとしての縛りは深かった。普通から少しズレた自分の運命を呪ったこともあった。けど。


「もう『お母さんが決めたから失敗した』と誰かのせいにして生きたくないです。性格まで可愛くなくなりたくない。私は、間違えても、自分で考えて生きていきたい。だから、決めました。この子を産みます」

エコー写真を畳の上に置き、母の元へ滑らせたが見ようとしてくれなかった。
それでも、もう私は飛び出さないし、母に遠慮はしない。

「お姉ちゃん」

「ごめんね。気まずかったら出てっていいよ」

母から視線を外さす、じっと見つめたまま美鈴にそう言うと美鈴は座りこみ、エコー写真を手に取った。

「ふふ。可愛いね。どこに居るのか分からないけど。写真だけで可愛い」

「美鈴」

「私、楽しみだよ」

その言葉に、涙が溢れてきた。母に宣戦布告するならば泣かないって決めていた。
でもギスギスした時もあったのに、こんな私を受け入れてくれるなんて。

溢れる涙は、袖で拭き取っても拭き取っても溢れてきた。
泣く私を、美鈴が抱き締めてくれる中、お弟子さん達も席を立てず息を飲んでいた。

そんな中、デイビットさんが静かに母へ言う。


「賭けをしませんか? 麗子さん」


「どんな?」

無表情の母は静かにそう言うが、デイビットさんも笑顔で言う。


「美麗と私の子供が、男の子か女の子か、賭けませんか?」


人差し指を立てて、少し首を傾げながらそう言う。

すると表情は変えなかった母が、大切にしているはずの三味線を乱暴に畳の上へ置く。


「不謹慎な! 宿った赤ちゃんで賭けるなんて!」

「ふふ。麗子さんは優しいですね。口下手で不器用ですが」
口下手で不器用?
デイビットさんの言葉に、母の眉がつり上がる。

「貴方達は部屋で待機していなさい」

お弟子さん達にそう強い口調で言うと美鈴を睨みつけた。
けれど美鈴は動かないでずっと私の傍に居る。

「お祝い事を皆で心から盛り上げて祝うには、賭け事は大切です。私は生まれてくる子は女の子だと思っています」

にっこりとけれどデイビットさんは真っ直ぐに母を見てそう言う。

「賭けの結果を一緒に待ちませんか? 本当は美麗の為に妹さんを跡取りにきめたのでしょ?」

「見当違いも甚だしいわ。ずっと不満そうに練習してたから解放しただけよ」

「やりたくない跡取りの道を無理矢理歩ませていたのがずっと気がかりだったのですね」

デイビットさんは穏やかで優しい声なのに、二人からは腹を探り合うような張りつめた緊張感が漂う。

「言葉か足りないのは二人ともよく似ていますね。私は、麗子さんに感謝します。貴方が冷たく突き放してくれたお陰で、美麗は私の元へ舞い降りて来ましたから」

「――突き放したことなど、一度もありません」

母の言葉や空気は怖いのだけど、それとは裏腹な言葉の端々が私には理解できなかった。

母からは本当に鈍臭くて大人しい私なんて、嫌われているかうっとおしいかと思っていたのに。


「じゃあ、これからまだいっぱい話していけば良いです。生きていたら、話しあう機会なんていっぱいありますからね」

「若造が偉そうに」
フンっと母が鼻で笑い飛ばした後、私と美鈴を見て、そして静かに言う。


「男の子です」

そう言って、デイビットさんを睨む。


「女の子は二人も居るんだから、次は男の子です」


(あ……)


母の意外な言葉に呆然とすると、デイビットさんが不敵に笑う。

「丁度良いですね。私は女の子だと思っています」

デイビットさんも私たち二人を見て、優しく笑う。

そして少し後ろへ下がると、両手を畳の上へ着いた。

「貴方から、大切なお嬢さんを頂くのですから、生まれてくる子は――女の子です」


深々と頭を下げる。191センチもある大男が、畳に額を擦る。


「ですので、美麗を私に下さい」

『貴方から、大切なお嬢さんを』

そうデイビットさんは言ってくれた。

涙が込み上げて、大粒に溜まり音もなく頬を流れていく。

私は。

私は。

この人に見つけて貰えて本当に良かった。
この人に、此処まで言って貰えて良かった。

やっと、負け犬のように生きてきて私の心が、暖かいデイビットさんの言葉で満たされていく。


「私、デイビットさんが良いです。もう怖くない。彼がいい」

デイビットさんの背中にしがみ付いて泣く。
震えて声にならない声で、言葉を探して。


身の程知らずにも関わらず、お姫様に憧れて。
世間知らずのくせに、一人で生きていこうと強がって。
お腹の子を守るには、デイビットさんみたいに頭を下げるも必要なのに。
私は何も見えていなかったのね。

「もし賭けが外れたら、貴方はどうするつもりなの?」
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