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賭けの夜の行方。
賭けの夜の行方。一
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ふわふわとした足取りで緊張しながら向うホテルでは、どんな外装だとか何階だとか全然頭の中に入って来なかった。――外泊して男の人と会っている時点で、麻薬のような、ふわふわした熱が襲っていたから、もう右も左も分からない。
ただ、ぱたりと部屋のドアが閉まった瞬間、廊下の電気が遮断され視界が真っ暗に染まる。
うっすらと浮かぶ月の淡い光に目が慣れてきた瞬間、肩に手が置かれた。
その手が、肩から腕に降りてくる。繊細な指の動きに、ただそれだけで身体が熱くなる。
けれど男性に初めて触れられて、身体が緊張して自分の身体ではないように動けない。
その手が指を絡めたと思うと、離される。
そのままデイビットさんに後ろから抱き締められていた。
「緊張していますね。美麗」
するすると首筋に優しくデイビットさんの唇が這って行く。身体をぞくぞくした甘い疼きが支配する。
「ひゃっ」
怖いと思った。今すぐ逃げ出したいとも。
でも、親に嘘をついてまで此処に来た自分。言いつけを守らなかった自分。
――悪いことをしている気分になる自分が楽しくて仕方なかった。
「怖い……?」
心配げに耳元で囁かれ、大きく首を振る。
本当は、怖い。何も知らない、その先を想像するだけで胸が破裂しそうだ。
「大丈夫。私にすべて任せて。貴方を喜ばせたいだけだから」
耳を甘噛みされ、背中がしびれる。
けれど、一つ一つの愛撫が触れるか触れないかの優しい愛撫で、焦らされているようにも思える。
後ろから抱きしめられていた手が、下りていき帯を触る。
そして輪郭をなぞりながら、困ったように笑う。
「せっかく綺麗に着物を着ているから、――脱がすのが忍びないですね」
デイビットさんは甘い毒を吐く。私を痺れさせて、丸呑みにするための、毒。
でも毒が体中に広がった方が、きっと痛くない。
「でも私もこんなに早く欲しいと思ったこともない。――早く貴方をすべて見たい」
帯が、緩められていく。
きつく、きつく結んだはずの帯が、簡単に緩められ暴かれていく。
淡い月の明かりだけの部屋で、絹擦れの音だけが辺りを支配していく。
床に弧を描くように落ちていく帯が、私の心と体を縛っていた戒めを解くようで。
指先の熱い熱に体の奥から甘い疼きが生まれ、解放感に包まれていく。
帯が下りた瞬間、彼の手が着物の合わせ部分を掴んだ。
ところがデイビットは着物の割れ目から手を進入したのはいいが、そこから動かない。
「美麗、すいません。この中の帯が解けない」
申し訳なさそうに謝るデイビットさんに、緊張していた私から、ぷしゅっと空気が抜けていく。
張り詰めていた緊張の糸が、柔らかくなった。
「――脱いでみせてくれますか?」
「えっ」
和らいだのはほんの一瞬だった。
彼が耳元で甘くねだるその言葉は、私の心臓を一瞬止めた。
「見せて。貴方から見せてください」
嫌だと言いたい。恥ずかしくて無理だと言いたい。
なのに私は、彼から少し離れると帯を持つ。
手が震えていた。けれど恐怖だけではない。
この先の、彼に捧げる一夜のことを思えば、これぐらいで恥ずかしがっていてはいけない。
碧眼のビー玉のような瞳が、するすると帯が落ちて行くのをじっと見つめる。それが恥ずかしくて、背中を向けた。背中から肩へ落とされて、月の光で淡く背中が浮かび上がる。
急に恥ずかしくなり肩で着物を止めてしまう。
これを肩から落とせば全部見られてしまうんだ。
人に見せたこともないその先。
恥ずかしくて、手が固まってしまった。
「美麗」
彼は私を、まるで大事な宝物みたいに扱ってくれて、触ってくれた。
私の前に歩いてくると、肩で止めていた着物の前を開かれ床へ落とされた。
――綺麗です。
着物を脱がせ、そう言うと、私を優しく抱きしめた。
彼に抱き抱えられると、着物が足に引っかかる。
それが落ちる。簡単に、まるで今の私の思考のように、簡単に落ちた。
ベッドが私だけじゃなく、彼の重みで沈んでいく。
私とデイビットさんが歩いた後は、着物の残骸が落ちていて、ヘンゼルとグレーテルの目印のようで笑えた。
ほんの数日前までは他人だったのに、その男の人が今、私を見下ろしている。母が望むような家柄でもない、青いビー玉のような瞳の男に組み敷かれている。
「美麗」
髪を掴むと、愛しむように目を閉じて口づけた。髪にまでキスをくれる彼が、――どうしようもなく素敵で私の身体は震えている。
日本人は外人にすぐに足を開くと馬鹿にされている風潮があるのを知っていた。春月屋の休憩室で、パートの二人が影口を叩くように。
だが、鳥かごの中の自分か関係ない、関わりが無い、そんな品のないことはしないと、軽蔑していたのに。
――悪いことするのが、気持ちいい。
そう溢れだす感覚が、全身を震えさせる。おかしく、狂わせる。
ただ、ぱたりと部屋のドアが閉まった瞬間、廊下の電気が遮断され視界が真っ暗に染まる。
うっすらと浮かぶ月の淡い光に目が慣れてきた瞬間、肩に手が置かれた。
その手が、肩から腕に降りてくる。繊細な指の動きに、ただそれだけで身体が熱くなる。
けれど男性に初めて触れられて、身体が緊張して自分の身体ではないように動けない。
その手が指を絡めたと思うと、離される。
そのままデイビットさんに後ろから抱き締められていた。
「緊張していますね。美麗」
するすると首筋に優しくデイビットさんの唇が這って行く。身体をぞくぞくした甘い疼きが支配する。
「ひゃっ」
怖いと思った。今すぐ逃げ出したいとも。
でも、親に嘘をついてまで此処に来た自分。言いつけを守らなかった自分。
――悪いことをしている気分になる自分が楽しくて仕方なかった。
「怖い……?」
心配げに耳元で囁かれ、大きく首を振る。
本当は、怖い。何も知らない、その先を想像するだけで胸が破裂しそうだ。
「大丈夫。私にすべて任せて。貴方を喜ばせたいだけだから」
耳を甘噛みされ、背中がしびれる。
けれど、一つ一つの愛撫が触れるか触れないかの優しい愛撫で、焦らされているようにも思える。
後ろから抱きしめられていた手が、下りていき帯を触る。
そして輪郭をなぞりながら、困ったように笑う。
「せっかく綺麗に着物を着ているから、――脱がすのが忍びないですね」
デイビットさんは甘い毒を吐く。私を痺れさせて、丸呑みにするための、毒。
でも毒が体中に広がった方が、きっと痛くない。
「でも私もこんなに早く欲しいと思ったこともない。――早く貴方をすべて見たい」
帯が、緩められていく。
きつく、きつく結んだはずの帯が、簡単に緩められ暴かれていく。
淡い月の明かりだけの部屋で、絹擦れの音だけが辺りを支配していく。
床に弧を描くように落ちていく帯が、私の心と体を縛っていた戒めを解くようで。
指先の熱い熱に体の奥から甘い疼きが生まれ、解放感に包まれていく。
帯が下りた瞬間、彼の手が着物の合わせ部分を掴んだ。
ところがデイビットは着物の割れ目から手を進入したのはいいが、そこから動かない。
「美麗、すいません。この中の帯が解けない」
申し訳なさそうに謝るデイビットさんに、緊張していた私から、ぷしゅっと空気が抜けていく。
張り詰めていた緊張の糸が、柔らかくなった。
「――脱いでみせてくれますか?」
「えっ」
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彼が耳元で甘くねだるその言葉は、私の心臓を一瞬止めた。
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嫌だと言いたい。恥ずかしくて無理だと言いたい。
なのに私は、彼から少し離れると帯を持つ。
手が震えていた。けれど恐怖だけではない。
この先の、彼に捧げる一夜のことを思えば、これぐらいで恥ずかしがっていてはいけない。
碧眼のビー玉のような瞳が、するすると帯が落ちて行くのをじっと見つめる。それが恥ずかしくて、背中を向けた。背中から肩へ落とされて、月の光で淡く背中が浮かび上がる。
急に恥ずかしくなり肩で着物を止めてしまう。
これを肩から落とせば全部見られてしまうんだ。
人に見せたこともないその先。
恥ずかしくて、手が固まってしまった。
「美麗」
彼は私を、まるで大事な宝物みたいに扱ってくれて、触ってくれた。
私の前に歩いてくると、肩で止めていた着物の前を開かれ床へ落とされた。
――綺麗です。
着物を脱がせ、そう言うと、私を優しく抱きしめた。
彼に抱き抱えられると、着物が足に引っかかる。
それが落ちる。簡単に、まるで今の私の思考のように、簡単に落ちた。
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「美麗」
髪を掴むと、愛しむように目を閉じて口づけた。髪にまでキスをくれる彼が、――どうしようもなく素敵で私の身体は震えている。
日本人は外人にすぐに足を開くと馬鹿にされている風潮があるのを知っていた。春月屋の休憩室で、パートの二人が影口を叩くように。
だが、鳥かごの中の自分か関係ない、関わりが無い、そんな品のないことはしないと、軽蔑していたのに。
――悪いことするのが、気持ちいい。
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