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イベント当日
イベント当日 三
しおりを挟む「え、あの、」
「恋文は読んで頂けたかな?」
その言葉に、なんだかもう消えてしまいたい衝動に駆られる。
そう思うのは、私が都合のいい解釈であの文を和訳してしまったから。
まるで、御伽話のように都合よく。
「その様子だと、意味も分かって頂けたみたいですね」
「あの、あの、あの、あの」
「はい?」
私が言葉を選ぶ間に、広場へと足を踏み込んでいた。
結婚式場みたいな丸いテーブルが何台も庭のあちこちに置かれ、オードブルが並べられ、お酒を運ぶウェイトレスさんやウェイターさんがいる。
笑い合う声や、話している言語は、日本語だけではないように聞こえる。
そんな中、デイビットさんは私が話しだすのを、ゆっくりと優しい瞳で待っていてくれていた。
「Up to you.て、私しだいって事ですよね?」
「そうですね。貴方が、桜の木の下で泣くだけで癒されるならば、あの鳥籠にいても私は止めませんよ」
――来て下さい、そうまたエスコートされると、デイビットさんがピンク色のお酒が入ったグラスを二つ手にとって私に差しだしてきた。
「桜をモチーフに作ってもらったカクテルです。貴方の洋服にも合わせています」
カクテル……お酒なんて御祝い事でしか飲んだことはなかったからドキドキしたけど、甘い香りが胸をときめかせた。
「貴方とこうして話せる幸せと、今日の日に」
乾杯して、デイビットさんは一気にカクテルを飲み干した。
私も一口飲むと、ふんわりとさくらんぼみたいな甘酸っぱい香りと甘さのあとに、お酒独特の苦みが広がって眉をしかめてしまう。飲みやすくて、甘くて美味しいとは思うけど、お酒には慣れない。
「お酒の苦みも慣れると癖になりますよ」
「そ、うですね」
へらりと笑う私に、イギリスの代表的料理でるローストビーフやミートパイ、別皿にスコーンやマフィンを取ってくれた。
色んな方がすれ違う度に、デイビットさんにそれぞれの言語で話しかけていたが、それににこやかに対応していた。
今日は立食イベントだから、食べた人から自由に帰っていいらしい。
6月にあるエリザベス女王のご生誕を祝うイベントでは、コース料理が振る舞われるらしい。
「私はそれまで忙しいですが、――それでも貴方と会う時間は必ず作りたいと思っていますよ」
「デイビットさん」
「私の、鳥籠の中の愛しい愛しい恋人」
恋人!?!?
「Up to you.」
デイビットさんは、強引ではない。私の意気地なしで臆病な心を賭けを使って導いてはくれたけど。
決めるのは私だという。
「私が今日賭けた、『一晩私のモノになってください』の意味は、もう理解してくれていますよね?」
「――っ」
手紙が無かったら気付かなかったなんて、言えない。
その意味を理解したら、身体が竦んでしまう。
震える私の手からグラスを奪うと、デイビットさんは耳元に唇を寄せてきた。
「嫌なら無理はしません。ただ、私は何回もアプローチしますから、早めに私に負けてくれると助かりますよ。私は引きませんから」
「はい」
喉も震えてきたし、声も。足も手も肩も。
それよりも心臓が飛び出しそうなほど、私の身体は火を吹くように真っ赤で火照っていた。
親の言いつけ通り生きてきた。『自分』なんて何一つ持っていない。今さら放り出されても、私は何を目標に生きていくのか分からずに途方にくれていた。
貴方は、そんな私に甘い甘い賭けをくれた、人。
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