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六、昔話をしましょうか。
六、昔話をしましょうか。⑥
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海が茜色に染まり、海と空の境が分からないぐらい溶けあって、息を飲むぐらい綺麗だった。
幹太が浜辺の少し手前の階段前にバイクを止めて、肩まであるガードレールにヘルメットと顔を乗せているのがちょっと面白い。
「お前、まだ足が震えてる」
「し、仕方ないじゃん! 私、あんたの車以外こんな遠出するの始めたなんだもん。本当に、信じられない!」
「や、頑張った頑張った」
そう言って私の方へ近づいてくる幹太が、オレンジ色にふやけて見えたのは、こいつが月だからだ。
太陽の色に簡単に染まっちゃうからだ。
「言わないのも言うのも辛いなら、言っちゃえばいいって思わなかったの?」
「言わないなら俺だけが辛い、言ったらお前に迷惑がかかる。これで納得できるか?」
短い髪をガサガサ掻きながら、幹太は観念したように喋りだした。
「もう認めるよ。隠せないにバレバレだし。なんでずっと隠させてくれねーんだよ。どうせ、――どうせ報われなることはないんだから」
「なんで報われないって思うのよ」
「晴哉が居ないから告げるなんて、俺にはあいつに不誠実なようで――出来なかった」
その時私は、幹太を初めて見た気がした。
初めて、『春月 幹太』という不器用で硬派で、頑固で一途な男を。
オレンジ色に簡単に染まってしまうのに、夜になれば淡く優しく私を照らしてくれる。
そんな、分かりづらい幹太の事を。
「私もだよ。晴哉のことしか見てなかったからさ、幹太にストレートに言われても、晴哉の顔が脳裏に蘇っちゃって、涙しか出て来ないよ」
嫌だね、お互い不器用で馬鹿みたい。
「昔話を聞いてくれないか」
幹太は、少しだけ震える声でそう告げた。
「桔梗が俺と晴哉の前に初めて現れた日の事を」
私は幹太の目を見て、静かに頷く。
背中を向けない幹太を、真っ直ぐ見つめる。
もう、私からは逸らさないよ。逸らさないから。
夕焼け色が段々と影を落としていく。
濃いオレンジ色が、段々と闇へ染まっていく。
朝を迎える為に、空が夜に染まってく。
「和菓子ってか、いつも忙しくて、毎日甘ったるい匂いがする家があんま好きじゃなかった。子供心に、甘い匂いがする家なんて恰好悪いって思ってたんだよ」
「そうなの? 家に帰る帰路で、甘い香りがするって素敵なことじゃない?」
「お前がそう言ってくれたから、そう思えたかな。いや、今もあんま甘すぎる和菓子は苦手だけど、でもお前との記憶が一番古いのって、あの桔梗も前で会話したことだ」
手持無沙汰からか、幹太はヘルメットを脇にしっかり挟み、視線を夕焼けの方へ移した。
「『私の桔梗って名前は、此処に咲く花から付けられたんだって』と、にこにこしながらお前が言ったんだ。『だから、和菓子屋さんの暖簾に描かれている桔梗も私の桔梗だよね。じゃあ、あの和菓子屋さんも私にとっては宝物だよ』って」
幹太が浜辺の少し手前の階段前にバイクを止めて、肩まであるガードレールにヘルメットと顔を乗せているのがちょっと面白い。
「お前、まだ足が震えてる」
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そう言って私の方へ近づいてくる幹太が、オレンジ色にふやけて見えたのは、こいつが月だからだ。
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「なんで報われないって思うのよ」
「晴哉が居ないから告げるなんて、俺にはあいつに不誠実なようで――出来なかった」
その時私は、幹太を初めて見た気がした。
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そんな、分かりづらい幹太の事を。
「私もだよ。晴哉のことしか見てなかったからさ、幹太にストレートに言われても、晴哉の顔が脳裏に蘇っちゃって、涙しか出て来ないよ」
嫌だね、お互い不器用で馬鹿みたい。
「昔話を聞いてくれないか」
幹太は、少しだけ震える声でそう告げた。
「桔梗が俺と晴哉の前に初めて現れた日の事を」
私は幹太の目を見て、静かに頷く。
背中を向けない幹太を、真っ直ぐ見つめる。
もう、私からは逸らさないよ。逸らさないから。
夕焼け色が段々と影を落としていく。
濃いオレンジ色が、段々と闇へ染まっていく。
朝を迎える為に、空が夜に染まってく。
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「そうなの? 家に帰る帰路で、甘い香りがするって素敵なことじゃない?」
「お前がそう言ってくれたから、そう思えたかな。いや、今もあんま甘すぎる和菓子は苦手だけど、でもお前との記憶が一番古いのって、あの桔梗も前で会話したことだ」
手持無沙汰からか、幹太はヘルメットを脇にしっかり挟み、視線を夕焼けの方へ移した。
「『私の桔梗って名前は、此処に咲く花から付けられたんだって』と、にこにこしながらお前が言ったんだ。『だから、和菓子屋さんの暖簾に描かれている桔梗も私の桔梗だよね。じゃあ、あの和菓子屋さんも私にとっては宝物だよ』って」
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