上 下
53 / 63
六、昔話をしましょうか。

六、昔話をしましょうか。⑥

しおりを挟む
海が茜色に染まり、海と空の境が分からないぐらい溶けあって、息を飲むぐらい綺麗だった。
幹太が浜辺の少し手前の階段前にバイクを止めて、肩まであるガードレールにヘルメットと顔を乗せているのがちょっと面白い。

「お前、まだ足が震えてる」

「し、仕方ないじゃん! 私、あんたの車以外こんな遠出するの始めたなんだもん。本当に、信じられない!」

「や、頑張った頑張った」

そう言って私の方へ近づいてくる幹太が、オレンジ色にふやけて見えたのは、こいつが月だからだ。
太陽の色に簡単に染まっちゃうからだ。


「言わないのも言うのも辛いなら、言っちゃえばいいって思わなかったの?」

「言わないなら俺だけが辛い、言ったらお前に迷惑がかかる。これで納得できるか?」

短い髪をガサガサ掻きながら、幹太は観念したように喋りだした。


「もう認めるよ。隠せないにバレバレだし。なんでずっと隠させてくれねーんだよ。どうせ、――どうせ報われなることはないんだから」
「なんで報われないって思うのよ」
「晴哉が居ないから告げるなんて、俺にはあいつに不誠実なようで――出来なかった」


その時私は、幹太を初めて見た気がした。
初めて、『春月 幹太』という不器用で硬派で、頑固で一途な男を。
オレンジ色に簡単に染まってしまうのに、夜になれば淡く優しく私を照らしてくれる。
そんな、分かりづらい幹太の事を。
「私もだよ。晴哉のことしか見てなかったからさ、幹太にストレートに言われても、晴哉の顔が脳裏に蘇っちゃって、涙しか出て来ないよ」

嫌だね、お互い不器用で馬鹿みたい。

「昔話を聞いてくれないか」
幹太は、少しだけ震える声でそう告げた。


「桔梗が俺と晴哉の前に初めて現れた日の事を」

私は幹太の目を見て、静かに頷く。
背中を向けない幹太を、真っ直ぐ見つめる。


もう、私からは逸らさないよ。逸らさないから。

夕焼け色が段々と影を落としていく。
濃いオレンジ色が、段々と闇へ染まっていく。

朝を迎える為に、空が夜に染まってく。


「和菓子ってか、いつも忙しくて、毎日甘ったるい匂いがする家があんま好きじゃなかった。子供心に、甘い匂いがする家なんて恰好悪いって思ってたんだよ」
「そうなの? 家に帰る帰路で、甘い香りがするって素敵なことじゃない?」
「お前がそう言ってくれたから、そう思えたかな。いや、今もあんま甘すぎる和菓子は苦手だけど、でもお前との記憶が一番古いのって、あの桔梗も前で会話したことだ」

手持無沙汰からか、幹太はヘルメットを脇にしっかり挟み、視線を夕焼けの方へ移した。


「『私の桔梗って名前は、此処に咲く花から付けられたんだって』と、にこにこしながらお前が言ったんだ。『だから、和菓子屋さんの暖簾に描かれている桔梗も私の桔梗だよね。じゃあ、あの和菓子屋さんも私にとっては宝物だよ』って」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

【完結】忘れてください

仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。 貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。 夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。 貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。 もういいの。 私は貴方を解放する覚悟を決めた。 貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。 私の事は忘れてください。 ※6月26日初回完結  7月12日2回目完結しました。 お読みいただきありがとうございます。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

十年目の離婚

杉本凪咲
恋愛
結婚十年目。 夫は離婚を切り出しました。 愛人と、その子供と、一緒に暮らしたいからと。

夫の不貞現場を目撃してしまいました

秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。 何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。 そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。 なろう様でも掲載しております。

もういいです、離婚しましょう。

杉本凪咲
恋愛
愛する夫は、私ではない女性を抱いていた。 どうやら二人は半年前から関係を結んでいるらしい。 夫に愛想が尽きた私は離婚を告げる。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

処理中です...