39 / 56
「時」探し
約 束
しおりを挟む
「白い薔薇は咲いたのだろうか。おれは約束を守った。けれど守れなかった。もう帰れそうにない……」
それはもう、忘れることも覚えることもできなくて、
『約束しよう』
ここはもう「死」ぬだろう。
「誰の血にも染まることなく……」
消えていけるなら、暗闇で甘い香りが私を包み込んだ。
キラキラ輝く星屑が私の両手の上に落ちてきて、その星屑はやがて棘のない、ピンクの一輪の薔薇の花になった。
その薔薇が光輝くと、闇を追い払ってくれた。
だけど、闇の中の方がまだ綺麗だったかもしれない。
私がいる『時』間は、核心の場所であり、残酷で無情で混沌とした時だったから。
灰色の空の下、瓦礫に埋もれる、沢山の人々。
辺り一面、赤い血と動かない人達で埋め尽くされていて私の足跡にも。
「ひっ」
吐き気を押さえながら発狂しそうな頭を冷静に保てそうになかった。
「やっ……」
一歩も動けない。動いたら、私は埋め尽くされた人たちを踏んでしまいそうだった。
「いや……」
動く場所なんてない。
「イャァァァァァァァァ!」
このまま狂ってしまえばどんなに楽だろうか。
「怖がらないで……」
弱々しく微かに声がした。
「もう戦争は終わったんだから。こんなにも傷痕を残して……」
息も切々に話す彼だけが、今この世界で唯一話せる相手。
「大丈夫ですか!」
慌てて駆け寄ると、その人はとても落ち着いた眼差しをしていた。
「綺麗な……薔薇だね。ピンクなんだ……」
私の手の薔薇を見て微笑んだ。
仰向けに倒れている彼は、私の支えで上半身だけを起こした。
頭も口も両手も血で汚れているのに、彼はとても綺麗に微笑んだ。
「その……ある家の女の人に頼まれたんです。彼に会ったら渡して下さい、と」
彼は驚いて目を見開いて、薔薇を見つめた。
そして微笑みながら、また倒れるように仰向けに寝ころんだ。
「それはおれのことだろう。優しい彼女との約束の」
戦争は終わった……?
以前彼女が私に言っていた『あのオーバードライブで戦争は終わってくれたのかって』とすがる気持ちで。
でももしかして……?
「じゃあ、今はオーバードライブの後ですか?」
力なく微笑む彼に恐る恐る尋ねた。
「……オーバードライブと言うか分からない……けれど、王子の……叫び声の後に……大爆発があったのは確かだよ……。つい一時間も経たない前に、ね……」
本当に会えた。
嘘みたいだ。
奇跡みたい。
ゲホゲホッと咳込むと彼は血を吐いた。
それでも彼は手当ては要らないと言った。
「おれと彼女の約束を、果たせたのは君のおかげだ……。だから聞いて欲しい。また彼女に会えたときのために」
自分の最後の『時』が来ていると、彼は理解していたから。
私は震えを押さえながら頷いた。
「俺は、彼女と約束を2つした。1つは、彼女の咲かせた薔薇を見るまで死なない事。
もう一つは……、」
ゲホゲホと右手で口元を押さえた。
押さた右手をゆっくりと天へ向けた。
「誰の血もこの手で汚さないと……」
天へ伸ばすその右手は、真っ赤な血で汚れていた。
「これは……おれの体についている血は……全て、自分の血なんだ……もう生きている感覚もない……」
虚ろになった目は、それでも優しく微笑み、力強く綺麗だった。
「友人の命が……消えてゆくのは……とても、辛かった…何人……でもいい……助かってほしくて……必死で助けた……でもただの一回……一回の爆発で……命が全て消えた……」
両手で頭を掴みながら、顔を多いかくし、必死で発狂したい気持ちを押さえながら全身を震わせて泣いていた。
「この辺り全て死んでいるのは昨日まで一緒に働いていて、一緒に戦ってきた仲間だよ」
気持ちを落ち着かせて、彼はまた微笑んだけど、脆く儚げで痛々しかった。
「おれはもう消えるけど……」
彼は薔薇を……と手を出してきた。
私は両手でゆっくりと彼の手に持たせると、彼は棘のない薔薇の香りを嗅ぎ、ゆっくり目を閉じた。
「敵である東の国の人たちだって……そうだったんだ……きっと……昨日まで幸せな暮らしの中に住んでいたのに……」
残酷にも綺麗な薔薇の香りをただただ嗅ぎながら、
彼は右手の中に薔薇を乗せると天へ掲げた。
「なんで殺しあうんだよ……戦争なんて誰も幸せになれない……」
あぁ……、神様、おれの魂が朽ちても
彼女の心は壊さないで、憎しみとか争いとか知らない世界で二人で、
ずっと ずっとずっと……。
「でもおれは、おれ自身と戦った。」
ずっと、ずっとずっとずっと。
「戦いたくなくても、そこに闘ってでも守りたいものがあるから」
ただ、きみとの約束。
右手に乗るぐらいささやかでいい……。
きみとの幸せを手にしたかった……。
「彼女にも見えているかな……この約束の右手を……」
きみの薔薇を持ち、誰の血も染めていないおれの右手を……ずっとずっと掲げているから……。
だから――――………………。
…………
悔しかった……。
何もできずに、彼が眠るのを、ただただただ見ているだけの自分に。
こんなにも頑張って生きていた人の幸せを簡単に奪う争いに。
ただ約束を守り、相手を思いながら静かに眠った彼。
優しすぎる彼が帰らない事を知りながら、約束を守り続ける彼女。
二人の互いを思いやる気持ちが凄く素敵で、凄く哀しくて永遠だと思った。
それはもう、忘れることも覚えることもできなくて、
『約束しよう』
ここはもう「死」ぬだろう。
「誰の血にも染まることなく……」
消えていけるなら、暗闇で甘い香りが私を包み込んだ。
キラキラ輝く星屑が私の両手の上に落ちてきて、その星屑はやがて棘のない、ピンクの一輪の薔薇の花になった。
その薔薇が光輝くと、闇を追い払ってくれた。
だけど、闇の中の方がまだ綺麗だったかもしれない。
私がいる『時』間は、核心の場所であり、残酷で無情で混沌とした時だったから。
灰色の空の下、瓦礫に埋もれる、沢山の人々。
辺り一面、赤い血と動かない人達で埋め尽くされていて私の足跡にも。
「ひっ」
吐き気を押さえながら発狂しそうな頭を冷静に保てそうになかった。
「やっ……」
一歩も動けない。動いたら、私は埋め尽くされた人たちを踏んでしまいそうだった。
「いや……」
動く場所なんてない。
「イャァァァァァァァァ!」
このまま狂ってしまえばどんなに楽だろうか。
「怖がらないで……」
弱々しく微かに声がした。
「もう戦争は終わったんだから。こんなにも傷痕を残して……」
息も切々に話す彼だけが、今この世界で唯一話せる相手。
「大丈夫ですか!」
慌てて駆け寄ると、その人はとても落ち着いた眼差しをしていた。
「綺麗な……薔薇だね。ピンクなんだ……」
私の手の薔薇を見て微笑んだ。
仰向けに倒れている彼は、私の支えで上半身だけを起こした。
頭も口も両手も血で汚れているのに、彼はとても綺麗に微笑んだ。
「その……ある家の女の人に頼まれたんです。彼に会ったら渡して下さい、と」
彼は驚いて目を見開いて、薔薇を見つめた。
そして微笑みながら、また倒れるように仰向けに寝ころんだ。
「それはおれのことだろう。優しい彼女との約束の」
戦争は終わった……?
以前彼女が私に言っていた『あのオーバードライブで戦争は終わってくれたのかって』とすがる気持ちで。
でももしかして……?
「じゃあ、今はオーバードライブの後ですか?」
力なく微笑む彼に恐る恐る尋ねた。
「……オーバードライブと言うか分からない……けれど、王子の……叫び声の後に……大爆発があったのは確かだよ……。つい一時間も経たない前に、ね……」
本当に会えた。
嘘みたいだ。
奇跡みたい。
ゲホゲホッと咳込むと彼は血を吐いた。
それでも彼は手当ては要らないと言った。
「おれと彼女の約束を、果たせたのは君のおかげだ……。だから聞いて欲しい。また彼女に会えたときのために」
自分の最後の『時』が来ていると、彼は理解していたから。
私は震えを押さえながら頷いた。
「俺は、彼女と約束を2つした。1つは、彼女の咲かせた薔薇を見るまで死なない事。
もう一つは……、」
ゲホゲホと右手で口元を押さえた。
押さた右手をゆっくりと天へ向けた。
「誰の血もこの手で汚さないと……」
天へ伸ばすその右手は、真っ赤な血で汚れていた。
「これは……おれの体についている血は……全て、自分の血なんだ……もう生きている感覚もない……」
虚ろになった目は、それでも優しく微笑み、力強く綺麗だった。
「友人の命が……消えてゆくのは……とても、辛かった…何人……でもいい……助かってほしくて……必死で助けた……でもただの一回……一回の爆発で……命が全て消えた……」
両手で頭を掴みながら、顔を多いかくし、必死で発狂したい気持ちを押さえながら全身を震わせて泣いていた。
「この辺り全て死んでいるのは昨日まで一緒に働いていて、一緒に戦ってきた仲間だよ」
気持ちを落ち着かせて、彼はまた微笑んだけど、脆く儚げで痛々しかった。
「おれはもう消えるけど……」
彼は薔薇を……と手を出してきた。
私は両手でゆっくりと彼の手に持たせると、彼は棘のない薔薇の香りを嗅ぎ、ゆっくり目を閉じた。
「敵である東の国の人たちだって……そうだったんだ……きっと……昨日まで幸せな暮らしの中に住んでいたのに……」
残酷にも綺麗な薔薇の香りをただただ嗅ぎながら、
彼は右手の中に薔薇を乗せると天へ掲げた。
「なんで殺しあうんだよ……戦争なんて誰も幸せになれない……」
あぁ……、神様、おれの魂が朽ちても
彼女の心は壊さないで、憎しみとか争いとか知らない世界で二人で、
ずっと ずっとずっと……。
「でもおれは、おれ自身と戦った。」
ずっと、ずっとずっとずっと。
「戦いたくなくても、そこに闘ってでも守りたいものがあるから」
ただ、きみとの約束。
右手に乗るぐらいささやかでいい……。
きみとの幸せを手にしたかった……。
「彼女にも見えているかな……この約束の右手を……」
きみの薔薇を持ち、誰の血も染めていないおれの右手を……ずっとずっと掲げているから……。
だから――――………………。
…………
悔しかった……。
何もできずに、彼が眠るのを、ただただただ見ているだけの自分に。
こんなにも頑張って生きていた人の幸せを簡単に奪う争いに。
ただ約束を守り、相手を思いながら静かに眠った彼。
優しすぎる彼が帰らない事を知りながら、約束を守り続ける彼女。
二人の互いを思いやる気持ちが凄く素敵で、凄く哀しくて永遠だと思った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
【完結】実家に捨てられた私は侯爵邸に拾われ、使用人としてのんびりとスローライフを満喫しています〜なお、実家はどんどん崩壊しているようです〜
よどら文鳥
恋愛
フィアラの父は、再婚してから新たな妻と子供だけの生活を望んでいたため、フィアラは邪魔者だった。
フィアラは毎日毎日、家事だけではなく父の仕事までも強制的にやらされる毎日である。
だがフィアラが十四歳になったとある日、長く奴隷生活を続けていたデジョレーン子爵邸から抹消される運命になる。
侯爵がフィアラを除名したうえで専属使用人として雇いたいという申し出があったからだ。
金銭面で余裕のないデジョレーン子爵にとってはこのうえない案件であったため、フィアラはゴミのように捨てられた。
父の発言では『侯爵一家は非常に悪名高く、さらに過酷な日々になるだろう』と宣言していたため、フィアラは不安なまま侯爵邸へ向かう。
だが侯爵邸で待っていたのは過酷な毎日ではなくむしろ……。
いっぽう、フィアラのいなくなった子爵邸では大金が入ってきて全員が大喜び。
さっそくこの大金を手にして新たな使用人を雇う。
お金にも困らずのびのびとした生活ができるかと思っていたのだが、現実は……。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる