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嘘をついたら、出られない部屋に閉じ込められた。

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 きょろきょろと視線をさまよわせた後、彼を見た。
 バツが悪そうな、気まずげに唇を少し噛んでいるその表情から嘘は感じられなかった。

「叔父さんが好きっていうのは、嘘、です」

 唇が震えた。がくがくと震えて、少しだけ歯がかちかち音を立てる。
 怖いと思った。
 目の前で正直な彼を前に、怖いと思った。

 何が怖いのかもわからず、唇が重たくなっていく。

「知ってる。お前、俺のこと好きじゃん」
「―-っ」

 意地悪そうに笑う進歩さんがずるいと思った。
 そんな顔、ずるい。傷ついてるくせに笑って許してくれようとしているその、大人な対応がずるい。

 自分だって、あんな態度だったじゃない。
 綺麗な人と付き合ってたくせに、家のこととか面倒じゃない私を選んだだけのくせに。

 気を許した友達の前では、恋愛より家のことを優先にしたって言ってたくせに。

「わた、し、私――」
「うん」
「進歩さんとちゃんと、恋愛がしたかった……っつ」

 言葉に出したら、ぶわっと涙が出てしまった。

「えっと?」
「ちゃんと恋愛して、結婚したかった」
 ずるずると、ホワイトボードを引っ掻きながら座り込む。

 彼が咄嗟に、落ちているガラスの破片を足で蹴飛ばして遠ざけながら近寄ってくれた。

 こういうところだ。口では悪態つくのに優しいところだ。
 他人に、格好つけるために私の存在をぞんざいに扱うくせに、止まらない咳を気にして一晩中背中を擦ってくれるところ。
 式の招待席の配置で、会社の派閥関係でもめていることも薄々気づいていたけど私には隠しているところ。

 優しいのに、その優しさが恋愛からじゃないのが、辛かった。苦しかった。
 どうして大学時代に、声をかけてくれなかったの。
どうしてお見合いで出会ってしまったの。


「少女漫画みたいな恋愛なんてないってわかってたからお見合いしたのに、お見合いで出会いたくなかった。恋愛して、一緒に親への挨拶とか結婚のタイミングとか悩んで、好きだから喧嘩して、好きだから結婚してほしかった」
「……なんだ、それ」
「恋愛していた可愛いモデルの女の子より、世間体を優先して結婚するのが辛いってこと」

 わがままで自己中な発言に、彼が私の目の前で座ると同じ視線になってこちらを見た。
 そして私の顔を見て、フッと馬鹿にしたように笑った。

「面倒くせえ」

 座り込んで立てた膝に、顔をうずめながら進歩さんは笑った。

「お前、面倒くせえな。自分から恋愛から逃げて、振り回せて楽そうな相手だから俺を選んで、ひどい振り方しといて――面倒くさすぎだろ、その性格」

 ククッと笑うと『まじかよ』と体を震わせて声を我慢している様子だった。

「……」

 彼には、こんなに悩んでいる私はただ面倒くさいだけ。

 そう思ったら絶望しそうだった。
 なのに次の瞬間、彼は笑いすぎた顔をあげ、目じりの涙を指先ではらって私の髪を撫でた。

「これから一生、お前の面相臭い思考に振り回されると思うと、すげえ楽しみ」

「……え、は?」
「ここまで考えが分からなくて、でも何考えてるのか知りたいけど振り回されるの楽しいっての、これってなんていえばいいんだろ、すげえ面倒くさいのに、――俺は幸せだけど」
「な、その言い方ずるい。ずるい……」

 私だけが面倒くさい女で、それを全部受け止めれる包容力をアピールしやがって。
「不安にさせて悪かった。俺と恋愛してくれる?」

 そんなずるい男のずるい言い方にときめく私もきっとどうかしているんだ。

「すげえ、好きだよ。これから嘘つかねえ」
「うー」
「桃花は? また嘘つく? どうする?」

「つきたく、ない」

 誰かを傷つける嘘なんて。それが好きな人を傷つける嘘なんて、もう付きたくない。

「俺はお前ととっくに恋愛してるつもりだったんだからな」

 不機嫌に唇を尖らす彼に、ごめんねって謝ったら顔が近づいてきた。

 優しく触れた唇は、アルコールと煙草の残り香で、大人の味がした。

 恋愛がしたいって言葉はきっと色々とめちゃくちゃだったと思う。
 それなのに、笑い飛ばして受け止めてくれて、私の気持ちを軽くしてくれた。

 それだけで私は天にも昇る気持ちになるのだから、ちょろい。

 あれもこれも嘘。嘘でから回った私たちは、全部本当になるまでこの部屋から出られない。

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