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何事も縛られないなら、それでいい。

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「……分かりました。桃花に何か隠し事をしているか聞いてみますよ」

「早く頼むよ。好きな少女漫画がドラマ化したのに、全く見ようとしないほど忙しいのか――気落ちしているんだから」
「ああ、忙しいかもしれない。まかせっきりにしていたかも」

 USBカードを返し、訂正はないことを告げた。
 すると、斎藤専務はまだ愚痴りたそうな顔をしている。

「最近のドラマは、もう少し漫画に沿ったキャスティングをしてほしい。平凡ヒロインに、モデルを起用して。可愛い過ぎる上に、大根役者だ」

「ふうん。モデルを敢えて起用したなんて、よほど人気の人なんですね」

 ただの会話だと思っていた。専務は、恋愛ドラマや小説、漫画も結構読むと言っていたから。
 なのに帰ってきた言葉に、固まってしまう。

「ああ。風邪薬のCMのモデルだよ。色素の薄い、色白美人で、気が強そうな感じの」
「奈々子か。演技は確かにできなさそうだな」

 別れた後も、頻繁に街中やテレビの中で見てしまうのは少しだけ違和感がある。
 化粧の仕方が変わったのか、凝視しないと気づかないことが増えた。
 が、見たところで別に特別に何か感情が湧き上がるわけではない。

「そうか。君は芸名じゃなくて本名を知っている仲なのか」

「……昔ですよ。昔」
 逆に芸名を知らないとはいえず、言葉を濁す。

「でもあのモデルが、君がお見合いすることになった理由でしょ」

 斎藤さんは何か察したのか、それ以上はもう言わず去っていく。
 彼は俺に何を言いに来たのか。
一度駄目になっている俺たちに先回りしておせっかいなのか、もう崩れてみえているのか。

「……」

 去っていく足音に、冷静になっていく。

 元カノは確かに桃花と付き合っているよりは楽だった。
 モノで機嫌を釣れる。ブランドバックやらコスメ、高級レストランで食事でもしとけば満足。
 あいつが喜ぶことなんて簡単で、いつも磨かれたネイルや手入れされた髪さえほめておけばいい。

 あいつが、モデルになったから30歳までは恋愛禁止と事務所に言われたというのと、下着メーカーの専属モデルになったのを機に別れた。

 結婚って言うのは、楽な相手だからするってわけには俺にはいかなかった。

 下着の広告や雑誌、CMであいつをみたうちの両親が、よく思っていないのも分かった。
 モデルの仕事が楽しそうだったのも分かった。

 なにより俺が、恋愛禁止だと下品だの騒ぐ親に、真剣に立ち向かうつもりがないのが分かった。

 面倒だと、億劫だと、まじめに付き合う熱意が俺にはなかった。


『君、彼女と別れたらしいね。社長が心配してたよ』

 それは、斎藤さんからの一本の電話から始まった。

「あー、なんか面倒で。俺に恋愛結婚は向いてねえっす」
『同じく、恋愛結婚に夢を見ていない姪っ子がいるんだけど』
「まじっすか」

 斎藤さんの姪ってだけで会社のためになるのがすぐにわかった。
 斎藤さんをうちの会社と良好な関係に保つのに損はない。

 そして俺は彼の姪を知っていた。

 綺麗な顔、媚びない意志の強い目。洒落っ気のないTシャツとジーンズで、ひたすら酒を飲むだけ飲んで大人の彼氏に迎えに来てもらって飲み会からさっさと消えた。
 男に媚びない様子は、大人の彼氏がいるからなのか。
 確かに綺麗だがあれは愛されている恋人のおかげなのか

 あの大人の彼が、斎藤さんだったのだと後からわかった。

「まあ、斎藤さんの姪なら会ってみてもいいかな」

 ただそれだけの出会いだった。
 一目会ったその日から、恋に落ちることはなんとやら。

 そんなものは俺にはなかったが、表情が乏しく淡々としている桃花が俺の顔を見て頬を赤らめたのをは、気分がよかった。
 大学時代、飲み会で何度か一緒になったときは眼中にもなかったくせに。

 少し好みの外見に似せたら、こいつも案外ちょろいのかなと。

 最初はそう思っていた。惚れさせれば勝ちだと。

「俺は桃花さんがいいです」

 気を持たせるような言葉も言った。
 すると調子に乗った桃花は、俺を振り回すようになった。

 今まで付き合ってきた女たちのような、豪華なプレゼントや食事には興味がない。
 流行りのスポットや人気のレストランとかに飛びつくミーハー。

 そしてエッチには消極的。
 奉仕もしなくていい、作業のようなセックスでも照れて全く何もさせてくれない。

 真っ暗にして、何が何だか分からねえセックスははっきり言って物足りなかったが、男が奉仕して当然ってセックスよりは楽でま、いっかと呑気に思っていた。


『別れたいの』
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