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思う仲に垣をするか放っておいて。

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「うえ?」
「仕事、辞めてもいいよ。辞めたくないならいいけど」
「そんなあっさりと」
「婚約してるときは、三食昼寝付きでもいいかなーっとか言ってたろ。俺、今、ニューヨークから帰ってきたばっかでマンション探してるし、なんなら買おうぜ」

 急展開に驚くも、進歩さんはそこまでちゃんと考えていたようで淡々と話してくる。

 甘い言葉と現実を決める言葉が交互に出てきて、やはり私は少女漫画のヒロインにはなれないのだと知る。
  
 看板が見れないから下を向き、彼の腕時計から目が動けない。
 仕事にそこまで情熱的じゃないくせに、養われる感に抵抗がある可愛くないヤツ。

「まあ、まずはプロポーズだけどな」

 見ていた時計が動くと、私の手を優しく包み込んだ。
 そしてすぐに慣れた様子で恋人つなぎに代わる。

 見上げたら、少し照れた顔で挑発的に笑っていた。

「送ってく。次の休み教えろよ。で、泊まりに来い」
「……進歩さん、今、家どこ?」
「持ちマンションに荷物入れてるんだけど、段ボール天国。手伝ってよ」
「考えとく」

 私の酷い嘘を、こんな風に寛大に許してくれる人なんてそうそういない。
 叔父さんやカフェで話していた女たちや元カノのことは、耳に雑音として入ってくるけど、今は彼の手から伝わってくる体温だけで幸せになるから現金だ。

「私、お城に住んでみたいんだけど、どう?」
「ここら辺に城なんか建てたら、ラブホに間違われて絶対に夜中入ってくるな」
「……」

 前言撤回。
 もう少しロマンチックな相手と結婚したいかもしれない。
 ……眠い。
 あれから何もしないと言い放った男を信用して家に泊めたが、他人が自分のベットにいるあの落ち着かない感じ。

 エッチ後って眠たくなって意識が微睡むから、隣に彼がいても平気だった。
 が、素面で隣にいられるとどうしても落ち着かない。

 結婚したら、一人の時間より彼といる時間の方が増えるのに。

 というか、結婚したらあの大量の少女漫画は持って行っていいのだろうか。
 置き場に困るかな。

「先輩、どうしたんですかあ?」
「困ったときの泰城ちゃんだよね。同棲中の彼氏とはどう?」
「ええー。普通ですよお。まあなんか一年も一緒に住んでると刺激が減りますよねえ。あ、いらっしゃいませえ」

 流石土曜日の午前中。
 平日とは比べ物にならないぐらい忙しい。

 いつも部屋を探すためのカウンターも、席が埋まってる。
 部屋の見学にさっそく三名出払ってる。

 データ入力と、借家の申請書や契約更新の書類整理ばかりしている私もカウンターに駆り出される始末。

 別に嫌ではないけど、土日が一番疲れるかもしれない。

 出勤と同時に部屋から追い出した彼は、今日はゆっくりしたいと言っていたし休みが合わないなあ。
 彼がプロポーズのやり直しをするといっていたのはうれしかったのだけど、それ以外のことを考えると正直な話、結婚面倒くさいって思ってしまってる。

 こんな気持ちで恋人になるのは、不誠実だ。


 遅くなったお昼に、泰城ちゃんとロッカールームでコンビニパスタを食べていたら、一時間前に彼からメールが来ていた。

『今から斎藤さんとジム行ってくる』

 ひえ。休日まで体動かすなんて叔父さんも進歩さんも意味わからない。

『俺が脱いだらすげえの知ってる? 写メいる?』

 浮かれた彼の言葉に、『いらぬ』と武士言葉で返信してテーブルに突っ伏した。

「先輩、どうしたんですか?」
「恋愛って、体力ゴリゴリ削られる」
「……先輩から、付き合ったばかりの初々しい幸せオーラが見えません。彼氏さんは?」

「叔父さんとジム行ってる」
「わ、もしかして新しくできたとこじゃないですか! 元オリンピック選手が運営するって話題の!」
「わかんない」

 テーブルをはさんで正面に座っていた泰城ちゃんが、わざわざ隣に移動してくる。

「聞いてくださいよ! あそこ、紹介制だし今一般人は入れないんですよ」
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