32 / 62
思う仲に垣をするか放っておいて。
三
しおりを挟む「うえ?」
「仕事、辞めてもいいよ。辞めたくないならいいけど」
「そんなあっさりと」
「婚約してるときは、三食昼寝付きでもいいかなーっとか言ってたろ。俺、今、ニューヨークから帰ってきたばっかでマンション探してるし、なんなら買おうぜ」
急展開に驚くも、進歩さんはそこまでちゃんと考えていたようで淡々と話してくる。
甘い言葉と現実を決める言葉が交互に出てきて、やはり私は少女漫画のヒロインにはなれないのだと知る。
看板が見れないから下を向き、彼の腕時計から目が動けない。
仕事にそこまで情熱的じゃないくせに、養われる感に抵抗がある可愛くないヤツ。
「まあ、まずはプロポーズだけどな」
見ていた時計が動くと、私の手を優しく包み込んだ。
そしてすぐに慣れた様子で恋人つなぎに代わる。
見上げたら、少し照れた顔で挑発的に笑っていた。
「送ってく。次の休み教えろよ。で、泊まりに来い」
「……進歩さん、今、家どこ?」
「持ちマンションに荷物入れてるんだけど、段ボール天国。手伝ってよ」
「考えとく」
私の酷い嘘を、こんな風に寛大に許してくれる人なんてそうそういない。
叔父さんやカフェで話していた女たちや元カノのことは、耳に雑音として入ってくるけど、今は彼の手から伝わってくる体温だけで幸せになるから現金だ。
「私、お城に住んでみたいんだけど、どう?」
「ここら辺に城なんか建てたら、ラブホに間違われて絶対に夜中入ってくるな」
「……」
前言撤回。
もう少しロマンチックな相手と結婚したいかもしれない。
……眠い。
あれから何もしないと言い放った男を信用して家に泊めたが、他人が自分のベットにいるあの落ち着かない感じ。
エッチ後って眠たくなって意識が微睡むから、隣に彼がいても平気だった。
が、素面で隣にいられるとどうしても落ち着かない。
結婚したら、一人の時間より彼といる時間の方が増えるのに。
というか、結婚したらあの大量の少女漫画は持って行っていいのだろうか。
置き場に困るかな。
「先輩、どうしたんですかあ?」
「困ったときの泰城ちゃんだよね。同棲中の彼氏とはどう?」
「ええー。普通ですよお。まあなんか一年も一緒に住んでると刺激が減りますよねえ。あ、いらっしゃいませえ」
流石土曜日の午前中。
平日とは比べ物にならないぐらい忙しい。
いつも部屋を探すためのカウンターも、席が埋まってる。
部屋の見学にさっそく三名出払ってる。
データ入力と、借家の申請書や契約更新の書類整理ばかりしている私もカウンターに駆り出される始末。
別に嫌ではないけど、土日が一番疲れるかもしれない。
出勤と同時に部屋から追い出した彼は、今日はゆっくりしたいと言っていたし休みが合わないなあ。
彼がプロポーズのやり直しをするといっていたのはうれしかったのだけど、それ以外のことを考えると正直な話、結婚面倒くさいって思ってしまってる。
こんな気持ちで恋人になるのは、不誠実だ。
遅くなったお昼に、泰城ちゃんとロッカールームでコンビニパスタを食べていたら、一時間前に彼からメールが来ていた。
『今から斎藤さんとジム行ってくる』
ひえ。休日まで体動かすなんて叔父さんも進歩さんも意味わからない。
『俺が脱いだらすげえの知ってる? 写メいる?』
浮かれた彼の言葉に、『いらぬ』と武士言葉で返信してテーブルに突っ伏した。
「先輩、どうしたんですか?」
「恋愛って、体力ゴリゴリ削られる」
「……先輩から、付き合ったばかりの初々しい幸せオーラが見えません。彼氏さんは?」
「叔父さんとジム行ってる」
「わ、もしかして新しくできたとこじゃないですか! 元オリンピック選手が運営するって話題の!」
「わかんない」
テーブルをはさんで正面に座っていた泰城ちゃんが、わざわざ隣に移動してくる。
「聞いてくださいよ! あそこ、紹介制だし今一般人は入れないんですよ」
10
お気に入りに追加
293
あなたにおすすめの小説
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
愛することをやめたら、怒る必要もなくなりました。今さら私を愛する振りなんて、していただかなくても大丈夫です。
石河 翠
恋愛
貴族令嬢でありながら、家族に虐げられて育ったアイビー。彼女は社交界でも人気者の恋多き侯爵エリックに望まれて、彼の妻となった。
ひとなみに愛される生活を夢見たものの、彼が欲していたのは、夫に従順で、家の中を取り仕切る女主人のみ。先妻の子どもと仲良くできない彼女をエリックは疎み、なじる。
それでもエリックを愛し、結婚生活にしがみついていたアイビーだが、彼の子どもに言われたたった一言で心が折れてしまう。ところが、愛することを止めてしまえばその生活は以前よりも穏やかで心地いいものになっていて……。
愛することをやめた途端に愛を囁くようになったヒーローと、その愛をやんわりと拒むヒロインのお話。
この作品は他サイトにも投稿しております。
扉絵は、写真ACよりチョコラテさまの作品(写真ID 179331)をお借りしております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる