25 / 62
遠回り、逆回り、急がば道を壊せ。
五
しおりを挟む「でも、なんか卑怯な気がする」
嘘を吐いた自分が言うのも変だけど、卑怯な気がする。
「あ、そっか」
嘘を吐いた後ろめたさがあるから、だ。
なるほど。
目の前の、既婚者なのにこんなところに罪悪感が全くなさそうに居る、この飄々した男は、絶対に女の敵だ。絶対に遊んでいるに違いない。
こんな風に誠実そうで女に興味なさそうなのに駆け引きを楽しんでいるからしてそうだ。
この男の場慣れ間のおかげで冷静に分析できた。
「やっぱ正々堂々じゃないと駄目だなあ。私なりに罪悪感があったのか」
「よくわからないけど、既読ついたよ」
「そう。怒らせるだけだから、嘘だよって言っといてください」
「既読ついただけだな。返信来ない」
「嘘ってばれたんじゃないですか」
そうか。根底に、罪悪感があったのか。
そうだよね。別れたいって思った時に、一番ダメージがある嘘を咄嗟位に考えたからだもんね。
「先輩、チョコタワー、白かった! ホワイトチョコでしたよ!」
「えー、行くか迷う。チョコとビールって合わないじゃん」
「行きましょう、行きましょう。笹山さんと交代」
泰城ちゃんも再び私と一緒にチョコタワーの前まで来た。
流石、チェーン店でもない普通の居酒屋。
テーブルの上に、女子会で使う程度の小さなチョコフォンデュの機械が置かれているだけだ。ポテトチップスとマ シュマロと、フルーツが少しだけだ。
「あの吉田さんって人、大学時代から飄々としてたのに女とっかえひっかえだったって。商社マンだって!」
「笹山情報?」
「そうですよ。既婚者なのに絶対遊んでますって。要注意です」
泰城ちゃんは、笹山ら情報を聞き出すために席を離れたんだ。本当にしっかりしている。
「で、神山さんももってもてだったって。爽やかで嫌味がなくて、格好いいじゃないですか。大学時代、恋人はいなかったかもしれないけど、いなくても不自由してなさそうだったって!」
「はあ……」
「先輩、そーゆうの調べないまま好きになりそうじゃないですかあ」
「いやあ、私は今は、他の人のことを考える余裕ないほど悩んでるから大丈夫だよ。ありがとう」
フルーツに適当にチョコを付け、お皿の上に置いた。
既読しかつかなかった進歩さんの動きの方が気になる。
「今日は全く参考にならなかったし、さっさと帰りましょう。私、既婚者が下心ありありで飲み会来てるの、生理的に無理です。アレルギー」
「まあ、確かに。私が知りたいのは高度テクじゃないんだよね。帰ろう」
チョコを持って帰ると、携帯を見て爆笑している二人から少し距離をとった。
さっさと食べようと思ったら、チョコはお皿に固まって貼りついて取れない。
フォークで叩きながら割って食べた。
「先輩、タクシーで帰ります? 反対ですが駅までなら私の彼氏が送ってくれそうですけど」
「いや、ここからなら歩いて帰――」
ふと何気なく視線を入り口に向けたら、上着を腕にかけてネクタイを揺らして速足で入ってくる進歩さんが見えた。
従業員の案内を断り、中を見渡して私たちを見つけると急にしかめっ面になった。
「呑気にチョコ食べてんじゃねえよ」
素の言葉に、泰城ちゃんが驚いて私と彼を交互に見る。
「チョコじゃなくて、チョコフォンデュ」
「うるせえ。俺にタクシーを使わせたバツとして、この後牛丼付き合え」
「は? 私お腹いっぱいだし」
「隣で見てろ」
泰城ちゃんがにやにや笑いながら、わざとらしくパタパタと手で顔を仰いでいた。
笹山は目を丸くしていたし、よっしーは飄々としていた。
「早く食べろよ」
「チョコが固まってるんです。というか、何で――」
なんで来たの?
そう聞こうとしたのに、声が出なかった。
それを聞いて、何を言われても私は赤面してしまいそう。
「さっさと食べろ。ウソツキ女」
「ちょ、チョコが固まってるのは嘘じゃないですからね」
それでもこのチョコだって、私の頬に触れたら簡単に溶けてしまいそう。
一杯だけ、お洒落ぶってカクテルを飲んで私の横に誰も寄せ付けないように、胡坐を掻いて座る進歩さん。
私の心に固まっていたチョコは、完全に液体になって蒸発して消え去ってしまっていた。
10
お気に入りに追加
293
あなたにおすすめの小説
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる