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遠回り、逆回り、急がば道を壊せ。

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「おい、悪かったって」
「うるさい」
「金曜は、違う場所にするから」
「ついてこないで」

 半べそで、メイクもぐしゃぐしゃで、それでも絶対に死んでもこいつに送ってもらいたくなくて歩いて帰る。

 あの店、進歩さん素通りで出てきたけど、お支払いはどうなってるんだろう。
 奢ってもらった形になったのも悔しい。半分はあいつの顔に投げつけてやりたかったのに。

 進歩さんは、のろのろと車を私の隣に合せて徐行している。
 朝だしこんな場所なので車も人の気配もない。

「この状態を誰かに見られた方が、逃げ場ねえよ? 俺は恋人だっていう。お前は恋人じゃねえって言う。恋人じゃねえのにのこのこ此処についてきた方が――」
「っち。うるせえな。乗ればいいんでしょ乗れば」

 つい地が出てしまったが、今更隠す必要もない。
 露骨に嫌そうな顔で乗り、足を組んで睨む。

「家まで送って」
「はいはい。お嬢様」

 ご機嫌な進歩さんが腹立たしい。

「さっきの、もしかしたら電話中に電池が切れたかもしれないし、咄嗟のウソにしてはすらすら喋ってたから、本音が入ってると思うんだよね」
「流石、ウソツキ。観察眼鋭いね」

 ハンドルを持つ手を、抓ると『DV反対』と唇を尖らせてきた。
 この人のペースに乗ってしまうわけにはいかない。
 どうしたら諦めてくれるのかな。
 全然、進展がなかった。このまま流されてしまいそうだ。
 酔っててほぼ覚えてないけど、エッチ……下手じゃ無かったよね。
 キスだって、触り方だって、愛撫だって、丁寧だったよね。

 思いだしたら、この隣の憎き相手と改めて寝てしまった自分に後悔しかしない。

「焦ったというか、焦ってる。ここまで嫌われてるとさあ、――どうしていいのか分からねえじゃん」

 急に弱気になってきたので、窓の方を見て顔を見ない。
 騙されたくない。

「手に取って分かるようなかわいい子を探してください」
「……俺は、短い間だったけど桃花と付き合ってた日々は楽しかった。このまま結婚するんだよなって思うと、胸が温かくなるっての? すげえ楽しみだった」
「――だから」

「過去のことは気にしない。昨日のことは俺は忘れない。そのうえで、――お前は本当に俺が嫌か?」

 車が止まった。
 信号でもなく、道の端に止まっただけ。
 見たくないから逸らした。
 その私の横顔を、彼は見ていた。
 耳に髪をかけられて、その仕草が本当に優しくて愛しいものに触れるように思えて、胸が飛び跳ねた。

「嫌か?」

 ここまで冷たくして、暴力的で、短気で大雑把な私に執着しないで。
 さっき、不覚にも泣いてしまった私を早く忘れて欲しい。
 ホッとした。嘘で良かったってホッとしてその場で泣いてしまった私に、――両頬に紅葉を作っているのに抱きしめてくれた彼との記憶を、私の中から消してほしいだけ。

 まるで感情に振り回される少女漫画のヒロインみたいで私が私ではなかったのだから。

「……私は」

 自分なのに自分の感情がコントロールできなかった。
 私の気持ちなのに、なんで私が一番分からないんだろう。

 一方的に別れた、今度は流された。

 そして今度は、断わり方が分からない。
 嫌われてもいいからと捨て身でぶつかったのに、受け止められた。

「もう一歩か。あとは何が足りねえの?」

 あと一つ足りないモノ。
 それを私は知っていた。
 真っすぐにぶつかってくるこの悪魔みたいな男に足りないものではない。
 私に足りないもの。

「金曜は、俺が決めていい? 行きたい場所ある?」
「……」
「ないなら、また雰囲気いい場所に連れ込むけど」
「私が決める」

 とことん、嫌われる態度や行動をすれば満足なのかな。
 見つめ合う。なのに互いの心は何一つ手に入らない。
 何一つわからない。何一つ、思い通りにいかない。

 だったら、嫌われないといけないのだと知った。

「決まり。店とか時間決まったら連絡して」
「したくない」
「しろ、こら」
 なぜか彼は始終楽しそうに笑っていた。
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