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オオカミ男、オオカミ女

十一

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「いやですよ」
「嘘の証拠を見せろよ」
「せくはらー!」

 身を捩って逃げようとしたのに、手は掴んで離さない。
 立ちあがれない私は、心底面倒くさそうに、彼を拒絶するようにため息を吐いた。

「見せたら、終わりにして」

 面倒くさいから好きって、意味が分からない。
 振り回されたいって、この人の性癖はドMなのだろうか。

 スカートを少し下にずらして、お腹を見せた。

「この傷だな」

 彼は驚くほど落ち着いていて、本当に厭らしい気持ちではなかったらしい。
 私の傷口を、一年前と同じぐらい優しくなぞった。

 けれど。

「この傷を写真で見て『跡が残ったな……』って俺が呟いたんだよ」
「叔父さんに見せてもらった時に?」
「そう。『だからちらせばよかったんだよね』と言われたときの俺の気持ちを10文字以内で答えろ」
「ひひいいい」
「四文字じゃ足りねえな」

「くすぐったいっ」

 お腹を撫でられてくすぐったくて上を向く。
 笑って口を手で隠していたら、その手を退けられた。

 降りてくる顔。
 くすぐられて避けられない私。
 伸びてくるもう一方の手が、口を覆っていた手を掴んだ。

 降りてくる唇。
 私は、目を見開くことしかできなかった。

 恋愛はタイミングだという。
 そのタイミングがよくわからない。
 私の生きている世界は、格好いい男の子は出てこない。
 少女漫画みたいに、努力もしていないのにクラスで一番人気の男の子とひょんなことから仲良くなったり告白されたり、幼馴染だったりしない。


だからそんなロマンチックな展開は漫画だけだと、折り合いをつけて、親が安心するようなお見合い相手でいいと思っていた。


 初エッチだって、薔薇が舞うような展開じゃない。
 痛いな、とか、これ本当に感じるの? とか、早く終わってほしいなって思うだけ。


 彼は、お見合い相手にしてはイケメンだったし少女漫画の主人公になれたのかと勘違いさせてくれそうな人だった。

 でも偶に惨めになった。
 その理由は、きっと彼が私のどこを好きになってくれたのか分からないから。

 怪我のせいで、彼は私を振れなくなった。
 私が好きでもないのに親同士の関係や会社での立場が影響するから断らないだけなんじゃないか。

 だって彼に触れられても、ドキドキしない。
 いやだな、みられたくないな、早く終わってほしいな、って思ってしまうんだから。


 だったら今、キスされているこの意味は?
 なんで抵抗しないんだろう、私。彼から下りてきた唇。
 見つめられたら逸らせないほどの目力。
 こんなイケメンに見下ろされて、金縛りにあうぐらい情熱的に見つめられて、恋愛経験のない私は……頑固たる意思がないと拒絶できない。

 伸びてくる彼の手が、腰に回る。引き寄せられて逃れられない。
 キスしたら終わりって言ったのに。
 目を閉じたら、夢から覚めて終わっていてほしい。

 彼の手が背中を擦る。

 なし崩しに押し倒されながら、私の意識の隅で思ったことは、今日の下着はどんな色だったっけ?ってこと。

 緩んでいたネクタイが解けていく。
 畳の上に落ちていく。うねうねと蛇のように。

 ベルトの音が聞こえてくる。逃げるなら、今しかない。
 なのに、ベルトが抜かれて放り投げられ、再び降りてくる彼の重みや熱に逃れられなかった。


 恋愛はタイミング、らしい。

 私は、逃げるタイミングが分からなかった。

 キスが、嫌ではなかった。

 頑固たる意思がない、ふわふわした女だ。

 流されるような、こんにゃくのような柔らかい意志を持つ、――嘘つきな女だった。襲われているというのに、私は――。
 どんなふうに喘げばいいのか、どれぐらい演技したらいいのか、抵抗はしたら止めてもらえるのか考える。


 キスは甘い。お酒を飲んでいたくせに舌が絡むとぴりぴりと痺れるような甘さが全身を襲う。


 男は、女を欲情させるときにキスをするらしい。だから深く舌を絡ませて、その気にさせてくるのだろう。
でも私は、エッチに抵抗がある。貧相な体を見せつけて、可愛い嬌声なんてあげきらない。


 背中に手を突っ込んでいた進歩さんが、慣れた手つきでブラのフォックを外した瞬間、敵わないと諦めた。

 仕方がない。昔は何度もエッチした中だ。
 一発、抵抗もせず感じもしなかったら、つまらないって諦めてくれるはず。

  キスを拒めなかった私も悪い。
 嘘を吐いた私も悪い。
 エッチが気持ち良くないと傷つけた私も悪い。

 いや、全部私が悪いんだ。

 目を閉じるから、それで諦めてください。
 目を閉じて、好きにさせるから、終わったら今度こそ別れてくださいな。


「おい」
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