19 / 62
オオカミ男、オオカミ女
十一
しおりを挟む
「いやですよ」
「嘘の証拠を見せろよ」
「せくはらー!」
身を捩って逃げようとしたのに、手は掴んで離さない。
立ちあがれない私は、心底面倒くさそうに、彼を拒絶するようにため息を吐いた。
「見せたら、終わりにして」
面倒くさいから好きって、意味が分からない。
振り回されたいって、この人の性癖はドMなのだろうか。
スカートを少し下にずらして、お腹を見せた。
「この傷だな」
彼は驚くほど落ち着いていて、本当に厭らしい気持ちではなかったらしい。
私の傷口を、一年前と同じぐらい優しくなぞった。
けれど。
「この傷を写真で見て『跡が残ったな……』って俺が呟いたんだよ」
「叔父さんに見せてもらった時に?」
「そう。『だからちらせばよかったんだよね』と言われたときの俺の気持ちを10文字以内で答えろ」
「ひひいいい」
「四文字じゃ足りねえな」
「くすぐったいっ」
お腹を撫でられてくすぐったくて上を向く。
笑って口を手で隠していたら、その手を退けられた。
降りてくる顔。
くすぐられて避けられない私。
伸びてくるもう一方の手が、口を覆っていた手を掴んだ。
降りてくる唇。
私は、目を見開くことしかできなかった。
恋愛はタイミングだという。
そのタイミングがよくわからない。
私の生きている世界は、格好いい男の子は出てこない。
少女漫画みたいに、努力もしていないのにクラスで一番人気の男の子とひょんなことから仲良くなったり告白されたり、幼馴染だったりしない。
だからそんなロマンチックな展開は漫画だけだと、折り合いをつけて、親が安心するようなお見合い相手でいいと思っていた。
初エッチだって、薔薇が舞うような展開じゃない。
痛いな、とか、これ本当に感じるの? とか、早く終わってほしいなって思うだけ。
彼は、お見合い相手にしてはイケメンだったし少女漫画の主人公になれたのかと勘違いさせてくれそうな人だった。
でも偶に惨めになった。
その理由は、きっと彼が私のどこを好きになってくれたのか分からないから。
怪我のせいで、彼は私を振れなくなった。
私が好きでもないのに親同士の関係や会社での立場が影響するから断らないだけなんじゃないか。
だって彼に触れられても、ドキドキしない。
いやだな、みられたくないな、早く終わってほしいな、って思ってしまうんだから。
だったら今、キスされているこの意味は?
なんで抵抗しないんだろう、私。彼から下りてきた唇。
見つめられたら逸らせないほどの目力。
こんなイケメンに見下ろされて、金縛りにあうぐらい情熱的に見つめられて、恋愛経験のない私は……頑固たる意思がないと拒絶できない。
伸びてくる彼の手が、腰に回る。引き寄せられて逃れられない。
キスしたら終わりって言ったのに。
目を閉じたら、夢から覚めて終わっていてほしい。
彼の手が背中を擦る。
なし崩しに押し倒されながら、私の意識の隅で思ったことは、今日の下着はどんな色だったっけ?ってこと。
緩んでいたネクタイが解けていく。
畳の上に落ちていく。うねうねと蛇のように。
ベルトの音が聞こえてくる。逃げるなら、今しかない。
なのに、ベルトが抜かれて放り投げられ、再び降りてくる彼の重みや熱に逃れられなかった。
恋愛はタイミング、らしい。
私は、逃げるタイミングが分からなかった。
キスが、嫌ではなかった。
頑固たる意思がない、ふわふわした女だ。
流されるような、こんにゃくのような柔らかい意志を持つ、――嘘つきな女だった。襲われているというのに、私は――。
どんなふうに喘げばいいのか、どれぐらい演技したらいいのか、抵抗はしたら止めてもらえるのか考える。
キスは甘い。お酒を飲んでいたくせに舌が絡むとぴりぴりと痺れるような甘さが全身を襲う。
男は、女を欲情させるときにキスをするらしい。だから深く舌を絡ませて、その気にさせてくるのだろう。
でも私は、エッチに抵抗がある。貧相な体を見せつけて、可愛い嬌声なんてあげきらない。
背中に手を突っ込んでいた進歩さんが、慣れた手つきでブラのフォックを外した瞬間、敵わないと諦めた。
仕方がない。昔は何度もエッチした中だ。
一発、抵抗もせず感じもしなかったら、つまらないって諦めてくれるはず。
キスを拒めなかった私も悪い。
嘘を吐いた私も悪い。
エッチが気持ち良くないと傷つけた私も悪い。
いや、全部私が悪いんだ。
目を閉じるから、それで諦めてください。
目を閉じて、好きにさせるから、終わったら今度こそ別れてくださいな。
「おい」
「嘘の証拠を見せろよ」
「せくはらー!」
身を捩って逃げようとしたのに、手は掴んで離さない。
立ちあがれない私は、心底面倒くさそうに、彼を拒絶するようにため息を吐いた。
「見せたら、終わりにして」
面倒くさいから好きって、意味が分からない。
振り回されたいって、この人の性癖はドMなのだろうか。
スカートを少し下にずらして、お腹を見せた。
「この傷だな」
彼は驚くほど落ち着いていて、本当に厭らしい気持ちではなかったらしい。
私の傷口を、一年前と同じぐらい優しくなぞった。
けれど。
「この傷を写真で見て『跡が残ったな……』って俺が呟いたんだよ」
「叔父さんに見せてもらった時に?」
「そう。『だからちらせばよかったんだよね』と言われたときの俺の気持ちを10文字以内で答えろ」
「ひひいいい」
「四文字じゃ足りねえな」
「くすぐったいっ」
お腹を撫でられてくすぐったくて上を向く。
笑って口を手で隠していたら、その手を退けられた。
降りてくる顔。
くすぐられて避けられない私。
伸びてくるもう一方の手が、口を覆っていた手を掴んだ。
降りてくる唇。
私は、目を見開くことしかできなかった。
恋愛はタイミングだという。
そのタイミングがよくわからない。
私の生きている世界は、格好いい男の子は出てこない。
少女漫画みたいに、努力もしていないのにクラスで一番人気の男の子とひょんなことから仲良くなったり告白されたり、幼馴染だったりしない。
だからそんなロマンチックな展開は漫画だけだと、折り合いをつけて、親が安心するようなお見合い相手でいいと思っていた。
初エッチだって、薔薇が舞うような展開じゃない。
痛いな、とか、これ本当に感じるの? とか、早く終わってほしいなって思うだけ。
彼は、お見合い相手にしてはイケメンだったし少女漫画の主人公になれたのかと勘違いさせてくれそうな人だった。
でも偶に惨めになった。
その理由は、きっと彼が私のどこを好きになってくれたのか分からないから。
怪我のせいで、彼は私を振れなくなった。
私が好きでもないのに親同士の関係や会社での立場が影響するから断らないだけなんじゃないか。
だって彼に触れられても、ドキドキしない。
いやだな、みられたくないな、早く終わってほしいな、って思ってしまうんだから。
だったら今、キスされているこの意味は?
なんで抵抗しないんだろう、私。彼から下りてきた唇。
見つめられたら逸らせないほどの目力。
こんなイケメンに見下ろされて、金縛りにあうぐらい情熱的に見つめられて、恋愛経験のない私は……頑固たる意思がないと拒絶できない。
伸びてくる彼の手が、腰に回る。引き寄せられて逃れられない。
キスしたら終わりって言ったのに。
目を閉じたら、夢から覚めて終わっていてほしい。
彼の手が背中を擦る。
なし崩しに押し倒されながら、私の意識の隅で思ったことは、今日の下着はどんな色だったっけ?ってこと。
緩んでいたネクタイが解けていく。
畳の上に落ちていく。うねうねと蛇のように。
ベルトの音が聞こえてくる。逃げるなら、今しかない。
なのに、ベルトが抜かれて放り投げられ、再び降りてくる彼の重みや熱に逃れられなかった。
恋愛はタイミング、らしい。
私は、逃げるタイミングが分からなかった。
キスが、嫌ではなかった。
頑固たる意思がない、ふわふわした女だ。
流されるような、こんにゃくのような柔らかい意志を持つ、――嘘つきな女だった。襲われているというのに、私は――。
どんなふうに喘げばいいのか、どれぐらい演技したらいいのか、抵抗はしたら止めてもらえるのか考える。
キスは甘い。お酒を飲んでいたくせに舌が絡むとぴりぴりと痺れるような甘さが全身を襲う。
男は、女を欲情させるときにキスをするらしい。だから深く舌を絡ませて、その気にさせてくるのだろう。
でも私は、エッチに抵抗がある。貧相な体を見せつけて、可愛い嬌声なんてあげきらない。
背中に手を突っ込んでいた進歩さんが、慣れた手つきでブラのフォックを外した瞬間、敵わないと諦めた。
仕方がない。昔は何度もエッチした中だ。
一発、抵抗もせず感じもしなかったら、つまらないって諦めてくれるはず。
キスを拒めなかった私も悪い。
嘘を吐いた私も悪い。
エッチが気持ち良くないと傷つけた私も悪い。
いや、全部私が悪いんだ。
目を閉じるから、それで諦めてください。
目を閉じて、好きにさせるから、終わったら今度こそ別れてくださいな。
「おい」
10
お気に入りに追加
293
あなたにおすすめの小説
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
夫の不貞現場を目撃してしまいました
秋月乃衣
恋愛
伯爵夫人ミレーユは、夫との間に子供が授からないまま、閨を共にしなくなって一年。
何故か夫から閨を拒否されてしまっているが、理由が分からない。
そんな時に夜会中の庭園で、夫と未亡人のマデリーンが、情事に耽っている場面を目撃してしまう。
なろう様でも掲載しております。
旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。
バナナマヨネーズ
恋愛
とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。
しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。
最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。
わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。
旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。
当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。
とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。
それから十年。
なるほど、とうとうその時が来たのね。
大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。
一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。
全36話
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
セレナの居場所 ~下賜された側妃~
緑谷めい
恋愛
後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。
王子殿下の慕う人
夕香里
恋愛
エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。
しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──?
「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」
好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。
※小説家になろうでも投稿してます
政略結婚の約束すら守ってもらえませんでした。
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。
「すまない、やっぱり君の事は抱けない」初夜のベットの中で、恋焦がれた初恋の人にそう言われてしまいました。私の心は砕け散ってしまいました。初恋の人が妹を愛していると知った時、妹が死んでしまって、政略結婚でいいから結婚して欲しいと言われた時、そして今。三度もの痛手に私の心は耐えられませんでした。
新しい人生を貴方と
緑谷めい
恋愛
私は公爵家令嬢ジェンマ・アマート。17歳。
突然、マリウス王太子殿下との婚約が白紙になった。あちらから婚約解消の申し入れをされたのだ。理由は王太子殿下にリリアという想い人ができたこと。
2ヵ月後、父は私に縁談を持って来た。お相手は有能なイケメン財務大臣コルトー侯爵。ただし、私より13歳年上で婚姻歴があり8歳の息子もいるという。
* 主人公は寛容です。王太子殿下に仕返しを考えたりはしません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる