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無口で寡黙で真面目な彼はどこですか。
二
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「そうですね。では担当の者が帰ってくるまで待たれますか。折り返し電話させましょうか」
「おい、その生意気な態度を――」
怒鳴られそうになった瞬間、私の椅子が後ろへ引っ張られた。
くるんと回転して、隣のスペースに押し込められる。
代わりに椅子に座ってそのお客様の対応をしたのは、私の知っている香水を纏わせた男だった。
「すいません。彼女、こっちの担当ではないので。お話は此方で聞きます」
名刺を取り出しながら、その男は私の方を振り向いた。
「都築さんは事務の仕事に戻って結構ですよ」
「なっ」
「ほお、あんた若いのに、神山商事の副社長なのか」
「副社長!?」
「新しく不動産売買仲介事業を始めることになったんで引き抜かれたんですよ。こちら、名刺です」
戻って結構ですよ。
そう言われたのに私はその場からしばらく動けなかった。
向こうからは顔が見えないとは思うけれど、私の口は情けないことに大きく開いていたと思う。
今、私の椅子を引いて逃がしてくれた男。
この男、見覚えがあるんですけど。
「都築さん、大丈夫でしたか?」
「あ、うん。えっと、あの人、なんでここにいるの?」
びっくりして素で言葉を失ってしまった。
あの偏屈くそじじいと笑いながら世間話をしている男。
もしかして私の見間違いなのかな。
私の知っている人は、もっとお硬くてもっと真面目で、気の利いた言葉なんて話そうともしなかったはず。
「あー、本社から挨拶にわざわざ来てくださったみたいです。新しい部署設立につき就任するみたいです。社長のお孫さんとか言ってました。銀行のニューヨーク支社で働いていたんですって」
「いや、あいつの情報はいいから。名前、名前よ。もしかして」
泰城ちゃんはクエスチョンマークを浮かばせながら、首を傾げる。
「は、はい。神山進歩さんと言ってました」
「ひいい」
思わずロッカールームまで走ってしまった。
「え、あの、都築さん?」
「私はお腹が痛いので、ロッカールームで休んでる。ので、あの人が帰るまで出てこないから」
ロッカールームでできそうな仕事を、再びダッシュでデスクから集めて逃げ帰った。
しまった。忘れていた。それでいて、この子は今年からここに入社したのだから、彼と私の関係を知らないんだ。
神山進歩。
うちの叔父が本社で勤務していたと、祖父のアパートの仲介業者がこの神山商事だった。
それで二年前に、社長のお孫さんとお見合いの話が来て――。
その席で現れたのが神山進歩だった。
磨かれた銀色のフレームの眼鏡は神経質そうで、真面目そうで寡黙で無口な彼ははっきり言えば第一印象から好感触だった。
気取ったことや気の利いたことは言わないけど、背筋がぴんとして凛とした好青年。
眼鏡を外したら、あの整った造形がもっと引き立つんじゃないだろうか。
そう思うほどの美形でもあった。
『一目会った時から決めていました。桃花さんの意見はどうでしょうか』
眼鏡を指先で上げながら、照れもせずに言われ舞い上がった。
なんて格好いい人なんだろう。誠実で嘘なんて吐かなさそう。
『私でいいのなら、まずはその、デートでも』
浮かれた私は、彼を振り回す。
デートは一方的に話して、一方的に連れまわしたけれど、懐の大きい彼は嫌な顔もしなかった。
それが益々私を舞い上がらせていた。
「あーあ……」
うっかりしていた。彼は銀行員で、海外赴任なんて出世街道まっしぐら。
だから、この神山商事に戻ってくるとは思っていなかった。
海外で金髪でスタイルの良い、フェロモン系の女性に騙されて国際結婚ぐらいするんじゃないかって思ってたのに。
まさか、戻ってくるとは。
しかも、副社長に就任って、会社を継ぐ気満々だよね。
さっき一瞬、別人かと思った。
だってあんな風に声に表情が付く人ではなかった。
顔を見る前に逃げ出したから別人かと思ったんだけど。
「出てこい、桃花」
「ひ」
ロッカールームの間で、扉をノックされ飛び上がった。
「いるな、そこに」
……なんか口調も違う。神山進歩はもう少し敬語で丁寧に喋る人だった。
「いるよな。分かってるんだからな」
「……い、いません」
「おい、その生意気な態度を――」
怒鳴られそうになった瞬間、私の椅子が後ろへ引っ張られた。
くるんと回転して、隣のスペースに押し込められる。
代わりに椅子に座ってそのお客様の対応をしたのは、私の知っている香水を纏わせた男だった。
「すいません。彼女、こっちの担当ではないので。お話は此方で聞きます」
名刺を取り出しながら、その男は私の方を振り向いた。
「都築さんは事務の仕事に戻って結構ですよ」
「なっ」
「ほお、あんた若いのに、神山商事の副社長なのか」
「副社長!?」
「新しく不動産売買仲介事業を始めることになったんで引き抜かれたんですよ。こちら、名刺です」
戻って結構ですよ。
そう言われたのに私はその場からしばらく動けなかった。
向こうからは顔が見えないとは思うけれど、私の口は情けないことに大きく開いていたと思う。
今、私の椅子を引いて逃がしてくれた男。
この男、見覚えがあるんですけど。
「都築さん、大丈夫でしたか?」
「あ、うん。えっと、あの人、なんでここにいるの?」
びっくりして素で言葉を失ってしまった。
あの偏屈くそじじいと笑いながら世間話をしている男。
もしかして私の見間違いなのかな。
私の知っている人は、もっとお硬くてもっと真面目で、気の利いた言葉なんて話そうともしなかったはず。
「あー、本社から挨拶にわざわざ来てくださったみたいです。新しい部署設立につき就任するみたいです。社長のお孫さんとか言ってました。銀行のニューヨーク支社で働いていたんですって」
「いや、あいつの情報はいいから。名前、名前よ。もしかして」
泰城ちゃんはクエスチョンマークを浮かばせながら、首を傾げる。
「は、はい。神山進歩さんと言ってました」
「ひいい」
思わずロッカールームまで走ってしまった。
「え、あの、都築さん?」
「私はお腹が痛いので、ロッカールームで休んでる。ので、あの人が帰るまで出てこないから」
ロッカールームでできそうな仕事を、再びダッシュでデスクから集めて逃げ帰った。
しまった。忘れていた。それでいて、この子は今年からここに入社したのだから、彼と私の関係を知らないんだ。
神山進歩。
うちの叔父が本社で勤務していたと、祖父のアパートの仲介業者がこの神山商事だった。
それで二年前に、社長のお孫さんとお見合いの話が来て――。
その席で現れたのが神山進歩だった。
磨かれた銀色のフレームの眼鏡は神経質そうで、真面目そうで寡黙で無口な彼ははっきり言えば第一印象から好感触だった。
気取ったことや気の利いたことは言わないけど、背筋がぴんとして凛とした好青年。
眼鏡を外したら、あの整った造形がもっと引き立つんじゃないだろうか。
そう思うほどの美形でもあった。
『一目会った時から決めていました。桃花さんの意見はどうでしょうか』
眼鏡を指先で上げながら、照れもせずに言われ舞い上がった。
なんて格好いい人なんだろう。誠実で嘘なんて吐かなさそう。
『私でいいのなら、まずはその、デートでも』
浮かれた私は、彼を振り回す。
デートは一方的に話して、一方的に連れまわしたけれど、懐の大きい彼は嫌な顔もしなかった。
それが益々私を舞い上がらせていた。
「あーあ……」
うっかりしていた。彼は銀行員で、海外赴任なんて出世街道まっしぐら。
だから、この神山商事に戻ってくるとは思っていなかった。
海外で金髪でスタイルの良い、フェロモン系の女性に騙されて国際結婚ぐらいするんじゃないかって思ってたのに。
まさか、戻ってくるとは。
しかも、副社長に就任って、会社を継ぐ気満々だよね。
さっき一瞬、別人かと思った。
だってあんな風に声に表情が付く人ではなかった。
顔を見る前に逃げ出したから別人かと思ったんだけど。
「出てこい、桃花」
「ひ」
ロッカールームの間で、扉をノックされ飛び上がった。
「いるな、そこに」
……なんか口調も違う。神山進歩はもう少し敬語で丁寧に喋る人だった。
「いるよな。分かってるんだからな」
「……い、いません」
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